第17話 アメル村
北へと続く森。
そこを抜けた瞬間、視界が唐突に開けた。
目の前に広がるのは、広大な牧草地。
「遮るものが何もないって、こんなに贅沢ですのね」
カトリーヌが、表情をわずかに和らげる。
先ほどまでの鬱蒼とした景色のギャップからか、開放感が半端ない。
牧草地の先、緩やかな丘の麓に小さな村が見えた。
アメル村。
地図にも辛うじて載っている程度の、素朴な集落。
「今日はあそこで一泊しよう。姉さん、カトリーヌも湯浴みがしたいでしょ?」
僕の提案に、二人の反応は爆速だった。
「ユリエル様がお望みなら、異存なんてありませんわ!」
もはや信仰の域。
「ユリと一緒にお風呂……! ええ、賛成よ。背中、流してあげるわね。隅々まで、ね?」
いやいや、僕はそんな事、一言も言ってないよ。
瞳に危険な光が宿っている。
僕たちは村へと足を踏み入れた。
村は驚くほど温かかった。
石造りの井戸を中心に、古い家々が並ぶ。
村人たちは、見慣れない服装の僕たちを警戒するどころか、珍しい客人を歓迎するように集まってきた。
「……旅の人ですか? こんな辺境に珍しいね」
声をかけてきたのは、僕と同じくらいの年齢の少女。
亜麻色の髪を三つ編みにし、健康的に日焼けした肌が眩しい。
「宿を探しているんだ。この先に抜ける前に、少し体を休めたくてね」
僕が努めて穏やかに微笑むと、少女は「あ、えっと……」と視線を下にして、顔を
赤らめた。
わかりやすい。
「……この村には宿屋なんて立派なものはないんだけど、もしよかったら、うちの納屋を使ってよ。お父さんもお母さんも、きっと喜ぶから!」
「そうか。それは助かるよ」
少女の両親もまた、底抜けに善い人たちだった。
「帝都から来たのかい? 災難だったねぇ、あっちの方は何だか物騒だって噂だよ」
そう言って、彼らは村の貴重な蓄えである果実酒や、焼きたてのパンを振る舞ってくれた。
夜
村の共同浴場。天然の温泉を引いた素朴な岩風呂で、僕は久々に疲れを洗い流した。
壁の向こうからは、あまり聞きたくない会話が聞こえてくる。
「ユリエル様のお背中をお流しできないこのもどかしさ、今からでも凸しましょうか!?」
「カトリーヌ、静かにしなさい。ユリの安らぎを邪魔するなら、容赦しないわよ! それにユリの背中は私のものよ!!」
僕の背中は僕のものだよ。
そんな突っ込みを心でしながら、温泉を楽しむ。
足が延ばせるお風呂は至高だ。
気持ちいい。
その夜、僕たちは借りた納屋のふかふかした藁の上で眠りについた。
三人川の字。
2人の寝息を聞きながら目を閉じる。
お風呂に入ったせいか、強い眠気で意識が溶けていった。
翌朝
「お世話になったお礼に、少し薬草を摘んできてあげよう」
僕は二人にそう告げた。
少女の母親が腰痛に悩んでいると聞いたからだ。
幸い、森の入り口付近には質の良い薬草が自生しているのを昨日のうちに確認済み。
「ユリエル様の慈悲深さ……! 聖女など不要、あなたこそが救世主ですわ!」
大げさ。
「ユリがそう言うなら。さっさと終わらせて、また昨日のパンを食べましょう」
三人で森へ入り、数時間。
カトリーヌの探索魔法で効率よく薬草を発見し、エル姉が高速で刈り取り、僕がそれを束ねる。
籠がいっぱいになる頃には、日は高く昇っていた。
「さあ、戻ろうか」
意気揚々と村への坂道を登り切った、その時。
僕の鼻を突いたのは、焦げ臭さと、錆びた鉄の臭い。
「……え?」
視界の先。
先ほどまで穏やかに佇んでいたアメル村は、紅蓮の炎に包まれていた。
家々は崩れ落ち、井戸の周りには村人が転がっている。
「ユリエル様、前方! 帝国の紋章を付けた一団が離脱していきます!」
カトリーヌの指を指す方向。
遠く、馬を飛ばして去っていく銀色の甲冑――帝国の正規兵たち。
「……嘘、だろ」
僕は薬草の籠を落とし、村へと駆け込んだ。
笑顔でパンをくれた少女の父親。家の前で心臓を貫かれていた。
母親は、娘を庇うようにして背中から斬り伏せられている。
そして、あの少女は――。
「……あ、……ぁ……」
家の下敷きになり、瀕死の状態で転がっている少女を見つけた。
綺麗な亜麻色の髪は血で固まり、虚ろな瞳が空を見上げている。
「しっかりしろ! 今、治癒を――」
「……に……げ……て……」
彼女の小さな手が、僕の指を握った。
「帝国……の……人が……。ユリエル……って……裏切り者を……匿った……アジト……だって……。……お父……さん……もお母……さんも……みんな……」
ガクリ、と彼女の首が折れた。
握りしめていた力が消え、手が地面に落ちる。
静寂。
燃える木の音だけが、パチパチと虚しく響いていた。
「……私の、せいですわ」
カトリーヌが絶望に染まった声で呟く。
帝国は、僕を追うために周辺の村をしらみつぶしに当たっているらしい。
この村はただ僕の巻き添え、何の罪もない。
エル姉が、静かに僕の肩に手を置いた。
「ユリ。……あいつら、許さない。……私たちに、あんなに良くしてくれた人たちを」
僕の胸の中には、言葉にならない感情が渦巻いていた。
申し訳なさ?
