第36話 クリスタリア軍
帝都ヴォルガルド。
その西側に広がる「広大な土塊しかない墓場」。
その数は止まることを知らず、瞬く間に墓場にクリスタリア兵で埋め尽くした。
「ユリ、すごい……。みんな、あなたの呼び声に応えてくれたわ」
隣でエル姉が、感極まったような顔をしていた。
その後ろでは、巨大なエンシェントドラゴンが夜空を背に咆哮を上げる。
目の前には、青白い魂の炎を宿した、五万を超えるクリスタリアの兵士たち。
僕はマントを翻して、レイピアを指揮棒のように掲げる。
「命令だ。帝国兵を滅ぼし、僕たちの国を取り戻そう。蹂躙された恨みを、その刃に込めて――突撃!」
地響きのような唸り声が上がり、五万の死霊軍が帝都へ雪崩れ込んだ。
帝都強襲
ヴォルガルドを囲む壁は、難攻不落の要塞だった。
でも、皮肉なもんだよね。
最強の敵は最初から「内側」にいたわけだ。
「な、なんだ! 何が起きている!?」
「スラム側の墓地から、骸骨が……! ぎゃあああっ!」
見張りの兵士たちがパニックに陥る。
空を見上げれば、エンシェントドラゴンが悠然と翼を広げている。
「コロ、行け!」
僕の意志を受けて、竜がその顎を開く。
喉の奥で圧縮された魔力が、純粋な破壊の光となって放たれた。
ドォォォォォォォォン!!!
着弾一発。巨大な兵舎が、一瞬で消え去った。
地形が歪み、街並みが一瞬で蒸発し、綺麗な更地になる。
ダメ押しのように、エンシェントドラゴンが七つの光弾を発射。
目標なく光弾は拡散しながら、帝都中に降り注ぐ。
火の海。
帝国軍も必死に応戦してるけど、指揮系統はもうボロボロ。
だって、さっき殺したはずの仲間の兵が起き上がって、自分に噛みついてくるんだよ?
最強を自負していた精鋭たちの精神は、あっという間に崩壊した。
帝都の中心、――皇帝の城
玉座の間では、皇帝ゼノスが窓の外を見下ろして、ガクガクと震えていた。
「馬鹿な……ありえん! ネクロマンサーが危険なことは理解できるが、どうやってこれほどの……!」
顔色は土色。
かつて自分が踏みにじった国の生き残りが、死者の軍勢を率いて迫っている。
その事実が、判断を鈍らせた。
「ええい、残っている騎士をすべて入り口に集めろ! こっ、この城だけは、この城だけは守るのだ!!」
悲鳴じみた命令。
生き残った聖十字騎士団が続々と集結する。
彼らが守ろうとしているのは帝国じゃない。
ただの一人の、臆病な老人の命。
城下町は、文字通りの地獄だった。
僕の死霊兵は、心臓を貫かれても、腕を切り落とされても止まらない。
彼らのエネルギー源は、僕の魔力と、僕の命。
僕はエル姉を連れて、死体と瓦礫の山を越え、王城への大通りを進む。
一歩進むごとに、僕の指先から闇の波紋が広がる。
「……復活した帝国兵ども。視界に入る生きている者を殺せ。全てを蹂躙せよ」
『死者蘇生』を断続的に発動。
たった今殺されたばかりの帝国兵が、ガクガクと関節を鳴らしながら立ち上がる。
そして、かつての仲間に牙を剥く。
「殺せ。生きている奴を一人残らず、冥府へ連れて行ってあげろ」
死の連鎖。
十万いた帝国の戦力は、数時間で一万まで減った。
逆に、僕の背後の死霊軍は、倒した敵を取り込んで膨れ上がり続けている。
不意に、視界がぐらりと揺れた。
「ユリ!? 大丈夫!?」
エル姉が素早く肩を支えてくれる。
……正直、限界だ。
五万の維持に、エンシェントドラゴンの維持。
普通の人なら数百回は廃人になってるレベルの魔力消費だ。
僕の心が、もう限界だって悲鳴を上げている。
「……ああ、平気。でも、コロは一度還さないと。これ以上は僕の命が持たない」
指を鳴らして、召喚を解除。
巨大な影が霧のように消える。
竜がいなくなった。それがどうしたって話だ。
城壁の外まで、視界のすべてを埋め尽くしているのは、僕の意志一つで動く「不滅の軍勢」。
一万の帝国兵。
対する、十四万の死霊。
圧倒的な物量。
勝負なんて、最初からついてる。
「エル姉、行こう。あの城に、僕たちの家に」
「ええ、ユリ。里帰りなんて久しぶりね」
コロコロと笑うエル姉。
その手に魔剣を顕現させ、臨戦態勢に。
僕は血の風に吹かれながら、銀のレイピアを杖にして王城までの大通りを往く。
夜明けまで、あと少し。
帝都の空は、燃える炎の赤と、朝の紫が混ざり合っている。
まるで世界が血を流しているみたいだ。
「さあ、ゼノス。王座を返してもらうよ」
亡国の王子。
十四万の死者を従える、冥府の王となりて、血の里帰り。
王城は目の前。
僕は今、仇敵の喉元に、王手をかけた。




