第13話 決意
「聖女を! 早く、聖女を呼べ!!」
僕はできる限りの大声を出す。
これで、呆然としていた教師や衛兵たちが飛び起きる。
「殿下ッ! ウード殿下ッ!」
「蘇生だ! 間に合わせろ!」
広がる阿鼻叫喚。
その隙に、僕は左目の奥で魔力を練り上げる。
固有スキル『魂固定』。
本来は死者の魂を繋ぎ止めて、僕にするための禁忌の術。
それを今、あえて救済のために転用する。
冥府の門が開き、ウードの魂が引きずり込まれようとする刹那。
僕の膨大な魔力を通じて、見えない鎖を投げた。
その魂を、現世の肉体へと縫い付ける。
(……逃がさないよ、ウード。君にはまだ、僕の操り人形として生きて地獄を見てもらわなきゃ困るんだ)
「どいて! 下がりなさい!」
澄んだ綺麗な声。
白の法衣を纏った少女が駆け込んできた。
帝国の至宝、聖女セシリア。
彼女はあまりに無惨な王子の姿に一瞬顔をしかめたけれど、すぐさま聖杖を掲げた。
「神の息吹!」
聖なる光が降り注ぐ。
幻影の天使たちが、ウードの体を包んでいく。
普通、頭を失った死体の蘇生なんて不可能だ。
けれど、僕が魂を強引に留め、肉体の崩壊を魔力で繋ぎ止めていたことが「奇跡」を呼んだ。
ぐちゅり、と嫌な音。
弾け飛んだ肉片が、逆再生みたいに集まっていく。
たぶん数分。僕にとって、永遠のような時間。
……頼むから死なないでくれ。
「……がはっ!、はぁ、はぁっ!!」
ウードが、大きく身をのけ反らせて息を吹き返した。
瞳は焦点が合わず、ただガタガタと震えている。
死の淵を覗いた恐怖で、精神のほうは綺麗に粉砕されたらしい。
「蘇生……成功しました……」
聖女セシリアが膝をつき、肩で息をする。
会場からは、地鳴りのような安堵と歓喜の声。
僕はそれを見て、安心した。
(おめでとう、ウード)
けれど。
僕が描いていた「めでたしめでたし」は、最悪の形で裏切られることになる。
「貴様ッ! 何をしている、動くな!」
振り向くと、衛兵が、抜き身の剣を僕に向けていた。
それだけじゃない。
闘技場を取り囲む数百の兵士、そして詠唱を始める魔術師たち。
「……どういうことかな。ウード殿下は生きている。僕の判断がなければ、蘇生は間に合わなかったはずだけど?」
僕が淡々と問うと、衛兵は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「黙れ、死霊使いの分際で! 貴様が禁忌の力でウード殿下を害した事実は変わらん! たとえ生き返ろうと、王族を傷つけた罪は万死に値するんだよ!」
さらに、衛兵は僕の隣のエル姉を指差した。
「それに……その女は何だ! 過去に、帝国に弓を引いた悪魔ではないかっ! 悍ましい死霊め……いや、これは災厄の類だ。こんな不浄な存在を学園に持ち込み、殿下を殺そうとしたテロリストめ! 皇帝閣下のご命令だ。その女を消滅させ、貴様を地下牢へ連行する!」
貴賓席を見上げる。
そこには、冷酷な眼差しで僕を見下ろす皇帝ゼノス。
なるほど。
彼らは最初から、僕を逃がすつもりなんてなかった。
ウードが生きようが死のうが関係ない。
目立ちすぎた僕を、ここで確実に処理する。
それが帝国のやり方ってわけだ。
「……ユリ、どうするの?」
エル姉が、静かに囁く。
その指先は、すでに魔剣の柄にかかっている。
彼女一人いれば、この場の兵士なんて瞬きする間に肉片に変わるだろう。
「……ああ。そうだね、姉さん」
僕は、ふっと笑った。
絶望したからじゃない。何かが「切れた」からだ。
これまでは、慎重に歩いてきた。
目立たないように、正体を隠し、少しずつ外堀を埋める。
それが復讐の王道だと信じていた。
けれど、目の前の光景を見て理解した。
……もういいや。
ここまで来たら、もうどうでもいいや。
色々と作戦を考えてたのに、もう全てがどうでもよくなった。
「ユリエル! 投降しろ! さもなくば即刻処分する!」
僕はゆっくりと両腕を広げ、人間の感情を捨てた。
「ねえ、姉さん。僕はさっき、ウードを助けようと言ったよね。……あれ、間違いだった」
「この場にいる全員。僕たちを笑い、僕たちの国を壊し、今また姉さんを不浄と呼んだゴミクズども。一人残らず、消えてもらうことにしたよ」
「ユリ……。ええ、そうね。それがいいわ。うふふ、お姉ちゃん張り切っちゃうわよ」
エル姉が、少女みたいな無邪気な笑みで魔剣を抜いた。
――地獄の始まりだ。




