第41話 「ボクはその船の船員の総入れ替えをしたいんだ」
「お嬢様方、あと少しでツーザにつきます。港には入れませんのでボートで上陸してもらいます。暗い中でのボートへの移動となりますが、慎重にお願いします。火をつけると目立ちますので」
気持ち悪いの親玉で、今は爽やかイケメン集団の親玉であるエドモント・シヴィー、白い歯を見せて爽やかすぎる笑みを投げかけてきやがった。
「月のない夜の後甲板」と言われるぐらいで、月も星もない夜の甲板の上は鼻をつままれても分からないぐらい真っ暗なのだ。その中で船から降りて波に漂うボートに乗るのだ。船から垂らされた名和橋湖にしがみついてフラフラと揺れるボートに乗るのだ。ちょっと間違えると二度と日の目を見ることができない、お魚のディナーと成り果てるのだ。元々の意味は気に入らない奴をそこで海に投げ捨てても誰も気づかない
「お嬢様、こういう上下のある移動は、このコレットにお任せください」
コレットが目を光らせながら有無を言わせずボクをお姫様抱っこしてくれやがった。そして、甲板の縁まで行くと、
「とうっ」
下も確認せず飛びやがった。君らは夜目が利くからいいかもしれないけど、こちらは全くの暗闇の中で抱えられて夜の海にジャンプされたら、チビルぞ。しかも、前より出るまでの道のりが短くなってるからね。………ちょっと出ました。ひょっとしてボクより小さいジャグはきっと大変なことになっているはず。これは何とかしないと。
「ロスタお姐ちゃん、やっと来たんだ。夜の海って案外綺麗だよね」
ボクに明るく声をかけてくれたジャグの頭に微かに光るゴーグルのようなものがあった。それが何なのか分からなくてボクは思わずジャグを凝視する方になってしまった。
「じっと見つめて恥ずかしいよ。………これのこと? これは、暗視の魔道具でね。掛けると暗闇でもリナ姐ちゃん程度にはものが見えるんだよ」
なんだその便利アイテムは。ボクにも貸してくれればパンツを湿らすこともなかったのに。
「あれ、このアイテムはお嬢様にお貸しするようにコレットに渡しましたよ」
今明かされる驚愕の真実がリナの口から語られた。ボクはコレットに抱っこされたままだったのでちょっと上、コレットの顔があるあたりを睨みつけた。
「何故、ボクに渡さなかった? 」
ボクが尋ねようと言葉を発した時、いきなりボクは暗闇の中に別の腕に抱っこされていた。
「コレット、お嬢様を抱っこしたいがために魔道具を渡さなかったのですね。この不忠者。この幸せ者、果報者、裏切者」
暗闇の中、多分ボクを抱っこしたままシュマが唸りながら怒っていた。この様子だと牙をむき出して獣の顔になっているんだろうな。魔道具を渡さなかったという意味では不忠者かもしれないけど幸せ者とか果報者と言う言葉は理解しかねる。
「お嬢様にこんな危険な縄梯子を使わせる気だったのですか。それともスカートの中を下から見たかっただけじゃないのですか」
コレットも多分、牙をむいてしゃーっと唸りながら言い返しているのだろう。
「下から眺めるために今日はお嬢様に白いのを穿いて頂いていたのに」
リナが残念そうに何気に聞き捨てならない事を言いやがった気がする。その時、ボクらの頭上から
「受け止めてー」
と声がかかって何かが落ちてきたらしい。らしいというのは真っ暗で何も見えないかったから。
「ルメラ、無茶しないで」
コレットが声を上げると同時にドサッという音がした。どうやらルメラがジャンプしてボートに飛び乗ったらしい。
「ルメラ見た目より軽い………はず? 」
何気に疑問符をつけてコレットを見つめているであろうルメラの方向にボクは顔を向けた。
「普通の子供はそんな事しないよ。竜であることを周りに知らせたかったらやったらいいけど。どこかのお店でルメラの部品が値札をつけられて陳列させていることになっても仕方ないよね。今使っている目玉や内臓も綺麗にバラされて、血液も一滴残らず絞られて、皮も綺麗に剥がされて、骨も筋もみーんなバラバラになって、竜に捨てる所なしって言われているからね」
