第2話 ネクロマンサー
講堂は、期待と不安に満ちた空気。
与えられた天職で、今後の将来が決まる。
壇上には、皇帝ゼノス。
その隣には、かつて父の右腕でありながら僕たちを裏切った大元帥、バルガス。
……正直、見ているだけで胃がキリキリする。
「これより、適性の儀式を執り行う!」
教官の鋭い声。
生徒たちが一人ずつ壇上へ上がる。
中央にあるのは「覚醒のスキルブック」。
触れた瞬間、その者の魂に隠された、天職が光の文字でスキルブックに浮かび上がる仕組みだ。
「戦士!」「魔術師!」「重騎士!」
次々と読み上げられるジョブ。
一喜一憂するクラスメイトたち。
だけど、その喧騒を完全に黙らせる大歓声が沸き起こった。
ヴォルガルド帝国の第一王子、ウードが本に触れた瞬間だ。
ページが黄金の光を放つ。
そこには、力強い文字が浮かび上がる。
『天職:剣聖』
「おお……! さすがはウード殿下だ!」
「伝説のレアジョブじゃないか! 帝国の未来は安泰だ!」
ゼノスは満足げに頷き、バルガスが拍手を送る。
ウードは「当然だ」と言わんばかりの顔で壇上を下りてきた。
そして、列に並ぶ僕の横を通る際、わざと足を止める。
「見たか、無能。これが神に愛された者の証だ」
耳元で、わざわざ囁く。
「さて、お前の番だぞ? せいぜいハズレジョブでも引いて、この学校から失せな」
僕は何も言い返せなかった。
ただ俯いたまま、一歩ずつ壇上へ向かう。
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさい。
(聖人……聖人さえ引ければ、エル姉を……!)
祈るような気持ちで、古びた革表紙のスキルブックに触れた。
その、瞬間。
「……っ!?」
指先から脳天まで、氷水を流し込まれたような感覚。
光なんてない。
そこにあるのは、底なし沼のような、どす黒く禍々しい闇。
ページが狂ったようにめくれ、滲み出したのは――どろりとした、黒い血の文字。
『天職:ネクロマンサー』
一瞬、講堂が真空になったみたいに静まり返った。
そして。
数秒後、嘲笑が僕を襲う。
「……ネクロマンサー? ははは! おい、聞いたか!? 死体あさりだぞ!」
「不気味だと思ってたけど、ジョブまで呪われてるのかよ!」
「穢らわしい! 聖なる学校に、死者を弄ぶ外道なんていらないわ!」
教官の顔は、もうゴミを見る目そのもの。
隠そうともせず吐き捨てた。
「……ユリエル、速やかに下がれ。……邪魔だ」
壇上の皇帝ゼノスも、鼻で笑っている。
「ふん、帝国に相応しくない忌むべきジョブだな。バルガス、後でこの死体あさりの除籍を検討しておけ」
「御意。我が国に、腐った死体を操る卑怯者は不要にございます」
僕は逃げるように、講堂を飛び出した。
「……あ、はは……っ」
笑いが出た。
自分でも嫌になるような絶望の笑い。
「聖人じゃない……ネクロマンサー……? 冗談だろ……」
この世界で最も忌み嫌われるジョブ。
呼び出せるのは、意思のないゾンビや、カタカタ鳴るだけの無意味なスケルトン。
戦闘力は皆無。ただただ不気味なだけの、究極のハズレ枠。
「これじゃ……エル姉を生き返らせるなんて、無理じゃないか……!」
泣きながら、スキルブックをめくる。
何か、何か救いはないのか。
1ページ目:『拘束』。地面から手が出てくる。
2ページ目:『死者召喚』。死体に魂を宿し、死霊化させる。時間経過で消える。
「一消える……? お別れを言う時間しかないじゃないか」
絶望。
そのまま3ページ目をめくった。
そこには、歪な血文字が刻まれていた。
『固有スキル:魂固定』
内容:死者の魂を繋ぎ止め、任意で顕現させる。枠数「2」。視界共有可。
心臓が跳ねた。
「……繋ぎ止める? 消えない、ってことか?」
一縷の望み。
僕は部屋の中央に、大事に保管していた頭蓋骨を置いた。
「エル姉……。僕は、君を怪物にしてしまうのかもしれない。死んでもなお、この汚い世界に縛り付ける……。僕を恨むかな?」
返事はない。
ただ、窓から差し込む月光が、骨を白く照らしているだけだ。
「……それでもいい。一人はもう嫌だ。エル姉がいない世界なら、僕は悪魔にだってなる」
右手をかざす。
全身の魔力を一点に。
王族の血に眠る膨大な魔力が、闇の回路を通って変質していく。
「――冥界の門よ開け。我が血、我が肉、我が命を糧として。集え、彷徨える魂の欠片よ!」
ドクン。
心臓が悲鳴を上げた。
魔力が足りない。生命力がゴリゴリ削られていく。
視界が赤く染まる。全身の穴から血が吹き出しそうだ。
「がっ……はっ、あああああぁぁぁっ!」
魔法陣から溢れ出した禍々しいオーラ。
その中心で、バラバラだった「記憶」と「魂」が結びつき、形を成す。
銀色の長い髪。泣きぼくろ。
そして、あの美しい姿。
「……ユリ?」
優しくて甘い、懐かしい声。
現れたのは、あの日、僕を庇って死んだ時のままの、エル姉だった。
「エル……姉……」
「え、ええ!? ちょっと、ユリ!? なんでそんなにボロボロなの!? それにここ、どこ!?」
現世に顕現した途端、彼女は猛烈な勢いで僕に駆け寄った。
そして、細い腕で僕を抱きしめる。
肌は少し冷たい。
でも、確かな熱と、懐かしい花の甘い香りがした。
「ああ……ああああ……っ!」
僕は子供みたいに泣きじゃくった。
十年間、止まっていた時間。
誰にも見せなかった弱さが、全部溢れ出す。
「ごめん、エル姉……僕のせいで、僕が弱かったせいで……っ!」
「よしよし、泣かないで、ユリ。もう大丈夫。お姉ちゃんがいるから」
優しく頭を撫でてくれる。
だけど、視界の端で彼女の体が透け始めた。
……まずい。
「……っ、『魂固定』、発動!」
魔力が「鎖」となって、僕からエル姉へと伸びる。
ガチリ。
魂の錠前が閉まる音がした。
『エルミリア・フォン・クリスタリアを登録しました。枠数:1/2』
もう、エル姉は消えない。
僕が死ぬまで、ずっと僕の側にいる。
深夜
落ち着いた後、僕は今までのことを全部話した。
「……ふふ、不思議な感じ。生きていた時より体が軽いわ。魔力が溢れてくるみたい」
エル姉は自分の手を見つめて、不敵に微笑む。
死を克服し、ネクロマンサーの使役体となった彼女。
その姿は、生前の限界を超えた「魔剣士」へと変貌していた。
「……ユリを馬鹿にする奴は、お姉ちゃんが許さない。ユリを泣かせる世界なんて、いらないよね?」
彼女の目は、本気だった。
「ねえ、ユリ。貴方はどうしたい?」
僕は、窓の外に広がる帝都の夜景を見つめる。
僕から全てを奪った街。
「……エル姉。僕と、この国を滅ぼそう」
世界最強の魔剣士を従えた、史上最悪のネクロマンサー。
復讐劇の幕は、今、静かに上がった。




