第26話 再戦
霊山。
薄っすらと残る雪は、場所によっては凍っており、非常に歩きづらい。
その山嶺へと続く道は、生者が踏み入ることを拒むかのように険しく、そして山頂に近づくほどに魔素が濃くなる。
魔素が濃くなればなるほど、強力なモンスターが生息する。
「――来るわよ! 前方にシザータイガーの群れ!」
先行していたエル姉の声。
岩陰から姿を現したのは、巨大な鎌のような鉤爪を持つ虎。一頭一頭がBランク冒険者パーティーを壊滅させかねない強個体。それが十数頭、捕食者特有のぎらついた眼で僕らを見る。
「カトリーヌ!」
「仰せのままに、ユリエル様!」
カトリーヌが杖を掲げ、凝縮された火属性の極大魔法を放つ。
「紅蓮の炎!」
火球が着弾した瞬間、雪原が紅蓮の炎に変わる。爆炎に紛れ、閃光が走った。エル姉だ。
炎を割って飛び出したシザータイガーの首を、エル姉がスパっと斬り落とす。
「死者召喚」
僕は影を伸ばし、絶命したばかりのシザータイガーの魂を呼び戻す。
僕の魔力を纏い、シザータイガーがむくりと起きる。
「生きているシザータイガーを襲え」
命令。
生き返ったシザータイガーたちが、かつての同胞に襲いかかった。
「拘束!」
生き残ったシザータイガーたちの足を影の手で拘束し、エル姉とカトリーヌの追撃でトドメを刺す。
僕らの連携は、もはや一つの完成されたシステムのように機能していた。
終わったか。
……いや、殺気が残っている?
「っ……危ない!」
カトリーヌの背後、超遠距離から放たれたのは、超高速の光の槍だった。
「絶対防御!」
僕は瞬時にカトリーヌの前へ踏み込み、バックラーを掲げる。
キィィィィィン!!
鼓膜を劈くような高音が響き、衝撃波で周囲の雪を吹き飛ばした。
軌道から敵の位置を確認。
あの槍の男と聖女。
カトリーヌの兄と聞いていたが、あの威力は殺す気満々だな。
そして手前にも気配。
知っている魔力。
「氷界の牢獄」
パキパキと、周囲の地面が急激に凍りついていく。
視界の先には、テイラーが立っていた。
その瞳に宿っているのは、激しい怒りの色。
「何故だ……ユリエル! 何故、あんな真似をした! 学校の仲間たちを、もっと違う選択肢があっただろうッ!!」
僕は盾を構えたまま、問い返した。
「……仲間、ですか。クリスタリアの民を動く的として弄び、笑いながら焼き殺した連中が?」
「それは……」
「……テイラー。君は唯一、あの中でまともだった。だからこそ言うけど。手を引いてくれないかな。僕はまだ、帝国との戦争中だ。立ちふさがるなら、容赦はしない」
横では、別の戦いが始まろうとしていた。
カトリーヌの実兄、帝国最強の槍使いディバールが、妹を蔑みの目で見下ろしている。
「ヴェール家の恥晒しめ。死霊使いの腰巾着に成り下がったか」
「お黙りなさい、お兄様。私は私の信じた道を行きますわ! 干渉はいりません!」
エル姉がカトリーヌの前に立ち、ディバールの背後に控える聖女を牽制する。
2対2の陣形。
僕の相手はテイラーだ。
「……同情はする」
テイラーが大剣を正眼に構えた。
「君の受けた仕打ち、帝国がやってきたことは……想像できる。だが、それでも……あそこで死んだ者たちにも家族がいた。私は帝国の騎士だ。この国を、民を守る義務がある。君をここで止めるのが、私の正義だ!」
「……そうですか。なら、続きを始めましょう。あの日の決着を」
僕はレイピアを低く構える。
「氷牙の檻!」
テイラーが仕掛ける。
足元から生成される氷の棘。氷に閉ざされた霊山特有の魔素が、氷属性魔法を数倍に強化している。
僕は、絶対防御を最小限の面積で展開し、棘を弾きながら肉薄する。
ガギィィィン!
大剣とレイピアが衝突する。
対抗戦の比ではない。一撃一撃に殺意が乗っている。重い。やはり、試合とは違う緊張感。殺し合いだ。
氷の上を滑るように加速するテイラーの斬撃が、死角から僕を狙う。
(防戦一方じゃ、削り殺される……!)
「死者召喚――!」
先ほど倒したばかりのシザータイガーを、テイラーの背後に顕現させる。
「なっ……!?」
テイラーは一瞬たじろぐが、振り返りざまに虎の首を叩き切る。だが、その一瞬の隙で意識を逸らす。
僕はわざと大きく後方へステップ、テイラーのカウンターを誘う。
彼は誘いに乗り、大剣を上段から振り下ろす。
「氷天斬!」
その瞬間。
僕は最大加速で突っ込む。
絶対防御をバックラーに集中展開させ、全力のシールドバッシュを叩き込む。
テイラーの大剣が、僕のバックラーに激突した瞬間――。
バギィィィィィン!!
火花
粉々に砕け散る大剣の破片。
テイラーの体が、衝撃波で後方へと吹き飛んだ。
雪原に倒れ伏したテイラーの喉元に、僕はレイピアの先を突き立てる。
僕の勝ちだ。
「……殺せ。君の言う通り、これは戦争なんだろ」
テイラーは、僕を真っ直ぐに見つめた。
僕は、彼のその真っ直ぐな瞳を見て、思わず胸の奥が微かに痛んだ。
もし、僕が「王国の王子」ではなく、彼が「帝国の騎士」でなければ。
別の場所で、別の形で出会っていれば。
僕らは、友人になれたのかもしれない。
「……」
答えは出ている。
「拘束」
影の手がテイラーを拘束する。
「……近いうちに僕は帝国を滅ぼす。その後は、たぶん……混沌の世だ。君はその正しさで民を助けるといい」
背後でテイラーが何かを叫んでいたが、風の音にかき消された。
僕は振り返らない。
エル姉たちの方へと歩き出した。