調子に乗っているであろう竜に躾をするためにボクはルメラを脅してやった。
「え、バラバラにされるの? 」
暗闇の中から不安に満ち満ちた声が返ってきた。ボクの脅しが効いているようだ。ここは、心を鬼にして脅し上げる事にした。どんな猛獣でも幼い時に誰が上かを身に沁み込ませる事が重要なのだ。特に、ルメラは竜なんてトンでもない猛獣である、噛みつかれたりしたら犬の比じゃないからね。
「生きたままでバラバラにされるだろうね。素材は鮮度が重要だから、殺してからだと鮮度が落ちるから、まずはすぐ死なない目玉とか手足からばらすかもしれないね。心配しなくても簡単に死なないようにしてくれるよ」
ボクがここまで言うとクスンクスンと小さな泣き声が聞こえてきた。これも躾の一部だ、そして何よりボクたちの命がかかっている事である。今まだトカゲモドキでさっぱり使えなくて、自称業界最底辺だけど腐っても竜、何かに目覚めた途端に噛みついて来ることも有り得るから、かわいそうでも仕方ない事なのだ、と自分に言い聞かせることにした。
「ロスタお姐ちゃん、ルメラがかわいそうだよ。涙とよだれと鼻水でぐちゃぐちゃにになっているよ」
ジャグがちょっと非難めいた色を滲ませてルメラを擁護しようとしていた。かわいそうなのはそんなぐちゃぐちゃの顔を押し付けられているであろうコレットじゃないかなと思うのだけど。
「お嬢様が余りに脅すから、もうびじゃぴじゃになってしまいましたよ」
予想通りにコレットがブツブツと言い出した。自分としてはこんな真っ暗でゆらゆらと揺れるようなところにそんなに長くいたくないのだけど。
「お嬢様方、ちゃんと座って下さいよ。これから動きますからね」
元お下劣海賊団で今や爽やか系イケメンとなった船員がいつまでたってもボート上でわちゃわちゃしているボクらにしびれを切らしながらも紳士的に次の行動を促してきた。紳士的に来られればこちらも紳士的、否、今は淑女的に応じるのが筋というものだ。その前にコレットに抱っこから解放してもらう必要があるけど。
「お気を使わせてしまって申し訳ありません。皆、ちゃんと座って出発するからね。では、お願いします」
真っ暗で何も見えないから声のした方向に丁寧に頭を下げた。そして、特上の笑みもプラスして。
「揺れますからね。さ、艇首離せ」
船員が号令を発するとオールを手にした船員たちが一斉にオールを漕ぎだした。
暫くすると、遠くに街の灯がちらちらと見えるあたりに来ると波が打ち付ける音がしてきた。
「もう少しで接岸しますから」
船員が声をかけてから一泊置いた後、ガツンと艇体が何かにぶつかった感触が伝わってきた。
「接岸しました。まずはお嬢様方からですね。荷物はその後に荷揚げしますから」
と、言われてボクはコレットやシュマが抱きかかえる前に彼らに荷物のように揚陸させられていた。
「お嬢様方によき風が吹きますように、よき航海を」
「皆様の航路に幸多からんことを」
荷物が揚陸された頃には空が白くなっていた。ボクたちは去り行くボートに手を振って彼らに別れを告げると彼らから教わった隠れ家に向かう事にした。
そこまでの道はケモノ道に毛が生えた程度の細い道で猛獣たちの嗅覚などの五感をフルに使って何とか辿り着くことができた。と言うか、あの連中随分ここを使っていなかったみたいで、この道の様子からすると隠れ家もすごい事になっていそうな気がするんだけど。
「これですねー」
やっとのことで辿り着いた先にはお化けも逃げ出すようなボロ小屋が建っていた。それを見たリナはため息をついてその場にしゃがみこんでしまった。と、言うか狐がお座りしている様に見えるのは気のせいじゃないと思う。
「外見はぼろだけど、中身はすごかったりするかも」
コレットが一縷の望みを託して小屋の扉を開いてくれた、中はクモの巣と埃ぐらいしかなかった。
「外見どおりでしたねー」
