表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ネクロマンサー】死んだ最強の姉が僕を溺愛して離してくれない――亡国の王子は帝国を蹂躙する  作者: アヲル。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/40

第19話 温泉

 アメル村から北へ歩いて一週間。

 僕たちは帝国の追撃をひらりひらりと、かわしつつ、北の港町ポートリラを目指して広大な草原を歩いていた。

 

 連日の強行軍。

 足取りはなまりのように重い。

 正直、限界。


「ユリ、顔色が悪いわよ。お姉ちゃんが、おんぶしてあげようか?」


 エル姉が過保護全開でのぞき込んでくる。

 死後、僕の魔力で受肉した彼女は、疲れを知らない無限の体力。

 ……いや、死ぬ前から体力は無限だったけ。


「姉さん、流石に成人でおんぶとか、外聞がいぶんが悪すぎるよ」


 そんな僕らの後ろで、もう一人。

 元帝国エリート魔導師。

 今は忠実すぎる猟犬と化したカトリーヌが、口を開いた。


「ユリエル様。この先、私の実家が管理していた隠れ温泉がございます。街には近寄れませんが、あそこなら帝国の目も届きません。一度、身を清め、魔力を回復させるべきかと」


「温泉……?」


 エル姉の目が、キラリと輝いた。


「あら、いいじゃない。生前は王宮の石造りのお風呂ばかりだったもの。天然の温泉なんて、風情があって素敵だわ。ねえユリ、入りましょう? ね?」


「……まあ、ポートリラまではまだあるし。一度、腰をえて休むのも戦略のうちか」


 僕がうなずくと、カトリーヌは「御意に」と深々と頭を下げた。

 だが、見逃さなかった。

 彼女の口角が、かなり怪しく吊り上がっていたのを。

 ……嫌な予感。


 到着した場所は、切り立った岩壁の裏側。

 まさに隠れ家的な秘湯。

 澄んだ湯があふれ、遠くには黄金色に染まる草原。

 絶景。

 本来なら最高のご褒美だ。


「さあ、ユリエル様、お姉様。準備は整っておりますわ。お二人で、ゆーーーっくりと、心ゆくまで家族の絆を深めていらしてください」


 カトリーヌが手際よく脱衣所(という名の岩陰)を整え、僕を湯船へと押し出す。


「待って。カトリーヌ、僕は一人で入りたいんだけど」


「何をおっしゃいますか。是非、家族水入らずでお楽しみを。さあ、どうぞ!」


「話を聞け――うわっ!」


 背中を押され、半ば強制的に湯船へと放り込まれた。

 着水。


「ふふふ、ユリ。観念なさい」


 湯煙の向こう。

 既に湯に浸かっていたエル姉が手招きをしていた。

 ……目のやり場に困る。


 死霊術で蘇ったとはいえ、エル姉は全盛期の美しさをキープしている。

 いや、魔力が循環している分、生前よりも肌に艶がある。

 恐ろしいほどの色気。


「……姉さん、その、体調はどう?」


 僕は視線を泳がせながら、湯の端っこに縮こまる。

 エル姉は、ふぅーっと長いため息をつき、肩まで湯にかった。


「そうね……。『生き返るわー』」


「……」


「あら、今のギャグ、ウケなかった? 私、死んでるのに生き返るなんて、高度なジョークだと思ったのだけど」


「……あはは、高度すぎて僕には理解できなかったよ」

 

