第37話 帰省
帝都中央に位置する、元クリスタリア城。
今はヴォルガルド城。
僕の元実家だ。
十年の月日を経て、ようやくこの城門を潜る時が来た。
「……ただいま」
何も変わっていない実家。
昔の思い出が蘇る。
違和感。
もっと城門には、殺る気マンマンな兵がビッチリいると思っていたが、拍子抜け。
……お迎えはなしですか。
正面玄関に続く大階段を昇る。
カツン、カツンと。
僕の靴の音だけが、不気味なほど響く。
階段の上、重厚な扉の前には、黒鉄の壁。
おー、やっぱいるよね。
帝国が誇る聖十字騎士団。
その数、およそ30。
一人ひとりが一騎当千の精鋭。
いわば帝国の武力の結晶、といったところだ。
彼らは、僕の隣にいるエル姉を見て。
生まれたての小鹿のように、その場から動けずにいた。
ある程度の強者には、実力の差がわかるらしい。
「皆のもの、道を開けなさい。――クリスタリア王の帰還よ!」
エル姉が声を張り上げる。
……王女なんだよね、エル姉。当たり前だけど、王族っぽい。
圧倒的な魔力と殺気で威圧する。
最前列の騎士たちは、ガチガチと鎧を鳴らしている。
「すごい顔で見てるわよ、あの子たち。まるで化け物を見るみたいに。ちょっと失礼じゃない?」
エル姉が僕の方を向いて、クスクスといたずらそうに笑う。
僕はため息をつきながら、銀のレイピアを軽く振った。
「無礼だな。ここ、僕の家だよ? 邪魔だから消えてくれないかな?」
「せっかく帰省したのだから、まずはお茶くらい用意しなさいよ。貴方たち弱そうだから、鎧よりメイド服がお似合いよ」
僕とエル姉が、笑う。
そんな冗談を交わしながら歩を進める僕たちの前に、一人の騎士が踏み出した。
他の騎士たちが恐怖で硬直する中、その人物だけは別格。
吸い込まれるような闇色の闘気を放っていた。
黒い甲冑。
顔を覆う兜の隙間から覗く、鋭く冷徹な瞳。
聖十字騎士団団長、黒騎士ガーデラ。
帝国最強と謳われる女騎士だ。
聖を冠するのに、なんで黒いのかは知らない。
「ここから先は、陛下の御聖域。亡国の残党風情に、跨がせる敷居などない」
ガーデラがその身の丈ほどもある巨大な大剣を抜いた。
その瞬間、周囲の空気が重く沈む。
魔力を身体組織、特に筋肉へと変換する「筋強化」の使い手だそうだ。
噂通りの「脳筋」ファイターだけど、その練度は極致。
正直、ガチでやり合うのは面倒くさいタイプだ。
「ユリ。ここは私が引き受けるわ」
エル姉がスッと前に出る。
魔剣が怪しく輝く。
「ここは任せて、あなたは先に行って。――あの男と、決着を付けてきなさい」
「……わかった。無理はしないで」
「フフッ、誰に言ってるの? 私はあなたの、無敵のお姉ちゃんでしょう?」
本当にその通り。
エル姉の心配より、自分の心配だ。
僕がガーデラの横を通り抜けようとすると、彼女は大きく踏み込みで大剣を振り下ろしてきた。
「行かせんと言っている!」
ドォォン! と衝撃で大理石の床が爆砕。
だが、その一撃はエル姉の魔剣によって完璧に受け流されていた。
「よそ見できるほどの余裕があるのかしら?」
エル姉の視線がガーデラを縛り付ける。
僕は一度も振り返ることなく、開かれた城の扉へと歩みを進めた。
背後で、鋼と鋼がぶつかり合う、鼓膜を劈くような轟音が響き始めた。
帝国最強と王国最強。
ガーデラの戦い方は、苛烈の一言に尽きた。
大剣の一振りが空気を断ち切り、真空の刃を作り出す。
彼女の魔力はすべて身体強化に注ぎ込まれていた。
「死人風情が、この私の剣を凌ぐか……!」
ガーデラはさらに魔力を絞り出し、筋繊維を鋼鉄以上の密度に硬化させる。
対するエル姉は、意外にも防戦に徹していた。
スピードを落とし、最低限の動きで大剣の軌道を逸らす。
一見すれば、ガーデラの猛攻にエルミリアが押されているようにも見える。
ガーデラは確信したはずだ。
(この女……動きが鈍い。一撃さえ入れれば粉砕できる!)と。