シュマが小屋の中を見回してため息をついていた。海賊を簡単に信頼したからこうなったのかとがっくりと来ていた時だった。
「ロスタ、ここの床、何か変だよ」
ルメラが尻尾の先で床を叩いていた。確かに彼女が叩いた場所は他の場所の音と違う。ならば、ここは腐っても竜の言葉を信じてボクはその床をさっと撫でた。すると床の一カ所に小さなボタンがあることを確認した。こういう場合は押すしかない。で、押した。
「開いたぞ」
床の一部がすっと開いて、ぽっかりと口を開けた。その口の中には下に続く階段が見えた。
これは、良いぞ。うん、この雰囲気、これこそ隠れ家、秘密基地、まさしく男の浪漫じゃないか。これを見て昂らないなんて男じゃないと思う。勿論、ボクは昂っていた。
「お嬢様、危険です。トラップがあるかもしれません。ここは他の者が先に行くべきです」
先に進もうとするボクにモフっとした黒い壁が立ちふさがった。その壁は金色の瞳を階段をのぞき込んでいるやや煤けた黄金色に向けていた。
「危険を冒さないと、大きな儲けは手にできませんよね」
「そうですよー、こんな所に真っ先に入っていくなんて危険ですよー」
白いモフっとしたのがボクを羽交い絞めにしてくれた。しかし、男の浪漫がそんなことで鎮まるわけがない。このモフモフのくびきから逃れようともがいていていると、目の前の黒いモフっとした壁がおっかなびっくりで階段をのぞき込んでいるくすんだ黄金色に視線を向けた。
「大きな儲けを得ようとしたら、それなりに危険を冒さないとダメですよね」
コレットがにっこりしながらリナの肩をポンと叩いた。リナはそっと振り返りコレットの反論は受け入れないとばかりの笑顔に耳をぺたりと倒してしまった。
「この中から生き物の気配は、小さい黒いツヤツヤした虫程度しかないから安全だと思うよ」
そっと階段をのぞき込んでいたルメラが精神的には兎も角、物理的にそんなに害を及ぼすような生物がいないと断言してくれた。ここは、腐っても竜の感覚を信ずるべきなのだろうな。
「あの親切な海賊さんがトラップを仕掛けたりしていたら教えてくれるはずだよ」
ジャグもあの海賊どもに絆されたのか、ルメラの意見を鵜呑みするような事を口にしていた。
「あの親切な海賊がここの隠し扉の事言ってなかったでしょ。悪気が無くても言い忘れていることがあるかもしれない。ここは、焦っちゃダメた」
安全だからさっさと行けとリナに無言の圧力をかけているコレットとシュマにボクはその圧を停めようとした。
「お嬢様、あたし、行きますよ。その代わりに御用商人の座と愛人の座の確保をお願いします」
リナがうっすらと浮いた涙を手の甲で拭って健気な笑みをボクに向けてくれた。御用商人の件については、今のところボクは権力を手にするつもりはないし、愛人にしてくれっていうのも多分無理だと思う。でも、リナの事は嫌いじゃないし、このままずっと付き合っていければなんて思っている。
「ここは、ボクが行くよ。女性に危険なことはさせられないからね」
女性に危険な事をさせるになんてホクにはできない。ここは、ボクが先陣を切る、これは男として当然のことだ。
「お嬢様、そんな危険な事は替えが効きやすい、この女たちで十分です」
コレットがリナとシュマを指さして何気にえげつない事を口にした。
「そうですよー。これならいくらでも代えがききますよー」
シュマがリナとコレットをニコニコしながら指さした。彼女も大したものだ。
「彼女らの言う通りですよ。この状態で侍女が二人もいりませんよね。あたしだったら商売しながらお嬢様の面倒は見られますから」
リナも言われ放しではなく、極上の営業スマイルを浮かべながらボクに危険な事をする役を跳ね返していた。
「グダグダ言っててもはじまらない」
ルメラがしびれを切らしたのか、さっと階段を下りて行った。彼女は竜だから少々のトラップなら大丈夫だろう。根拠はないけど。
「ルメラ、単騎駆けは危ないよ」