後悔?
いや、それ以上に僕の心を満たしたのは――逃れようのない、殺意。
「……生き残りは、いないのか」
辺りを見渡すと、村の広場に一人、老人が這いつくばっていた。村長だ。
喉を焼かれ、血を吐きながら僕を見上げる。
「……砦……。すぐ……東の……。……バルガス……様……が……率いる……」
それだけを言い残し、老人は事切れた。
バルガス。
僕の故郷を蹂躙し、姉を殺した男。
「そうか。バルガスが、ここに」
僕は立ち上がった。
足元に転がる、村人。
僕に優しくしてくれた、ただそれだけの理由で殺された。
「姉さん。カトリーヌ。……準備をしよう」
「報復……ですわね?」
カトリーヌが狂喜と殺意の混ざった顔で微笑む。
僕は、少女の亡き骸の前に膝をつき、その冷たくなった頬に触れた。
「僕を、酷い奴だと恨んでいい。……でも、せめてその無念を、僕に貸してくれ」
深夜
太陽が沈み、闇が世界を支配し始める。
僕は大きく息を吸い、魔力を練り上げた。
ネクロマンサーとしての、真の力を解放する。
「死者召喚!」
地面が激しく揺れた。
村の各所から、黒い霧が噴き出す。
少女の指が、ピクリと動いた。
村長の首が、異音を立てて繋がる。
事切れた村人たちが、一人、また一人と、生気のない瞳を見開いて立ち上がる。
「ユリエル様……! これほどの数を、一度に!?」
カトリーヌが驚愕している。
本来、死霊術師が操れる数には限界がある。
だけど、僕にはクリスタリア王家の強大な魔力を持つ。
「アメルの村人たちよ。君たちの無念は僕が預かる」
数百人のゾンビとなった村人たちが、僕の前に整列する。
彼らはもはや、ただの村民じゃない。
ユリエルの魔力を注ぎ込まれ、痛みを感じず、死を恐れぬ、「死者の軍勢」。
「さあ、行こうか。……帝国の大元帥に、アメル村の皆が挨拶に行きたいそうだ」
僕は、闇の向こうに構える帝国の砦を指差した。
東の丘にそびえ立つ帝国の砦。
そこでは、バルガス率いる部隊が勝利の美酒に酔いしれていた。
「ふん、ユリエルがいると思ったのだが。……しかし、あの村を焼いたことで、警告にはなっただろう、かくまう者に容赦はしないと」
バルガスが豪勢な椅子に座り、剣を拭う。
その時、見張りの兵士が悲鳴を上げた。
「急報、報告! 砦の周囲に、無数の人影が!」
「何だと? 賊か?」
「いえ……あれは……! 昼間、我々が皆殺しにしたはずの、あの村の……!」
砦の門を、村人が埋め尽くしていた。
手には、錆びた鍬や鎌。折れた木材。
しかし、その全身からは禍々しいまでの黒い魔力が立ち昇っている。
「やぁ、バルガス……。遊びに来たよ」
砦の頂。
黒い手を足場に、空中に浮遊する僕を見つけ、バルガスの顔が驚愕に歪む。
「ユリエル……! 貴様、死体を操って何を――」
「カトリーヌ、明かりが足りないようだから、特大のよろしく」
ドオォォォォンッ!!
僕の合図と共に、カトリーヌは紅蓮の炎を砦に直撃させる。
同時に、村人たちが、一斉に砦の壁を登り始める。
「さあ、存分に、食らい尽くせ」
――パーティーの始まりだ。




