143.創造と風
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読み飛ばしにご注意ください。
セラフィナが抜き放った剣――アロンダイトを振るうと、無数の槍が出現してグラスリードの上下左右を取り囲んだ。何もない虚空から現れた槍がグラスリードを完全に包囲して、一切の逃げ場を奪い取る。
数百、数千の槍の先端は全て魔女へと向けられており、セラフィナが力を込めればたちまち襲いかかることだろう。
「あらあ……こおんなところに聖剣保持者が。ママに何の御用かしらあ?」
グラスリードは無数の槍を鬱陶しそうに見ながら、惚けたように首を傾げてセラフィナに訊ねた。
対して、セラフィナは鋭い眼光で魔女を睨みつけながら、錫杖の形をした聖剣をシャランと鳴らす。
「教会の十字騎士である私が、神敵である貴女に用事など一つしかありません。即ち…………滅しなさい!」
セラフィナがもう一度錫杖を鳴らすと、無数の槍が一斉に動き出してグラスリードを襲う。
グラスリードは魔法で障壁を張っていたが、セラフィナはそれを圧倒的な物量によって破壊する。
「っ……怖い子ねえ! 躾が必要かしらあん!?」
しかし――そのまま針鼠になるほど、グラスリードも甘い相手ではなかった。
グラスリードの身体が大気に溶けるようにして粉々になり、無数の光子へと姿を変える。
粒状になった身体が槍の隙間を縫うようにして回避し、セラフィナの眼前で再び人型に凝集する。
「っ……!」
「ママに挑むには、お嬢ちゃんじゃちょっと脇が甘いかしらあ? お仕置きに腕の一本でも、もらっちゃおうかしらあ?」
セラフィナが迎撃するよりも先に、グラスリードの右手が聖剣を持った腕へと伸ばされた。
愛撫でもするような優しい手つきであったが、爪の先には人間の腕を容易く斬り落とせるほど研ぎ澄まされた魔力が宿っている。
セラフィナの脳裏に、己の右腕が肩から切断される幻想が浮かぶ。その幻影は、一秒とかかることなく実現することだろう。
しかし――
「ったく……世話の焼けるお嬢様だぜ」
セラフィナの腕が斬り落とされるよりも先に、グラスリードの頭上から冷たい殺意の刃が襲いかかる。
敵の攻撃に気がついたグラスリードが腕を引くと、セラフィナとグラスリードの間をギロチンのように風の刃が通り抜けていく。
腕が引くのがわずかでも遅ければ、グラスリードのほうが逆に腕を落とされていただろう。
「だから二人でかかれば良いと言ったんだよ。戦場で、敵を過小評価するのは誉められたことではないんだがな」
「あらあ……もう一人いたのねえ。まるで夏の虫みたいに鬱陶しいわあ」
セラフィナから距離をとったグラスリードが頭上を見上げると、空に浮かんでいる雲を隠れ蓑にして立つ男の姿があった。
黒い髪を頭の後ろで結っており、その身体は東方の民族衣装である『キモノ』と呼ばれる衣服を着こんでいる。
精悍な顔立ちは無精髭で覆われており、表情は気怠そうに緩んでいのだが……瞳だけは眼下のグラスリードをはっきりと見据えており、冷たい殺意の色が浮かんでいた。
「一対一が美徳とされるのは、果たし合いくらいのもの。戦において数で敵を呑むのは卑怯ではなく、『兵法』というんだぜ」
「……助かりました。ご忠告、肝に命じさせていただきますよ。ヤマト様」
「そーしてください。貴方が死んでしまったら、依頼料がもらえなくなって素寒貧になっちまう。こんな場所から無一文で、どうやって東の果ての故郷に帰れと言うんだか」
ヤマトと呼ばれた男がゆっくりと下降し、セラフィナの横に並ぶ。
ヤマトの右手には片刃の大太刀が握られており、わずかに反り返った刀身には濃い緑色の風が逆巻いている。
