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【ネクロマンサー】死んだ最強の姉が僕を溺愛して離してくれない――亡国の王子は帝国を蹂躙する  作者: アヲル。


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第29話 ドラゴンゾンビ

 足元の雪はいつの間にか消えていた。

 き出しの岩肌は、紫や緑の斑点模様はんてんもよう

 まるで大地そのものが腐り、瘴気しょうきを発しているみたいだ。

 エグい。


 視認するまでもない。

 生物としての本能が、全力で警鐘けいしょうを鳴らしている。

 そこに「いる」。


「来たよ、二人とも。……化け物のお出ましだ」


 岩場を抜けた先。

 開けた噴火口の跡地に「それ」は鎮座していた。


 全長数十メートル。

 かつては空の王者だったであろう竜の骨格。

 そこに泥のような腐肉と、青紫色の鱗がべったりと張り付いている。

 眼窩がんかに瞳はない。

 ただ濁った魔力の残滓ざんしが、陽炎かげろうみたいにゆらゆらと揺れていた。


 ――ドラゴンゾンビ。


「……嘘でしょ。魔力総量だけなら、エル姉を超えてる」


 僕の分析に、隣のエル姉がうなずいた。

 これまでの敵とは次元が違う。

 ハイドラクイーン、クラーケン。

 色々、戦ったけど、こいつだけは、明らかにレベルが違う。


「カトリーヌ、下がって! 君の障壁じゃ防ぎきれない!」


「で、ですがユリエル様!」


「命令だ。……エル姉、僕がおとりになる。隙を見て、最大の一撃を叩き込んで」


 普段の過保護な姉なら「ユリを危険な目にわせるなんてダメ!」とさわぐところだ。

 でも、彼女は倒すための方程式を知っている。

 相手の実力を正確に測り、確実に勝利を手繰たぐり寄せる歴戦の戦士としての判断。


「わかったわ、ユリ。……お願い、私を助けてね」


 エル姉に頼られた。

 その事実だけで、震えそうな足に力が入る。


「ああ。任せてよ、姉さん」



「グオォォォォォオオオン!!」



 開戦の合図。

 鼓膜こまくが震える。

 ドラゴンのあごが大きく開かれた。

 漆黒の極大ブレス。


 っ! 範囲が広い。


「させない! 『絶対防御インペリアル・ガード』!!」


 僕は前方に飛び出し、バリアを展開。

 障壁が僕らを包む。

 ブシュウゥゥゥ! という嫌な音が響く。


 防御は完璧。

 だけど、障壁を滑り落ちた飛沫が触れた瞬間、背後の巨岩がドロドロに溶けた。

 怖すぎる。


(……なんて威力だ。魔力の消費も激しすぎるし)


 絶対防御インペリアル・ガードは無敵。

 でも、維持コストがバカにならない。

 長期戦になれば、先に僕がガス欠で使用不可になる。


 僕は即座にサイドに回り込み、拘束バインドを仕掛けた。

 けれど、ドラゴンは一瞥いちべつもくれず、黒い手を簡単に振り切る。


「なら、こいつはどうだ! 『雷槍サンダーボルグ』!!」


 至近距離から、白銀の雷光を叩き込む。

 直撃。

 バリバリという轟音と共に鱗が弾け飛んだ。

 でも、ドラゴンはひるまない。

 鋭い爪が、ハエを払うようにぎ払う。


 それを間一髪で回避。

 その瞬間、背後から疾風が走った。


「はあああああ!!」


 エル姉の神速の剣。

 魔剣が空を裂き、ドラゴンの背中を深く切り刻む。

 数十の斬撃が瞬時に決まり、巨大な胴体が地面に転がった。


 勝った――。

 そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「なっ……再生してる!?」


 傷口からドロドロの粘液が溢れる。

 煮え立つ泡みたいに、肉が盛り上がってくる。


 わずか数秒。

 エル姉が刻んだ傷は跡形もなくなった。

 ドラゴンは何事もなかったかのように、再び咆哮を上げる。


「ちゃんとゾンビしてるじゃないか……。笑えない冗談だ」


 エル姉の剣は「斬る」ことに特化している。

 でも、この異常な再生能力を持つ不死者には、物理攻撃だけじゃ決定打にならない。


「ユリ、どうすればいい!? このままじゃジリ貧よ!」


 回避を繰り返すエル姉が叫ぶ。

 カトリーヌの火球も飛んでいるけど、ドラゴンの巨体には豆鉄砲だ。

 もっと、こう、広範囲を根こそぎ消滅させる火力が必要。


 思考を加速させる。


(エル姉に渡した指輪……あれは僕の魔力を貯めて、直接触れることで魔力を供給させている)


 エル姉の体は、僕の魔力で作った依代よりしろ

 だったら、指輪を介さず直接、強引に全魔力を流し込んだらどうなる?