 苦笑い。


 でも、温かい湯に身をゆだねると、固まっていた筋肉が解けていくのがわかる。

 帝都から出て以来、僕の心はずっと張り詰めたままだった。


 アメル村での一件。

 村人たちをアンデッドとして使い、砦を蹂躙じゅうりんしたあの夜。

 復讐の快感。

 それ以上に深い、喪失感そうしつかん


「あんまり一人で背負い込まないで」


 不意に、エル姉の柔らかい手が僕の肩に置かれた。


「ユリは、思ってる以上に繊細だから。こんな時くらいは何も考えないで温泉を楽しみなさい」


「……そうだね。ありがとう、姉さん」


 湯煙の中、僕たちは言葉を失い、ただ夕日を眺めていた。



 その頃、湯船の外。

 カトリーヌは超人的な手際で夜営の準備を進めていた。


「ふふ、ふふふふ……。ユリエル様の脱ぎたての服……。いえ、いけませんわカトリーヌ。今は献身けんしん的な従者として振る舞う時……!」


 自分をりっするようにほおをパチンと叩き、彼女は茂みへと飛び込んだ。

 狙うは希少な野鳥、フォールバード。

 普通の猟師なら数日かかる獲物。

 だが、彼女は元帝国一級魔導師。


「見つけましたわ。焼き鳥になりなさい」


 指先から放たれた超精密射撃の魔法、火のプロミネンス・ニードル

 鳥を傷つけることなく一撃で仕留める。

 そのまま獲物をさばき、自慢の火魔法でじっくりと火入れ。

 弱火でじっくり、脂がしたたる絶妙な火加減。

 火炎魔法は、弱火が一番難しい。

 エリート教育で叩き込まれた魔法制御を、今彼女は夕食の調理に全振りしている。

 才能の無駄遣いすぎる。


 やがて、湯から上がってきた僕らのもとへ、カトリーヌがタオルを捧げ持って駆け寄ってきた。


「お上がりですか。さあ、お拭きいたしますわ」


「カトリーヌ、自分でするよ」


「滅相もない! 私は従僕です。私が貴族であった頃は当然の様に従者に体を拭かせてましたわ! ユリエル様とお姉様をお世話することこそ、私の至福。さあ、じっとしていてくださいまし!」


 彼女はひざまずき、まず僕の足を、次に腕を、丁寧に拭き上げていく。

 かつては帝国のエリートとして、平民を虫けらのように見下していた彼女。

 しかし今、彼女はその逆転した立場に、言いようのない昂揚感こうようかんを覚えていた。

 完全にそっちの目。


(ああ……。気高きユリエル様が、私の奉仕を受け入れている……。この美しい肌を拭けるのは、世界で私だけ……! )


「カトリーヌ、顔が怖いんだけど……」


「……あら、失礼しました。あまりに甲斐甲斐かいがいしく働ける喜びで、つい……」


 恍惚こうこつとした表情。

 そのままエル姉の髪も乾かしていく。

 姉さんは「気が利くじゃない」と満足げだが、その瞳の奥には「私のユリにあまりベタベタ触るな」という無言の圧がこもっていた。


 夕食は、カトリーヌが仕留めたフォールバードの香草焼き。

 口に運ぶと、芳醇ほうじゅんな肉汁。

 一週間の疲れが溶けていく。


「美味しいよ、カトリーヌ」


「……! もったいないお言葉ですわっ!」


 感激のあまり、カトリーヌの魔力が焚き火に干渉かんしょうし、火柱ができる。

 危ない。


 食後、地図を広げて今後の予定を確認。


「明日、明後日にはポートリラに着くはずだ。バルガスはあそこの領主としている。物資も底をついてきたし、何よりあいつの首をらないと」


「ドラゴンゾンビの噂も気になりますわね。聞いた話では、ポートリラから船で北へ行った大陸の霊山に眠るという伝説……。もし手に入れば、ユリエル様の力は帝国軍にも匹敵しますわ」


 カトリーヌの進言に、僕は深くうなずいた。

 今の僕に必要なのは、圧倒的な「火力」だ。

 エル姉という最強の個体はいるが、国を飲み込むには、まだ駒が足りない。


「ユリ、寝るわよ。夜更かしはお肌の天敵なんだから」


 エル姉が僕の腕を掴み、強引に寝床へと引きずり込む。


「ちょ、姉さん、カトリーヌもいるんだから……」


「あら、カトリーヌも来なさい? せっかく温泉で温まった体が冷えるじゃない」


 僕を挟むように川の字になる。


 温泉で癒えた肉体は、驚くほど軽い。


 夜の草原に、静かな寝息と、焚き火のパチパチと弾ける音だけが響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