ボクは猛獣の羽交い絞めから抜け出してルメラの後を追いかけた。階段は思ったより広くて荷物を抱えていても十分に動けるようだった。
「ロスタ、すごいよ。寝床がいっぱいある。食べ物の匂いもするよ」
地下には巨大な部屋、そこにはずらりと質素だけど清潔そうなベッドがきれいに並べてあった。照明は魔道ランプなのか壁のあちこちにかけられていて、揺らがない明かりを灯していた。
「こっちはお風呂、こっちはトイレ、ここはキッチンだよ。ずっとここに住んでもいいよ」
ルメラはあちこちの扉を開いて歓声をあげていた。彼女としては宿などの公共施設以外の建物が初めてらしいけど、全記憶を受け継ぐという竜の特性からすると初めてと言うのはおかしい。
「全記憶を受け継いでいるから人の建物の事も良く知っているんじゃないのかな」
ボクは思わずルメラに聞いてしまった。そして聞いたことを彼女の表情からマズイ事だったと判断した。
「全記憶だけど、抜け落ちていることもある。ラベルだけで中身がない箱みたいな感じ。ルメラは結構抜け落ちているみたい」
ルメラはその場で立ったままうつ向いて肩を震わせ始めた。何か聞いてはいけない事だったみたいで、ボクはとても気まずい思いになった。
「三代前の爛れた生活はちゃんと記憶していたんだろ。ボクは知りたくもないけど。全記憶と言うのは完全じゃないってことかな」
ボクは肩を震わせているルメラに彼女らの記憶に関する疑問をぶつけてみた。傍から見るとボクのツッコミで泣いている小さな子にさらに問い詰めているという鬼畜な図になるだろうけど、こいつは見てくれが何であれ竜なんだ。彼女が成長した暁にこちらを恨んで襲ってくるような事は絶対に避けたい、だから今のうちに誰が強いか、誰が上かを身に染ませておく必要がある、これはボクらの安全のために必要な事なのだ。
「ロスタお姐ちゃん、結構ひどい事するんだね」
ジャグがルメラを抱きかかえて優しく頭を撫でてやっていた。この図柄からするとボクはとてつもない悪い奴みたいじゃないか。悪徳貴族のドラ息子じゃない、今一部で持て囃されているらしい悪役令嬢じゃないか。髪は金髪じゃなくて黒で縦ロールにしてもないからそうじゃないと思うけど。
「気になることは確かめておかないとね。竜の生態について知らないとルメラのやらかしを事前に止めることができなくなるからね。きつく見えるけど、ルメラのためなんだ」
ちょっと怒りを込めて睨みつけてくるジャグにボクは優しく説明し、そして肩を震わせているルメラの頭を撫でてやった。鞭の後の飴が効くと聞いたことがある。こうしてルメラを手懐け、征く征くはボクの強力な後ろ盾になってもらう予定なのだ。竜を味方につけている者に態々喧嘩を売ってくる馬鹿はいないはず、だと思うから。
「あんまりやりすぎると恨まれますよー」
シュマがべそをかいているルメラにポケットから取り出した飴を彼女の口の中に入れながらボクに注意するように促してきた。確かに恨まれると大変なことになるけど、そうさせないためにもボクに依存するように仕向けなくてはならない、これはボクの生存戦略に関わる重要な事項なのだ。
「ルメラが大切だから仕方ない事なんだよ。ルメラは下手すると素材として狙われかねないから、彼女の安全のためなんだ」
ボクはルメラに微笑みかけるとそっと彼女の頭を撫でた。
「確かに竜は頼もしい力になりますが、ルメラにはいつまでも可愛くいてもらいたいですね。ルメラの可愛さがお嬢様の可愛さ、美しさをさらに引き立てるのですよ」
コレットはどうやら明後日の方向に思いを巡らせているようだけど、確かにルメラは可愛い事は認める。しかし、今の彼女にボクが期待する竜の力はどこにもない。今はルメラに護らているのではなく、ボクがルメラを護っている状態だから、かわいいままで居られても聊か不都合なんだけどね。
「これと、これでなかなかいい料理ができますよ。ここは、あたしが腕を振るって素敵なディナーを準備しますよ。ジャグ、お風呂の準備をお願いね」
