第23話 幽霊船
エル姉は自分を殺したバルガスにしっかり復讐できた。
しかも、魂喰で、魂ごとデリートしてやった。
存在そのものが消え失せ、生まれ変わることもない。
「……ふぅ。これが、奪い取った力か」
宿屋の自室。右手に意識を集中させる。
手に入れたのは、バルガスの固有スキル、絶対防御。
とはいえ、簡単に使えるほど甘くはなかった。
発動しようとしても、空間に薄い膜が広がるだけで、見た目も頼りない。
カチッとしたイメージが固まらないのだ。
「イメージが足りないな……媒体がないからか?」
バルガスはクソデカい盾を媒体にしていた。
僕のスタイルに大盾は似合わない。かといって今のままでは実戦で役に立たない。
僕はエル姉とカトリーヌを連れて、街外れの防具屋へ向かった。
「いらっしゃい。……ほう、若造。いい面構えだ」
偏屈そうな爺さん店主が、僕の顔を見てニヤリと笑う。
名のある職人の雰囲気。
……実際は知らないけど。
店内を物色していると、一点の武具に目が止まった。
淡い銀色の光沢。ミスリル製のバックラー。
試しに付けてみる。
小ぶりだが、魔力伝導率が高く、何より軽い。
「これをもらおう」
さっそく街はずれでテスト。
左腕にバックラーを装備し、絶対防御を展開する。
――キンッ!
幾何学的な紋様が浮かび、半透明の障壁が展開される。
サイズは小さいが、密度はバルガスの時より上だ。
やはり媒体がキーだった。
成功だ。
「カトリーヌ、最大火力で撃ってみて」
「えっ!? ユリエル様にそんな……万が一のことがあれば、私は責任を負えませんわ!」
「いいから。僕を信じて」
カトリーヌは覚悟を決め、震える手で杖を構えた。
めっちゃビビってる、ってか普通は僕がビビる方じゃないか。
「……承知いたしました。行きますわよ! 紅蓮の炎!」
火球が僕を襲う。
だが、絶対防御は彼女の攻撃を完全にシャットアウトした。
衝撃すらゼロ。無反動。
いや、このスキルはかなり有用だ。
僕の思っている以上に汎用性も高そう。
「凄いな。……次はエル姉、軽く斬ってみてよ」
右目の奥に語りかける。
すると、実体化したエル姉が、今にも泣きそうな顔で、僕の頬を両手で包み込んできた。
「嫌よ、ユリ。……たとえ実験でも、貴方に剣を向けるなんて。お姉ちゃん死んでもできないわ」
「あ、ああ……ごめん。そうだよね」
とはいえ手応えは十分。実戦で役立ちそうだ。
実験を終えると僕たちは港に向かった。
次の目的地は北の大陸。
そこにはドラゴンゾンビが居ると言われている霊山がある。
どうしても海を渡る必要がある。
しかし、ポートリラの港は現在封鎖中。
港の桟橋
「申し訳ない。クラーケンのせいで、出航はできないよ」
港の管理人が申し訳なさそうに肩をすくめる。
近海にクラーケンが居座っていて、船は一隻も出せないらしい。
討伐の目処も立っていない。詰んでる。
そのうち、どっかに行くらしいが、いつもクラーケンの気まぐれらしい。
迷惑な話だ。
長くて半年とか。
こちらは、数ヶ月も待っていられない。
僕が眉をひそめていると、カトリーヌが頼もしく胸を張った。
「ユリエル様、私が聞き込みをして参りますわ。宿でゆっくりお休みになってください」
「……助かるよ、カトリーヌ」
宿で仮眠をとっていると、昼過ぎにいい匂いと共に彼女が帰ってきた。
「お待たせいたしました! 調査報告と、屋台で売っていたイカ焼きですわ!」
3人でイカを頬張りながら、彼女は話し始める。
「手あたり次第に船主に声をかけましたが全滅です。ですが……一つだけ、奇妙な噂を耳にしましたわ」
指差したのは、地図の端にある崖に囲まれた入江。
通称『船の墓場』。
特殊な潮の流れで難破した船やゴミ、死体などが流れつき、座礁した船が多く放置されている、曰く付きの場所だそうだ。
……夜な夜な亡霊が出るとか。
その瞬間、隣でイカを食べていたエル姉の肩がビクッと跳ねた。
「……あっ、あら、ユリ。わざわざ、そんな場所に行かなくてもいいんじゃないかしら? ほら、別の方法を考えましょう? ね?」
「エル姉? もしかして……怖いのかい?」
「ま、まさか! 私は世界最強の魔剣士よ!? 幽霊なんて、自分が幽霊みたいなものなんだから怖いはずがないじゃない! あはは……」
引きつった笑顔。声が震えている。
最強の姉の意外な弱点、発見。
夕暮れ時。紫色の霧が立ち込める入江は、忌地感が半端ない。
波に洗われる岩礁から、壊れて腐った船の残骸が見える。
エル姉は実体化せず、僕の右目の中でじっとしている。
「……怖いの?」
「ユリ、私に怖いものなんてないわ。……怖くなんて、ないんだから……」
語尾が消え入りそうだ。ガチでダメなやつだ、これ。
「ユリエル様! あちらに、状態の良い船が浮いていますわ!」
先行していたカトリーヌが手招きする。
霧の奥から、豪華な帆船が姿を現した。
僕たちは小舟を出し、その船へと乗り込む。
ギシッ……ギシッ……。
湿った木材が悲鳴を上げる。
持ってきたランタンが一つ。
光源が弱く、1メートル先は完全な闇。
方向感覚が狂う。
ズル……ズル……
暗がりの奥から、何かが這いずるような音が聞こえる気がした。
「魔物がいるかも。エル姉、前衛をお願いできるかな」
「……ひっ! い、いいけれど……でも、ユリ。後ろから襲われるかもしれないわ。私はしんがりでしっかり貴方の背中を守るわ……」
エル姉が死んだように、顔が青い。
結局、カトリーヌ、僕、そして僕の袖をギュッと掴んだエル姉という謎の隊列で進むことになった。
船内の大広間に辿り着いた。
良く見えない。
歩くと足元にポキっと枝を踏んだような音がする。
カトリーヌに火魔法でランタンの火力を上げるように言う。
その時。
「――っ!?」
照らし出されたのは……。
空間を埋め尽くす、青白い亡霊たち。
虚ろな瞳でこちらを凝視している。
足元には、重なり合った人骨の山。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
エル姉の絶叫。
涙目で僕の背中に飛びつき、首に腕を回して全力でしがみついてくる。
ギュゥッ!!