 彼女という回路を通して、閃光ルミナスを放つ。


 エル姉の体が持つかどうか……。想定した運用方法じゃないから不安過ぎる。


「ユリ、気にしないで!!」


 僕の迷いを、エル姉が断ち切った。

 猛攻をしのぎながら、彼女は最高の笑顔を向けてくる。


「全力のユリの魔力をちょうだい! 全部受け止めるから! 私は、あなたの『剣』なんだから!」


 ……よし。覚悟は決まった。


「カトリーヌ! 最高火力で、一瞬だけでいい、隙を作って!」


「承知いたしました! 燃え尽きなさい……! 『紅蓮の炎(プロミネンス・フレア)』!!」


 自身が持つ魔力を絞り出すように詠唱。

 カトリーヌの足元には、魔法陣が重なるように展開。

 上から轟音が聞こえる。


 空から降り注ぐ、巨大な太陽みたいな火球。

 意識を完全にらす。


 ズドォォォォオオン!!


 ドラゴンの頭上で大爆発が起き、火花が舞う。


 今だ。


 僕は地を蹴り、エル姉の背後に飛び込んだ。

 細い腰を引き寄せ、背中から抱きしめる。

 いわゆるバックハグ。

 ロマンチックな気分にひたる余裕なんて、1ミリもないけど。


「……行くよ、姉さん!!」


「――ッ!! あ、あぁっ!!」


 僕の体から、せきを切ったように魔力が溢れ出す。

 自分自身の回路が焼き切れるかと思うほどの奔流ほんりゅう

 それをすべて、密着したエル姉の体へと叩き込む。


 彼女の肌が白く光る。

 血管を魔力が駆け巡る感触が、僕の手にも伝わってきた。


「ユリの……魔力、すごい……! 溶けちゃいそう……!!」


 エル姉が魔剣を上段に構える。

 その刀身は、もはや光の柱そのものだ。




極光ルミナス!!!」




 視界が白一色に染まった。

 地上で太陽が爆発したような、衝撃が霊山全体を震わす。

 音が消え、静寂のあとに凄まじい衝撃波が、遠くの空や海にまで駆け抜ける。


 土煙が収まる。

 そこに、ドラゴンの姿はなかった。


 腐食していた大地は浄化されている。

 本来の、硬い岩肌が顔を出していた。


「やった……やったあああああ!!」


 膝をつきそうになるエル姉を、そのまま抱き止める。


「姉さん、大丈夫!? 怪我は!?」


「ええ……少ししびれてるけど、平気。……すごかったわね、今の」


 極限の緊張から解放されて、僕は子供みたいにエル姉に抱きついた。

 王子を倒した時よりも、ずっと純粋な勝利の喜び。

 この二人となら、本当に世界だって変えられるかもしれない。


 ……あ。

 急に血の気が引いた。


「待って。……ドラゴンゾンビ、消滅しちゃった!?」


 僕の目的は、ドラゴンゾンビを配下にすることだ。

 そのためには、依代よりしろになる「核」が必要。

 今の光、全てをちりにしちゃったんじゃないの?


「ユリエル様……! これを、これを……っ!!」


 ボロボロになったカトリーヌが、地をいながら何かをかかげていた。


 それは、僕が最初に『雷槍サンダーボルグ』で弾き飛ばした、ドラゴンの鱗の破片だった。


「ユリエル様の最初の攻撃で……欠けたはずだと……必死に……探して……」


 息も絶え絶えに差し出された、灰色の鱗。

 僕はそれを受け取り、震える声を張り上げた。


「……カトリーヌ! よくやった!!」


 彼女は満足そうに微笑んで、そのまま地面に突っ伏した。

 お疲れ様。ゆっくり休んで。


 最悪の結末への焦燥しょうそうと、土壇場どたんば依代よりしろを手に入れた歓喜。

 二つの感情が混ざり合い、僕の心臓はうるさいほどに脈を打っている。


 ……とりあえず、目標達成だ。


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