第15話 さよなら
帝都の街並みは、まだ平和ボケの真っ最中。
闘技場が血の海になったことなんて、露ほども知らない。
戦勝祭の余韻。
未だにひらひら揺れるカラフルな旗。
お花畑みたいな音楽。
その中を、僕は念のため外套で正体を隠して歩く。
隣には、これまたベールで顔を隠した絶世の美女――僕の自慢の姉さん、エルミリア。
「ねえ、ユリ。あそこ!」
エル姉が指差したのは、クレープの屋台だった。
あー、あそこか。知ってる。
エル姉が復活する前まで、食欲も湧かなかったから興味もなかった。
そう考えるとエル姉が生き返るまで、自分も死んでいたんだなぁと思う。
「……そうだね。最後くらい、食べていこうか。この街に、未練を1ミリも残さないために」
というわけで、クレープを購入。
僕はシンプルなチョコバナナ。
姉さんは、これでもかってくらいベリーが山盛りになった、見た目からして甘々。
「あーん」
エル姉が口を開けて待っている。
……正直、可愛いけど。
「……姉さん、ここ外だよ。見てるよ、みんな」
「えー、いいじゃない。私たちはもう、誰に遠慮する必要もないのよ? それとも、お姉ちゃんの愛が恥ずかしいのかしら……?」
あ、やばい。
エル姉の上目遣い。
これで解決しようとするのは、エル姉の悪い癖。
まぁ、僕には効果てきめんなんだけどね……。
「はいはい、わかったよ」
僕は苦笑いしながら、クレープを彼女の口へ。
パクッ、と幸せそうに食べるエル姉。
口角についたクリームを指で拭ってあげると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
周囲の通行人は、まさかこの美男美女が、一時間前に帝国の希望を根こそぎ刈り取ってきた死神コンビだなんて、夢にも思ってない。
平和と惨劇。生と死。
そのギリギリの境界線上で、僕は確かに「生きてるなー」っていう実感を味わっていた。
「ごちそうさま。……さて、荷物をまとめようか」
向かったのは、かつての隠れ家だったボロ小屋……。
元々はクリスタリア王国の倉庫。
そこには王国の遺産とか、くすねてきた隠し資金とか色々。
僕は鼻歌まじりに、空間収納魔法をかけた鞄へ荷物を詰め込んでいく。
旅行に行く準備みたいで楽しい。
「帝国軍が闘技場の異変に気付くには、あと数時間ってところかな。それまでに、このクソみたいな街の外へ出るよ」
「ふふ、楽しみね。これからどうするの? 静かな森で二人きりで暮らす?」
「それも魅力的な提案だけど、まずは足場固め。帝国の数を圧倒できる火力が欲しい」
帝国は強大、この帝都だけでも、とんでもない数の兵士がいる。ゼノスには、全てを失わせて、完全なる絶望と国の消滅をプレゼントしないと。
その為には、今の僕では難しい。今日も大分魔力を消費してしまったし。
準備完了。
闘技場の方に魔力を流し込む。
「……死者召喚」
命令は簡潔に。
「僕たちが帝都を出るまで、大暴れして」
秩序のタガが外れたこの街が、これからどんな素敵な末路を辿るか。
想像するだけで、胸がキュンとする。
帝都の巨大な北門。
門番たちは既に姉さんの斬撃で、仲良く夢の国へ旅立ってもらっている。
「さようなら、ヴォルガルド。次に会う時は、君たちの命を刈り取る収穫祭の日だね」
門をくぐろうとした、その時。
「待ってください……っ! ユリエル様!!」
背後から、叫び声。
振り返ると、そこには泥と血でドロドロになった少女が立っていた。
カトリーヌ・ヴィ・ヴェール。
闘技場で生徒、唯一の生き残り。
「カトリーヌ? なんでここがわかったの。ストーカー?」
「……あなたの魔力の痕跡を、必死に追いかけました」
彼女は僕の前で、貴族としてのプライドを投げ捨てるように、その場に膝を突いた。
「ユリエル様、あなたの圧倒的な強さ、なにより帝国に一人で立ち向かう覚悟、私の心は奪われました」
……うん、これ、あっち側の目だ。
一度壊れた人間特有の、キラキラしたヤバい目。
あの時、心が壊れちゃったのかな。
「で、何が言いたいの。サインなら後にしてくれる?」
「私を……私をあなたの従者にしてください! 帝国を捨てる覚悟はできています!」
カトリーヌの瞳には、恐怖を突き抜けた崇拝。
最強の力に触れて、既存の価値観が粉々になった奴がよく陥る、盲目的な狂信。
「却下」
僕が口を開くより早く、エル姉が拒否。
エル姉が僕の前に立ち、カトリーヌを殺さんばかりの視線で見下ろす。
「ユリの隣は、私だけの特等席なの。貴方なんかに分けるスペースなんてないわ。死にたくないなら、早く失せなさい」
エル姉から溢れ出す、濃密な殺気。
カトリーヌは恐怖で震え上がる。
普通なら失禁して逃げるレベルだけど、彼女は顔を上げ続けた。
根性だけはあるらしい。
「……構いません。殺されるのも本望。ですが、もし生かしてくださるなら、私はあなたの便利な道具になります。私のような、生きた人間の協力者も必要ではありませんか?」
……あー、一理ある。
たしかに姉さんは最強だけど、目立ちすぎるんだよね。
いつ爆発するかわからない、爆弾を持って歩いてるようなもんだし。
雑用。
エル姉にやらすことはできない。
カトリーヌは元・帝国のエリート。知識もあるし、実力も同年代ではトップクラスだ。
よく考えてみたら、従者がいれば旅は絶対に快適だ。しかも火魔法の汎用性は高い。もしかしてカトリーヌは優秀?
「……姉さん。ちょっと考えてみてよ」
僕は、プンプン怒ってる姉さんの肩を優しく抱き寄せた。
「これから長旅になるでしょ。身の回りの世話とか、汚れ仕事を押し付ける相手がいてもいいじゃない」
正論過ぎてエル姉は、「むぅ……」と唸っている。ちょろい。可愛い。
「ユリがそう言うなら……。でも、分かっているわね? もし少しでもユリに色目を使ったら、その瞬間に千切りにして、私の魔剣の錆にするから」
「……心得ております、お姉様」
カトリーヌはガタガタ震えながらも、頭を下げた。
こうして、謎の三人旅が決定。
「立て、カトリーヌ。もう君に名乗る家名なんてないし、君は僕のモノだ。死ぬまで僕の下で働いてもらう」
「はい、ユリエル様。すべては、あなたの御心のままに」
いい返事だ。
僕は一度も振り返ることなく、歩き出した。
右側には、僕を溺愛して、世界を敵に回しても守り抜いてくれる最強の姉さん、エルミリア。
左側には、かつての敵で、今は忠実な犬になったカトリーヌ。
背後の帝都からは、ようやくパニックになり始め、悲鳴が聞こえてきた。
史上最悪のネクロマンサー一行は、帝国を滅ぼす力を求め歩き出した。
とりあえず、北へ向かうか。