ッ! 絞め殺される!!
「怖い! 怖い怖いわユリっ! ほらっ!! 出るって言ったじゃない!!」
「エル姉、落ち着いて! 姉さんも向こう側の住人でしょ!」
「ユリの意地悪! 意地悪ぅ!!」
パニック状態の姉をスルーして、亡霊たちを見る。
カトリーヌが杖を構え、臨戦態勢をとるが、僕はそれを制した。
「待って、カトリーヌ。こいつら、敵意がない」
亡霊たちは、ただ悲しげに僕を見つめていた。
僕は彼らの中心に歩み寄り、魔力を練り上げる。
「……死者召喚」
黒い霧が広がり、亡霊たちがハッキリとした実体を持ち始める。
二十名ほどの船員たち。
数十年という時間の重みに耐えてきたような、やつれた顔。
一人の髭の男が前に出た。
「……我々の声が、聞こえるのか」
「ああ。君たちはここで、何をやってるのかい?」
「家族のもとへ帰ることだ。それだけを願って、幾星霜。我々は、ただ帰りたかったのだ」
遭難し、地縛霊になったパターンかな。
ちょっと可哀そうだ。
「条件を提示しよう。この船で、僕たちを北の大陸へ運べ。……報酬は、君たち全員の解放だ。僕のスキルで、家族の待つ天へ送ってやる」
その瞬間、死んだはずの船員たちの目から光りが宿り涙が溢れた。
彼らは一斉に膝をつき、僕を見上げる。
「承知いたしました……名も知らぬ旅人よ」
「北の大陸まで僕たちを運び――そして、ちゃんと死んでくれ」
僕の命令と同時に、ボロボロの帆が風もないのに膨らむ。
「野郎ども、配置につけ! 面舵一杯ッ!」
船長の号令と共に、幽霊船が動き出す。
背後では、ようやく落ち着いたエル姉が、咳払いをして平静を保つ。
「こっ、これでやっと北の大陸に行けるわねっ! まぁ、幽霊も元はただの人間だもの。さぁ、出航よ!」
「さっきまで腰が抜けて泣いてたのは、どこの誰かな?」
僕が意地悪く突き放すと、エル姉は「ムグッ」と可愛い声を漏らして、視線を泳がせた。
そして、何を思ったのか、胸を張って僕の前に立ちふさがる。
「ち、違うわよ! あれは怖かったんじゃなくて……そう! ほら、幽霊って実体がないじゃない? だから、私の剣技が当たらないかもしれないと思って、あえて様子見してたのよ!」
「……抱きついてきた時、震えてたよね。ガタガタと」
「それは……その……武者震いよ! 幽霊船なんて初めてだから、武者の魂が憑依しちゃったの! お姉ちゃん、興奮しすぎて涙が出ちゃうタイプなのよね、あはは!」
無理がある。
言い訳のセンスが絶望的だ。
エル姉は僕の冷ややかな視線に耐えきれなくなったのか、今度は服の裾をツンツンと引っ張ってきた。
「……もう、いいじゃない。お姉ちゃんだって、たまには可愛く守られたい時があるの。ユリが頼もしくなったから、つい甘えちゃっただけなんだから。……ね?」
上目遣いで、小首をかしげる。
あざといポーズ。
……まあ、実際ちょっと可愛かったから、これ以上追及するのはやめておいた。
「わかったよ。エル姉が武者震いしてたってことにしておく」
「そうよ! さすが私のユリ、話が早いわね!」
パッと表情を明るくしたエル姉は、切り替えが早かった。
一時はどうなるかと思ったが、やっと北の大陸に向けて進み始めた。
幽霊船は最後の航海へ出た。




