魔術
神殿は王城、その裏手をしばらく進んだ所にあった。
歩くとなるとそこそこ距離がある。
だから俺たちは馬車で移動し、王城上階にあるアイリス王女の私室に来ていた。
騎士と神官――正確には騎士団長と魔術師団長なんだとか――はアイリス王女の私室に俺たちが入ることを反対していたが、本人が強引に押し通した形だ。
ちなみにサナは勇者として、俺とカナタはアイリス王女の客人として扱うことが決まった。順当だ。
初めは俺たちも勇者として扱うと提案されたが、それは丁重にお断りした。
あまり目立ちたくなかったからだ。もしもの時に動き辛くなるのはゴメンだ。カナタも俺と同じ理由で辞退している。
「……すっごいな」
「おぉ」
「わーーー!」
そうして辿り着いたアイリス王女の私室は豪華だった。まさにお姫様の部屋と言った感じだ。
サナの瞳が輝いている。
家具から調度品、小物に至るまでが華やか煌びやか。一体いくらするのか想像すらつかない。
壊したら大事になりそうだ。
『さて、では教えていただけますか?』
全員が椅子に座ったところでアイリス王女が口火を切った。
『その前に言語理解の魔術を使ってもらえますか? カナタはこちらの言葉を話せないので』
『これは失礼しました』
アイリス王女がカナタに手を翳すと魔術式が浮かび、魔術が発動した。
『カナタどうだ?』
「大丈夫だ。サナは大丈夫なのか?」
「うん! 私はちゃんと理解できてる。話せはしないけど多分日本語で通じてるよね?」
アイリスは俺がこちらの世界へ来る前にサナへ謝罪をしたと言っていた。おそらくサナは勇者召喚の術式でこちらの言葉が通じるようになっている。
便利なものだ。
「はい。サナ様のお言葉は通じています」
「なんでだろうね?」
『多分、勇者召喚の影響だ。言語理解の魔術が組み込まれているんだろう』
そもそもの話、俺が異質なのだ。
普通は召喚された人間と召喚者で意思疎通なんてできない。それが当たり前だ。なにせ世界が違う。歩んできた歴史も違ければ文明も違う。だから言語も違うと考えるべきだ。同じ方がおかしい。
しかしそれでは効率が悪すぎる。もし召喚者が言語理解の魔術を使えなかったら、言語学習からやる羽目になってしまう。
それならば勇者召喚に言語理解の術式を組み込んだ方が効率的だ。あんな天体術式を遠隔で発動できるのだから造作もないだろう。
「それにしてもこんな魔術があるのか……」
カナタの言葉が尻すぼみになる。
『どうした?』
「いや。少し気になったことがあってな。アイリス王女。差し支えなければ火を出す魔術式を教えてもらっても?」
『わかりました』
アイリス王女が人差し指を立てて、その指先に魔術式を記述した。
魔術とは魔術式を記述し、魔力を流し込んで発動する現象だ。
魔術式は魔術定数と呼ばれる文字の組み合わせで記述される。爺曰く、数学に近いとのことだ。
ちなみに記述する対象はなんでもいい。
紙でも石でも記述できれば魔術は発動する。
しかし大抵の魔術師は自身の魔力を編み込んで空間に記述する手法を使う。
その方が臨機応変にできるらしい。
「やっぱり同じだ」
カナタが難しい顔で呟く。
それは俺もカナタと戦った時に気になっていたことだ。
「俺たち地球の魔術師も火を出すなら同じ魔術式で魔術を発動する」
カナタもアイリス王女と同じように魔術式を記述する。そして魔力を流し込むと、小さな火が指先に現れた。
爺曰く、魔術定数とは世界に定められている文字。物理定数のように絶対不変の数値らしい。
それが同じということは少なくとも魔術において、この世界は地球と同じ法則が適応されているということになる。
どう考えてもおかしい。
なにせ文明から言語まで違うというのに、魔術だけは同じなのだ。
これはきっと偶然ではない。
だけどここでいくら考えても答えは出ないだろう。
もしかしたら天才のラナならば俺の疑問を解消してくれるかもしれない。
「ちょっと待って。カナタって魔法使いなの!?」
すると紗那が素っ頓狂な声を上げた。
「何もないところから刀出してたのも魔法!?」
「……魔法使いじゃない。魔術師だ」
「……何か違うの?」
素朴な疑問。俺も初めは同じものだと思っていた。
だけど違う。ここには明確な差がある。
「全然違う。俺たち魔術師は魔術定数っていう法則を使って魔術を発動する。だけど魔法使いは法則そのものを創り出す。まあ簡単に言うとバケモノだな。この世界にいるのかはわからないが地球には一人だけしかいない」
魔術のことを知れば、魔法使いがどれほどのバケモノかがよくわかる。
彼らの武器は概念だ。
例として刀の魔法使いがいたとする。そいつの武器は刀ではなく、刀という概念だ。
無から刀を作り出すことも可能だし、作り出した刀は全てを斬り裂く。原理とか物理法則、魔術法則なんてモノは通じない。
まさに理外の存在。それが魔法使いだ。
「魔法使いもいるんだ……。もしかしてレイも魔術師? なの?」
「いや俺は違う。魔力がないから魔術なんて使えないしな」
「じゃあレイは何者……?」
それも当然の疑問だろう。
カナタもアイリスも気になっているはずだ。
「カナタ。もういいか?」
「大丈夫だ。疑問は残るけどな。アイリス王女もありがとうございます」
『いえ、私も少し……いえかなり気になります。……もしよかったらあとでチキュウの魔術を教えていただけますか?』
「それは願ってもない申し出ですね。是非よろしくお願いします」
魔術師同士で話がまとまり、二人がこちらを向いた。
さて、本題だ。
『まずは前提条件を知らないサナに勇者召喚について話そうと思う』
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