第28話 霊山
疲れた。
雪山登山に、モンスターとの戦闘。
そして、追手との戦闘。
正直、今すぐ横になりたい。
「ユリエル様……申し訳ございません。私の不手際で、エルミリア様を傷つける結果に……」
カトリーヌが雪の上に膝をついて、僕に謝罪する。
正直、咎めるつもりはない。
むしろ、実の兄より、僕らを選んだことは信頼に値する。
「いいんだ、カトリーヌ。結果として新しい力、『雷槍』も手に入ったし」
「あいつら、殺さなくてよかったんですか?」
カトリーヌが不安そうに聞いてくる。
僕は雲に隠れた、霊山の頂きを見上げた。
「今の最優先事項は、ドラゴンゾンビの確保。あと、一刻も早く休みたい。万全の状態でないと勝てる戦いも勝てなくなる……幸い、あいつ等の荷馬車には、食材が詰まっているみたいだしね」
漁村での物資調達ができなかった僕らにとって、食料品は宝の山。
ありがたく、使わせてもらおう。
霊山の中腹。
岩壁の陰に風よけを作り、夜営の準備を始めた。
山頂に近づくほど、温度は低くなる。
この岩壁がなければ、焚き火も困難だろう。
「ユリエル様! 食事の用意、整いましたわ!」
カトリーヌが、さっきまでの悲壮感が嘘みたいな明るい声で僕を呼ぶ。
やつらの荷馬車から接収した、塩辛い干し肉と、カッチカチのパン。
そのまま食べると、かなーり悲しい夕食になるが、そこはカトリーヌだ。
お湯で干し肉を煮込み、丁度いい塩味と肉を柔らかくする。こちらで持参していた塩キャベツも一緒に入れて、鍋料理に昇華させた。
いや、雪山で暖かい料理は助かる。
そんな事を考えながら、一生懸命に動く彼女の背中を見て、ふと思った。
(……僕は、カトリーヌのことを「気の毒だ」と思っているのか?)
自分でも驚いた。
10年前、クリスタリアが焼かれたあの日から、僕の心は復讐という名の氷に閉ざされていたはずなのに。
エル姉以外の人間は、すべて目的のための駒。使い捨ての道具。
そう自分に言い聞かせてきた。
カトリーヌだって、最初は「便利な従者」という認識。
それだけだったはずだ。
でも、兄を殺し、帰る場所を失ってまで僕に付き従う彼女の忠誠心。
僕の中の「何か」が、ぐらりと揺らいでいる。
これが『甘さ』なら、いつか致命的な弱点になる。
復讐者に慈悲なんて不要。
ドラゴンゾンビの件が片付いたら、しっかり考えないとな。
ぐうっ。
お腹の音が鳴る。
……今は、この食事を楽しもう。
「……ありがとう、カトリーヌ。美味しそうだ」
僕が微笑むと、彼女はパッと花が咲いたような笑顔を見せた。
その輝きが眩しくて、僕は逃げるようにスープを口に含んだ。
美味しい。
「美味しいわね、ユリ! あり合わせでも、ひと手間あるだけで大分変るのね!」
エル姉が隣で楽しそうに笑う。
死者の彼女に食事は不要だけど、僕の魔力を通じれば「味」を感じることができる。
五感があるというのは、たぶん大事なことだ。
澄んだ空気。
見上げれば、満天の星。
帝都の空では絶対に見られない、遮ることのない美しい星の海だ。
復讐の旅だったけど、こんな景色を見れるなんてな……。
不意に、両肩に感触。
左にはカトリーヌ、右にはエル姉。
二人揃って、僕の肩を枕にして寄りかかってきた。
「……ユリエル様。私、このまま時間が止まればいいのに、なんて……」
カトリーヌが消え入るように言う。
エル姉は何も言わないけど、安らかな寝息が聞こえる。
二人の温もりが、冷えた身体に染み渡っていく。
僕はそっと、二人の頭を撫でた。
カトリーヌの頬が、焚き火のせいか赤く染まる。
(……もう少しだけ、このままでいよう)
翌朝。
雲一つない、透き通った青天。
絶好の登山日和だ。
「行くよ、二人とも。ここから先は魔素が濃くなる。雑魚もこれまでの比じゃないはずだ」
装備を整え、山頂へ。
案の定、現れたのはフロストゴーレム。
普通の冒険者なら一瞬で全滅する難敵。
でも、今の僕らには格好のテスト相手だ。
「カトリーヌは火球でけん制! エル姉はカトリーヌの詠唱を守って!」
「承知いたしました! 『紅蓮の炎』!」
「任せて、ユリ!」
流れるような連携。
火球が着弾し、地面の雪が一瞬で蒸発。
視界を真っ白に染め上げる。
刹那、僕はフロストゴーレムの足元へ接近。
そして、僕は奪ったばかりのスキルを試すことにした。
「貫け――『雷槍』!!」
レイピアから放たれる白銀の雷光。
ディバールが放ったものより密度が濃い。
直撃したフロストゴーレムの巨体が、氷のブロックとなり崩壊。
無機質なモンスターに、雷属性は効かないと聞いてたが……。
「すごい……。奪ったスキルを、元の持ち主以上に使いこなすなんて」
カトリーヌが感心しているけど、僕にしてみれば大したことない。
「隣にいるエル姉が、僕の基準だから。本気のエル姉は、もっともっと凄いんだ」
そんなことを口にすると、エル姉は無言で照れていた。
可愛いなぁ。
ただ、このスキルのお陰で、攻守のスキルが揃った。
雷槍。
絶対防御。
このまま、エル姉に頼った戦いでは、いずれ詰む。
僕自身が、エル姉に近い戦闘力を持たないと……。
お荷物なんて、嫌だしね。
山頂に近づくにつれ、生き物の気配が消えた。
代わりに、大地が脈打つような、禍々しい気配。
「ヴォォォォォォッ!!!」
近くに、明確な危険を知らせる咆哮。
視界に捉えていなくとも、溢れ出す魔力がビリビリと伝わる。
「……来るわね」
エル姉が魔剣に手をかける。
……やっと、コロと会えるのか。
山頂は目の前。




