邂逅
光の柱に足を踏み入れた瞬間、浮遊感に包まれた。
辺りは一面真っ白で何もない。例えるならば、階段から足を踏み外したような感覚。
そして時間が引き延ばされていくような、奇妙な感覚がした。
しかしそれも一瞬の出来事。視界を覆っていた白が唐突に晴れた。
平衡感覚があやふやだ。
自分が立っているのか、座っているのかすらわからない。だけどその感覚はすぐに収まった。
俺は顔を上げて前を見る。するとそこは、静謐な空気が満ちる神殿のような空間だった。
「……」
俺は無言で辺りを見回す。
石造りの神殿だ。俺が立っているのは周りより一段高くなっている祭壇のような場所。
そして地面にはびっしりと魔術式が記述されている。
そんな場所に俺は、俺たちは居た。
「……え?」
隣から聞こえた、か細く震えた声。
俺は吸い寄せられるようにそちらを見る。
そこにはやはりと言うべきか、先に召喚されていた人物がいた。
皇城紗那。
俺の幼馴染にして親友。そして勇者に選ばれてしまった少女。
そんなただの少女は祭壇にペタンと座り込んでいた。
「……レ……イ?」
口がワナワナと震え、なんとか絞り出した声が俺を呼ぶ。
それに俺は手を挙げて応えた。
「久しぶり。サナ」
サナは何も知らない。
ここが異世界だと言うことも、自分が勇者に選ばれたことも。
きっと不安なはずだ。だから俺は安心させるように、なるべく優しい声音を心がける。
するとサナの目が潤み、涙が溢れた。
いつも元気だったサナの泣き顔。見るのは小学生の時以来か。
やがてサナはおもむろに立ち上がると、勢いよく飛びついてきた。俺はしっかりと抱き止める。
自分ごと倒れるなんてヘマはしない。
「今まで連絡しなくてごめんな。サナ」
「ホントにっ! なんでいきなりいなくなったんだよぅ! レイのばかぁぁぁあああ!!!」
サナの叫びが神殿内にこだました。俺は落ち着かせようと背中をさする。
「私……! 私……! 本当に死んじゃったんじゃないかって! 最後にお見舞い行ったときあんな痩せちゃってたし! クマも凄かったし! ていうかここどこ!? わけわがんない!」
「全部説明する。だからまずは落ち着いてくれ」
完全に混乱している。だから俺はサナが落ち着くまで背中をさすり続けた。
そうしてしばらくすると地面の魔術式が輝き、人が現れた。
「わるい。ちょっと遅れた……って感動の再会か?」
茶化したように言うカナタにサナが目をぱちくりとさせた。すぐに自分がしていた行動に気付くと、顔を真っ赤にして俺から離れる。
「えっ!? なんでカナタまでいるの!?」
「まあ俺もよくわかってないんだけどな。レイ。任せていいか?」
「ああ」
俺は頷き、祭壇の下に居た召喚者に向き直る。
そこには三人の人間がいた。簡単に言うと騎士と神官と姫だ。
騎士は頑丈そうな鎧を身に付け、腰に剣を差した大柄の男。立ち姿から一目で強者とわかるが、俺やカナタ程ではない。
神官は金の刺繍が施された純白の法衣を纏った女性だ。手には巨大な宝石が付いた杖を持っている。
そして姫。その子のことは知っている。
もちろん実際には会ったことはない。話で聞いただけだ。
輝く銀髪にキメ細かい雪原のように真っ白な肌。それに加えて人形のような美しさ。
瞳は陽光を反射して輝く、澄んだ海のよう。
とてもよく似ている。違いと言えば少し幼さが残っているところだろうか。だがそれすらもこの子が持つ可愛さへと昇華している。
ラナからその存在を聞いていなければ、間違えていたかもしれないと思うほどに。
『アイリス第二王女ですか?』
俺の言葉にアイリス王女が目を大きく見開いた。
しかし流石はラナの妹。すぐに驚愕を収めた。
『いかにも私はアイリス=ラ=グランゼルです。その言葉、貴方はチキュウの人間ではないのですか? それに何故、私の名前を……』
声もとてもよく似ている。
久しぶりにラナの面影が見えて頬が綻ぶ。
『アイリス王女。勇者に説明は?』
『こちらの都合で呼び出したことを謝罪したところです。説明はまだ……。あの……お二人は巻き込まれたのですか?』
アイリス王女の瞳は不安に揺れていた。
勇者召喚は罪深い魔術だ。状況だけ見るならば人間を拉致しているとも捉えられる。
聡明で心優しい彼女の妹ならば状況を正しく理解し、心を痛めているはずだ。しかもそれに巻き込んでしまった人間がいたとなれば尚更。
『謝って許されることではないのはわかっています。それでも――』
アイリス王女が頭を下げようとした。
だから俺は手を挙げて止める。
俺とカナタに謝罪は必要ない。
なにせ自分から巻き込まれたのだ。付いてきたカナタもそれは同じ。だから謝られるのは筋違いというものだ。
『謝罪は大丈夫です。俺はこちらの世界に来るために勇者召喚を利用したに過ぎないですから。こいつも勝手についてきただけですし』
『そう……ですか』
アイリス王女は胸に手を当ててほっと息を吐いた。顔に安堵の色が浮かぶ。
『では貴方の目的を伺ってもよろしいでしょうか? それは私の名前をご存知なのと関係が?』
『関係あります。念の為、確認ですがここはグランゼル王国で間違いないですか?』
アイリス王女が頷く。
状況は最高だ。もし帝国に召喚されようものならその場で暴れていた自信すらある。
けど召喚者はラナの妹だ。であれば協力して貰える可能性が高い。
『なら結論から。俺の目的はラナを救うことです』
俺の言葉にアイリス王女が目を皿のようにして驚愕した。
しかし隣の二人は違う。即座に行動を起こした。
『貴様何者だ!? なぜラナ様のことを知っている!』
怒号を上げて、騎士が前へ。そして剣を抜き放つ。
同時に神官もこちらへ杖を向けた。膨大な魔力が先端に渦巻いている。
……当然の反応だな。そして頼もしい。
なにしろ俺は完全に不審者だ。
勇者召喚に自ら介入してきた挙句、自分達のことも知っている。尚且つこの世界の言葉を話す人間。
さらに誘拐された第一王女のことを知っているときた。
どこからどう見ても理解不能な存在だ。
彼等の混乱は察して余りある。
「レイ!」
騎士に反応し、刀を構えたカナタを俺は手で制する。
「大丈夫だ。敵対だけはしないでくれ」
「任せていいんだよな?」
「ああ」
カナタは武器を消すと完全に警戒を解いた。
武器を持った仮想敵を相手に完全に警戒を解く。簡単にできることではない。それはひとえに俺への信頼だ。
だから俺は応えなくてはならない。
『まず、俺は貴女たちに敵対する意志はない。それでも信用できないのならば拘束してもらっても構いません』
『いえ。それには及びません。しかしなぜお姉様を知っているのですか?』
『話せば長くなりますが構わないですか?』
『……では場所を移しましょう。その前に一つだけ質問させてください』
『なんなりと』
『貴方はグランゼル王国の味方ですか?』
その問いに俺はしっかりと首を横に振る。
その瞬間、騎士と神官が臨戦態勢に入った。騎士は殺気を丸出しにし、神官は杖の先に魔術式を記述する。
それでも俺とカナタは動かなかった。
警戒を解いていてもこのぐらいは脅威でもなんでもない。
『やめなさい! 無抵抗の人間を攻撃することは許しません!』
『『……失礼しました』』
騎士と神官が不服そうに武器を下ろし、アイリス王女の背後へと下がる。
『申し訳ございません。部下が失礼を』
『構いません。それに俺もこれだけははっきりとさせておきたい』
俺の目的はあくまでラナの救出だ。
下手に王国の味方として換算されるのは避けたい。最悪の局面で身動きが取れなくなる可能性がある。
『では……?』
『俺はグランゼル王国の味方ではありません。あくまでラナ個人の味方です。たとえこの国が戦火に包まれようとも俺はラナを最優先に考える。……まあでも、グランゼル王国はラナが愛している国なので最善は尽くしますが……』
俺の言葉にアイリス王女が初めて顔を綻ばせた。
『それが聞ければ十分です』
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