ルメラを囲んであらぬ方向に妄想している侍女たちをよそにリナがキッチンに入って海賊団が備蓄していた食料を物色して今日の夕飯を作る準備を始めていた。
「お食事のお世話は私たちの仕事です。貴女はいつものように次の商品の仕入れなんかを考えていればいいんですよー」
「慣れない事をして食材をだめにしてもいけませんから」
シュマとコレットが自分の仕事を取られそうになったせいで、今まで愛でていたルメラをその場に放置して厨房に駆けて行った。
ボクはいきなり放置プレイされたルメラの涙を拭きながら猛獣たちが厨房で大乱闘を起こさないかハラハラしていた。
「おいら、たまにはリナ姐ちゃんの料理が食べたいなー」
ジャグが殺気が高まっている厨房に向けて無邪気に呼びかけた。ふと、殺気が弱まった。この手があったか。
「ボクも久しぶりにリナの料理が食べたいな。シュマとコレットは彼女の手伝いをしてくれないかな」
ボクもジャグに倣ってリナの肩を持つことにした。ボクの希望だと分かったらシュマもコレットも大人しくしているだろう。
「仕方ありませんねー」
「承知しました。お嬢様から命じられたのですから、不味かったら不興を買いますから、注意してくださいね」
シュマとコレットが未練がましくリナに言っているようだが、リナは軽く手を振っただけだった。彼女はすでに意識から彼女らを追い出しているのだろう。
シュマとコレットは曲がりなりにも侍女として今まで勤めてきた。彼女らはたった2人でボクの世話と離れの管理をしてきたのだから料理に関してもそれなりの腕を持っている。リナは彼女らに対して勝負を仕掛けたように見えた。何のための勝負かは見当つかないけど。
「お嬢様、あたしの逸品、どうぞ召し上がれ」
結構多めの浴室で温まった体を質素だけどしっかりしたテーブルに着いた。まだ石鹸の香りがするだろうボクの前にリナが具だくさんのスープとイチゴ系のジャムがたっぷり塗られた焼きたてのパンを置いてくれた。海賊たちが備蓄していた保存食を旨く利用したようで、あたたかな湯気と一緒に食欲がそそる匂いがしていた。
「リナ、ありがとう。早速頂くよ」
湯気の上がるスープをスプーンですくって口に運んだ。乾燥させた肉や調味料に浸かった野菜たちがそれぞれの持ち味を生かした素晴らしいハーモニーを口内で醸し出してくれた。まさか、リナにこんな才能があったなんて。
「恐るべし」
「まさかここまでやるとは思いませんでしたよー」
りなのりょうりを口にしたコレットとシュマも驚愕の表情を浮かべた。そりゃそうだろう、リナの事を只の、否、やらかしがちな行商人として見ていなかったのだから。ボクも彼女が口少なめに語った過去についてで少しばかり知ってはいたけどね。
「料理屋に食材を卸す時にちょっと修行したもんですから」
リナは涼しい顔をしてしれっと口にしたが、これほどの料理をありあわせの保存食で作り上げるなんて、きっと厳しい修行をしたのだろう。それに、旅を主体とする行商人が野営で料理の一つや二つできなくてはならないだろうしね。
「こんなスゴイ腕をもっているのに、料理人にならなかったのですか」
コレットが驚愕の表情のままリナに尋ねた。彼女の料理の腕に関しては本職のコレットやシュマすら一目置くような腕なのだから。
「料理で独立するには面倒でそれ以上に厳しい徒弟制を勝ち上がる必要がありますからねー。それに、これだと料理人は厳しいんですよ。コレットもシュマも知っているでしょ」
リナはそっと腕をまくって黒い手袋をしたような腕を見せた。獣人は抜け毛の事から料理界では敬遠されやすい。だから、シュマもコレットも料理をする時は肘まであるような手袋をして抜け毛が料理に入らないようにしている。この事がリナが料理人にならなかった、慣れなかった理由なのだろう。
「でも、商人なら行商人になった時点で独り立ち、飲食店はあたしが商売を大きくしてからやるつもりなんですよ」