エルミリアは、ガーデラが気持ちよくなるように、絶妙に戦闘を演出する。
ユリエルの魔力と命がレッドラインなのを理解して、大技が撃てない。
最低限の魔力で、この騎士に勝つ方法を導き出す。
ガーデラは勝機を見出し、全魔力を脚部と腕部へ集中。
最速の一刀を、首を刈り取る横薙ぎで放った。
「終わりだ、死にぞこないっ!」
大剣がエル姉の細い首を通り抜けた。
……はずだった。
「……え?」
ガーデラの瞳が見開かれる。
その瞬間、エル姉の姿は陽炎のように掻き消えた。
種明かしをすれば簡単。
彼女は僕の固有スキル『魂固定』の特性を利用したのだ。
僕の右目に宿る霊体へと一瞬で回帰し、物理的な攻撃を完全に透かした。
そして。
空振りし、体勢を崩したガーデラの背後に、エル姉が再顕現する。
エル姉が持てる限りの神速。
「……気持ちいい時間は終わりよ、さぁ、逝きなさい」
一閃。
ガーデラが振り返るよりも早く、エル姉の横一閃が、帝国最強の甲冑ごと肉体を両断した。
ガーデラの表情は、自分が何によって斬られたのかさえ理解できぬまま、驚愕に凍り付いていた。
断末魔すらなし。
彼女の亡骸が左右に分かれて倒れる。
無音の広間に、割れた甲冑が落ちる音が響き渡る。
「さて、残りのゴミ掃除をさっさとやってユリに追い付かないと。あの子、すぐ無理をするんだから」
エル姉は血の付いていない魔剣を無造作に構え直し、腰を抜かしている残りの聖十字騎士団へ、死神のような笑みを向けた。
「さ、みんなおいで、仲良く送ってあげるわ」
―ユリエルside
城の中は、僕が知っているクリスタリア城そのものだった。
壁の絵画は剥がされ、帝国のタペストリーに挿げ替えられていたけれど。
空気の匂いや廊下の長さが、僕の幼い記憶を呼び覚ます。
かつて、ここで父上と追いかけっこをした。
ここで、母上に絵本を読んでもらった。
ここで、エル姉と剣の稽古をした。
……さて。
扉を開ける。
玉座の間。
そこには、傲慢な態度で、一人の男が座っていた。
皇帝ゼノス・ヴォル・アバドン。
僕の国を、僕の家族を、僕の人生を壊した男。
「来たな、ネクロマンサーの小僧」
ゼノスは意外にも堂々としていた。
街が火の海になり、軍勢が壊滅しているというのに、その老いた瞳にはまだ光が宿っている。
心臓に毛が生えているのか、あるいは単に状況判断が乏しいバカなのか……。
「震えて命乞いをする準備はできているか? その玉座は僕のイスだよ? さぁ、返してもらおうか」
僕がレイピアを向けようとしたその時、ゼノスがニヤリと笑みを浮かべた。
「くっくっく、感動のご対面だ。――我が魔力に捧ぐ。目覚めよ、クリスタリアの亡霊ども」
ゼノスの手から、どす黒い邪悪なオーラが溢れ出した。
そのオーラは、玉座の足元に転がされていた二つの白く汚れた「頭蓋骨」へと吸い込まれていく。
(まさか……)
嫌な予感に、心臓が音を立てて跳ねた。
床から黒い霧が立ち上がり、それが肉を形成し、服を纏い、人の形を成していく。
霧が晴れた時。
そこに立っていたのは。
「……ユリエル? ああ、大きくなったわね……」
優しく微笑む、慈愛に満ちた女性。僕の母上。
「ユリエルよ。我が息子よ。なぜ、このような忌まわしき場所に戻ってきた……」
威厳に満ちた、だが悲しげな瞳で見下ろす、僕の父上。
「……ッ!!」
声が出なかった。
「……ああ、そうだ。我もネクロマンサーなのだよ。どうした、亡国の王子よ? 親孝行の時間だぞ?」
ゼノスが玉座で高笑いする。
召喚された父上と母上の瞳は、エル姉のような意志の通ったものではなく、精気がなく沈むような黒に染まっている。
完全な操り人形。
「……ゼノス……貴様ッ!!」
限界を超えた怒りで、視野が狭まる。
「よくも……よくも、僕の家族を……二度も辱めたな!!」
目の前に立つのは、殺したくてたまらなかった宿敵と。
殺したくても殺せない、最愛の両親。
地獄のような再会。
僕は血を吐くような思いで、レイピアを握り直した。