「さて……聞かれちゃあいないが、俺もオルレアン殿にならって名乗らせてもらうか。極東がサムライ、名をヤマト・ヤサカイン。今は聖協会の雇われだ。そして、お前さんだったら言われずともわかっているだろうが、これは『風』を司る聖剣――『アメノムラクモ』。俺の一族に伝わる守り刀だ」
ヤマトが軽く剣を振るうと、長い刀身から放たれた太刀風がグラスリードを襲う。
「あらあ……」
グラスリードはわずかに表情をしかめて、手の平から放つ光弾で風を相殺する。
あっさりと打ち消された風の刃に、ヤマトがわずかに瞳を細めた。
「ほう……なるほどねえ。予備動作抜きで防がれるとは……こいつは確かに侮れない強敵だな」
どうやら、先ほどの一撃は相手の力を測るためのものだったらしい。ヤマトは納得したように頷き、隣のセラフィナへと視線を送る。
「オルレアン殿、こいつは二人がかりで全力を出さなきゃ勝てない相手ですぜ?」
「……できれば温存したかったのですが、仕方がありませんね。聖鎧を使います」
「りょーかい。待ってましたとも」
次の瞬間、セラフィナとヤマトの身体が光に包まれた。
刃のような銀、深緑のような緑――二つの光が男女の身体を包み込み、身体を覆う鎧へと変貌する。
圧倒的な魔力とともに放たれる存在感。それはまさに、神話の世界から抜け出してきた魔神の顕現であった。
「我――神敵、蔓延る世界を改変する救世主である! 聖鎧『至高の技工匠』!」
銀の光の中から現れたのは、セラフィナである。
凹凸の少ない身体に踊り子のような露出の高い服を着ており、その周囲を円月状の刃が無数に浮遊し、旋回している。
左手に握っていた錫杖は身の丈ほどの巨大なハンマーに変貌しており、凶悪なフォルムから鈍い銀光を放出して敵を威圧していた。
「聖鎧『災禍の天王』! 夷狄戎蛮、残らずぶっ潰すぞ!」
緑の光から現れたのは、ヤマトである。
大柄の逞しい肉体の上に黒い全身鎧を纏っており、頭部には牛頭のように二本の角を、臀部には緑の鱗で覆われた蛇の尾を生やしている。
右手に握っていた大太刀は、片刃で反り返った形はそのままに、馬をも容易く両断できそうなほど巨大な造形へと膨れ上がっていた。
「三分で決着をつけます。破滅の魔女グラスリード、改めてお命を頂戴いたします!」
「そういうわけだ……ま、恨まずに逝ってくれや」
聖剣の奥義を発動させて、セラフィナとヤマトが有無を言わせず目の前の敵に殺意をぶつけた。
「……困ったわねえ、ほんっとうに」
二人の聖剣保持者。二つの聖鎧を前にして、グラスリードは心底困り果てたように細い首を横に傾げる。
言葉とは裏腹に、その表情はまるで夕飯のおかずを決めかねているような、日常的でどこか余裕のあるものだった。
「あなた達みたいなのを相手にしたら、かすり傷を負っちゃうじゃないの。ママ、逃げちゃってもいいかしらん?」
「逃がすわけがありません!」
「かすり傷で済ませるものかよ!」
「あらあら……」
宙を飛んで逃げる魔女を、二人の聖剣保持者が追いかける。
激しい魔力の奔流をぶつけながら、三人はそのまま北の空へと消えていった。
ともあれ――魔女グラスリードは追い立てられるようにザイン王国から去っていき、レイドールやネイミリアと顔を合わせる日は先に持ち越されることになった。
グラナードに魔剣を与えた邪悪の権化が去ったことにより、ザイン王国は命脈を断たれることなく生きながらえることになったのだが、それはレイドールには知り得ない場所で起こった出来事である。
お知らせ
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どうぞそちらの方もご覧になってくださいませ。




