第30話 伝説の再誕
僕はその場に膝をつき、肩で荒い息を吐き出した。
全身が重い。
「……ハァ、ハァ……。ちょっと、張り切りすぎたかな」
全魔力をエル姉に注ぎ込み、放ったのは極光。
代償として、視界の端がチカチカと明滅している。
完全に魔力切れだ。
「ユリエル様……! これを……どうか、これを……!」
そんな僕に、震える声が届く。
地面に倒れ伏していたカトリーヌが、何かを必死に掲げていた。
それは、僕が最初に削り取ったドラゴンゾンビの鱗。
「カトリーヌ、ナイス。よくやったよ……本当に、助かった」
ふらつく足取りで歩み寄り、その鱗を受け取る。
彼女がいなければ、無意味な勝利で終わっていた。
感謝を伝えると、彼女は「勿体なきお言葉……」と、安心しきった顔で意識を手放した。
さて、ここからが本番だ。
手の中にあるのは、死んだ竜の鱗。
これを依代にして、魔力を練り上げる。
――死者蘇生を発動。
「……目覚めの時間だ。迷いし魂よ、ここに顕現せよ」
僕の影から漆黒の魔力が、鱗を包む。
その瞬間。
霊山全体が、激しく呼応した。
地面は黒一色。
その中央から、白く眩い光が吹き上げる。
下腹部から魔力がごっそり吸い上げられていく感覚。
この消費量はマズい。意識が飛びそうだ。
エル姉の時より、魔力をもっていかれる。
やがて光が落ち着き、輝く粒子が晴れていく。
そこにいたのは――
「……嘘、でしょ?」
全長三十メートルを超える成龍。
ダイアをはめこんだような、クリスタルの鱗。
その瞳には知性を宿し、黄金に輝いている。
おとぎ話の挿絵から飛び出してきたような、神々しいまでの美しさ。
腐った肉をぶら下げたゾンビの姿なんて、どこにもない。
「……エンシェントドラゴン」
思わず独り言が漏れる。
隣で実体化していたエル姉が、のんびりと首を傾げた。
「すごいわねー、ユリ。なんだかキラキラしてて、とっても強そう」
「姉さん……これ、単なるドラゴンじゃないよ。確証はないけど、エンシェントドラゴンだ」
想像を遥かに超える戦果。
S級モンスターとか、A級モンスターとか。
たぶん、基準にない存在。
伝説が目の前にいる。
……コロっていう名前は、本当にごめん。
おっと、いつも忘れそうになる。
「魂固定発動」
魔力の「鎖」が、僕とエンシェントドラゴンを繋ぐ。
カチンッ
『エンシェントドラゴンを登録しました。枠数:2/2』
これで、最強の火力を手に入れた。
帝国の数にこれで対抗できるぞ。
とはいえ。
圧倒的な力を手にした瞬間、僕の脳裏には昨晩からの「悩み」が浮上していた。
「姉さん、帝都に向かう前に……少しだけ、寄りたい場所があるんだ」
エンシェントドラゴンの巨大な頭を撫でながら、エル姉に告げる。
「寄りたい場所? ユリが行きたいところなら、私はどこへでもついていくわよ」
「ありがとう。……『南の別邸』だよ」
「あー、あそこねっ! 懐かしいわ。夏になると避暑がてら行ったわね」
エル姉は楽しかった記憶をなぞるように、目を細めて笑った。
そこは帝国に侵略される前、我が王族が隠密に利用していた保養地だ。
ロケーションは最高、かつ秘密の場所。
寄る理由は二つ。
一つは、決戦前のリフレッシュ。
最愛の姉さんと二人きりで過ごしたいという、僕の甘え。
そしてもう一つ。
カトリーヌのことだ。
彼女は忠実だ。狂信的と言ってもいい。
でも、これから向かう帝都は、文字通り地獄になる。
全部を焼き尽くすつもりだ。
彼女は便利な「道具」だったはず。
なのに、あの必死な姿を見て、僕の中の「弱さ」が顔を出してしまった。
(あそこなら、不自由なく暮らせるはずだ。カトリーヌは……この血みどろの復讐劇から降ろしてやるべきじゃないかな)
そんな迷いを抱えたまま、僕たちはエンシェントドラゴンの背に乗り込んだ。
「行くよ。……飛べ!コロっ!!」
ひと羽ばたきで、山の頂が遠ざかる。
クリスタルの鱗は鋼のように硬くて、座り心地は正直言って最悪。
お尻が痛い。
見た目のカッコよさは、最高なんだけどね。
まぁ、こういったものは両立しないもんだ。
にしても、速さがとんでもない。
馬や船で何ヶ月もかかる距離が、一瞬で移動。
「きゃあ! ユリ、風がすごすぎるわ!」
「大丈夫、すぐ慣れるよ。……いや、慣れる前に僕の魔力が保たないかも」
高高度を飛ぶのは、帝国の目を盗むため。
酸素は薄いし、風は凍てつくように冷たい。
僕は常に、絶対防御をドラゴンの背中の上で展開し続けなければならなかった。
「クッ……消費がえぐい……」
エル姉とエンシェントドラゴンの維持、絶対防御の展開。
三つの並列維持は、僕の脳を直接焼くような負荷だ。
なにより、エンシェントドラゴンの魔力消費が、とんでもない。
「姉さん、ごめん。一度、右目に戻っててくれるかい?」
「ええ、わかったわ。無理しちゃダメよ、ユリ」
エル姉が霧のように消え、僕の右目へと吸い込まれる。
うん。
まだ、なんとなる。
飛行開始から、およそ五十分。
雪と氷の景色が、鮮やかな緑に色を変え始めた。
眼下には、エメラルドグリーンの湖が見える。
「……あそこだ」
森の奥深く、隠れるように建つ白亜の館。
空間維持魔法と隠蔽魔法のおかげで、当時の美しさを保ったままそこにあった。
限界フラフラの状態で、目的地に到着した。
……死にそう。
お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ、リアクションや★★★★★で応援していただけると嬉しいです! ラストまで、残り10話。




