第21話 ソウルイーター
市場の声が遠くに聞こえ、目を覚ます。
潮の香りが心地いい。
僕の目的は、この街のどこかに潜んでいるバルガスの探索だ。
さて、まずは敵の尻尾を掴まないと始まらない。
僕はエル姉とカトリーヌを宿に残し、軽い足取りで街の散歩に出た。
「バルガス、どこにいるかな」なんて、心の中で考えるが、だいたい見当はつく。
あんな虚栄心の塊みたいな男が選ぶ場所なんて、相場が決まっている。
街を歩きながら、一番高い場所にあって豪華な施設を探す。
あった。
街の北側、少し小高い丘の上にそびえ立つ、いかにも「権力者が住んでいます」と言わんばかりの屋敷。
門の前には帝国の兵士がズラリ。出入りも激しい。
ビンゴだ。あそこにバルガスがいる。
「特定、完了。」
一瞬で結論を出し、僕は踵を返して港へ向かった。
あー、あとついでに確認することがあったな。
先日、カトリーヌが話していたドラゴンゾンビの話。
ポートリラから船で北へ行った大陸の霊山に眠るという伝説。
たぶん、伝説や噂の類じゃない。
クリスタリア王国の王立図書館。あそこの地下一階、禁書に近い扱いを受けていた『北部魔物生態録』に、その記述はあった。
「霊山に眠る、朽ちぬ白竜――」
当時はただの御伽話だと思っていた。
ドラゴン。それは生物の頂点に君臨する種。その死骸が魔力を帯び、腐り果てながらも生前の執念だけで動き続けるという「ドラゴンゾンビ」の存在。
本によれば、その鱗は魔法を弾き、その吐息は触れるものすべてを腐食させ、魂を消滅させる。
記憶力には自信がある。
子供の頃は魔物が大好きで、無駄に図書館へ入り浸った。
今になって役に立つなんてね。
確か、被害記録もあったはず。ここまで詳細に記載されていれば、信ぴょう性も高い。
港に着くと、船乗りたちが手持ち無沙汰に酒を煽っていた。
「次の出航はいつ?」
愛想笑いを浮かべて尋ねると、髭面のおっさんが忌々しそうに海を指差した。
「当分は無理だな。海にクラーケンが出やがってな……。あんな化け物が暴れてちゃ、船は木っ端微塵だ」
クラーケン、か。
ドラゴンの代わりにそいつを僕のソウルアンカー枠に加えるのも悪くない。
とはいえ、巨大イカを陸上で戦わせるのはシュールすぎる。
役に立つイメージが湧かない。
やっぱり、まずはバルガスへの仕返しが先だ。
優先順位を間違えちゃいけない。
夜の宿屋にて
夜。宿のベッドに腰を下ろし、僕はスキルブックをおもむろに取り出した。
ちょっとした暇つぶし。
じっくり読み返す暇もなかった。
一ページ目は『拘束』。
二ページ目は『死者召喚』。
三ページ目は、固有スキルの『魂固定』。
「……ん?」
三ページ目をめくったところで、手が止まった。
そこには、以前は気づかなかった白紙の四ページ目があった。
いや、よく見ると白紙じゃない。
左上の隅に、薄っすらと文字が浮かび上がっている。
眼に魔力を集中させる。文字が鮮明になった。
条件:3000の魂を捧げよ。
現在:2998 / 3000
「魂? ああ、そういうことか」
納得した。
これは僕がネクロマンサーとして「刈り取った」命の数だ。
闘技場での大虐殺、そしてハイドラクイーンの被害。
あれだけで三千人近く死んでたんだ。
まさに災害。いや、人災か。
「あと、二人か」
スキルが解放される条件としては、あまりにもキリがいい。
なんだか、新しいおもちゃを目の前にした子供みたいな気分だ。
「よし、ちょっと散歩してくるかな。」
魂の端数合わせ
ポートリラの裏路地。
港町は治安の悪い場所。
ここなら、供物を見つけるのは簡単だ。
案の定、路地に入って数分で「カモ」が現れた。
「おい、ガキ。いい服着てんじゃねえか。金を置いていきな」
笑いを浮かべた荒くれものが二人。
ナイフをチラつかせ、僕を包囲する。
あちらも僕を「カモ」と思ってる。
ちょっと笑える、
「ありがとうございます」
僕は思わず手を合わせて、彼らに感謝した。
殺しても誰も悲しまない、むしろ世の中が少し綺麗になるようなクズ。
しかもピッタリ二人。
「あ? 何拝んでやがる、気色悪い……ッ!」
ちゃんと、感謝してやったのに、失礼な。
「拘束」
一瞬で影が伸び、彼らの足を縫い止める。
目を見開いて固まる二人の懐に潜り込み、手首を返してレイピアを振るった。
ヒュン! ヒュンッ!
首筋の急所を正確に断つ。
抵抗する間もなく、二つの魂が僕のスキルブックへと吸い込まれていった。
「ついでに、ちょっと働いてもらおうか」
僕は倒れた死体に手をかざし、死者召喚を発動。
「一時間、この路地裏を掃除して。その後、消えていいよ」
少しでも徳を積めば、来世はマシな一生を送れるかもしれない。
僕なりの、精一杯の慈悲だ。
新たなる力
ホクホク顔で宿に帰ると、カトリーヌが血相を変えて飛び出してきた。
「ユリエル様! こんな夜更けにどこへ……!」
「ちょっと散歩だよ。心配かけてごめん」
彼女の頭を撫でると、カトリーヌは一瞬で忠犬の顔に戻って、頬を染めて黙り込んだ。
「ユリ、それより早く。本を見せて」
僕の右目に宿るエル姉が、急かすように囁く。
そうだ。本命はここからだ。
宿のテーブルにスキルブックを広げ、四ページ目を開く。
3000の魂を捧げよ。
現在:3000 / 3000
文字が真っ赤に発光し、じわじわとページ全体ににじみ出していく。
そして、新しい文字が刻まれた。
固有スキル2:『魂喰』
(……強そうなネーミングだ)
思わずテンションが上がる。僕はさっそく、その能力を確認した。
【能力】ソウルアンカーで繋いだ対象のスキルを剥奪・会得する。
剥奪された魂は喰らわれ、輪廻の輪から外れて消滅する。
「……これ、とんでもなくエグいな。」
一瞬、エル姉のスキルを使えるのかと思ったけど、それはダメだ。
「魂を喰らう」ってことは、エル姉が消えちゃうってことだからね。
そんなこと、死んでも……いや、死んでるけど、絶対にしたくない。
でも、このスキルの正しい使い道はすぐに見つかった。
「バルガスの『絶対防御』。これ、僕がもらっちゃっていいよね?」
宿敵の力を奪い、本人は二度と生まれ変われない虚無へと叩き落とす。
復讐相手には、これ以上ない末路だ。
「いいアイデアじゃない! ユリ。貴方が使った方が、スキルも喜ぶわ!」
エル姉が愉快そうに笑う。
カトリーヌも「流石はユリエル様……!」と、どこか心酔した表情で感動に浸っている。
完全に立派な信者。
「よし。明日はバルガスのところに遊びに行こう」
僕はベッドに潜り込んだ。
遠足の前日の子供みたいに、ワクワクしてなかなか寝付けそうにない。
今から明日が、楽しみで仕方がない。