リナは少しばかり遠い目をしながら自ら作った料理を口に運び、目を細めた。
「保存食といえども良いモノでしたから、良い感じにできました」
彼女の自画自賛に誰もツッコむ者はいなかった。
「これからの事について皆に聞いてもらいたい」
食事の後片付けが終わり、後寝るだけとなった時、ボクは皆を呼び集めた。ジャグは勿論の事、ルメラも含めて。
「ボクはこれから王都に向かう。最初は逃げることしか考えていなかったけど、ブッコワース領のあの有様はおかしい、領民が苦しんでいる。そして、変な連中が増殖する。あのお下劣海賊団の横行を我が量の海軍が止められたか。できていない。ワイスの街にいた代官の異常行動にも誰も気づいていなかった」
ボクは今までの旅で見聞きしたことを語った。皆も経験している事なのでうんうんと頷いたりしてじっと聞いてくれている。
「王都にいるお祖母様に会いに行こうと思う。そして、ブッコワース家を取り潰してもらうための助力を得たいと思っている」
ボクの言葉にシュマとコレットが目を丸くした。リナは難しい表情を浮かべているだけだった。
「何のために身体を鍛えているのかすら分からない連中が領民の命を握っているなんて恐怖以外なんて表現すればいい」
ボクは皆の顔を見回した。皆一様に押し黙っていた。
「愚者の船だとルメラは思う。大渦に突っ込もうとしているのに船員の誰も舵輪をとってないし、帆も捜査していない。甲板の上でお酒飲んで歌い踊っているだけ。そして領民はそんな船員の食事の世話をしたり、洗濯するために船室にいるから大渦について何も知らない。だから船と一緒に沈む」
ルメラが的確な表現をしてくれた。やはり、抜け落ちが多いとは言え、記憶の継承とはすごいものだ。産まれてからまだ一年もたっていないのにここまで分析できるとは。流石、腐っても竜だ。
「ボクはその船の船員の総入れ替えをしたいんだ」
「随分と過激ですねー。ついて行くことには変わりはありませんよー」
シュマは強張った表情で一言言うと軽く目を閉じた。
「私もどこまでもついて行きますよ。例え、反逆者と言われようとも。世界のすべてを敵に回しても」
コレットがボクの腕をつかんできた。ボクを見つめる目は真剣そのものだった。
「あたしは変わりませんよ。お嬢様御用達になるのが目的ですからね。お嬢様には貴族だとか領主とか爵位とか関係なくビッグになってもらいたいんですよ。そうすればあたしは儲かるし、もっともっとお嬢様と親密になれますから」
リナもボクについて来てくれるみたいだ。ここは素直に有難い事だと思う。
「おいらもロスタお姐ちゃんと一緒だよ」
ジャグもついて来てくれるようだ。これは責任重大だ。
「ルメラはロスタがいないと………、でも、大きくなったら絶対に味方になるから」
ルメラもついて来てくれるようだ。自称業界最底辺と言えど竜がいると言うだけで拍がつくってものだ。
「ひょっとすると、否、大きな確率で追われる身になると思う。でも、ここで動かないと、ブッコワース領はいつまでたっても汗臭い、筋肉しか興味の無い者たちが舵も取らない愚者の船のままなんだ。あの筋肉だるまたちがどうなろうと知ったことじゃないけど。領民に涙や血を流させたくないんだ」
すでに貴族でもブッコワースの跡継ぎでもなくなったボクが言うのもおかしな事だけど、今まで領民のお金で生活させてもらったせめての恩返しとして、そしてボクが安全に静かに暮らせるようにするためにもここは避けて通れないと思っているから。
「我々はずっとお嬢様と一緒ですよー」
「いやだって言ってもついて行きます」
「御用商人にしてもらわないといけませんからね」
「おいらもいつも一緒だよ」
「ルメラにはロスタしかないの。でも、大きくなったらロスタに悪い事する奴らをやっつけるから」
皆がついて来てくれる、本当にありがたい事だ。涙が出そうになった。
ルメラについては少々やりすぎたかもしれないけど。竜を手なずけるには仕方ない事だと割り切ることにした。




