142.魔女と聖者
長くなったので2話に分割して投稿させていただきます。
王弟レイドールと国王グラナード。
聖剣保持者と魔女の使徒との間で勃発した戦いは、レイドールの勝利によって幕を引くことになった。
一方、王都の外周を囲む城壁では、城門を破ってレイドール軍が突入していた。
騎士団と警備隊は城壁が破られるや、無駄な抵抗をすることなく降伏する。
そもそも――最初から勝敗は決まっていたようなものである。
王都に残っていた兵士は、帝国との戦争に参加していなかった後詰の鎮護兵。指揮をしていたラニード・ゼンスは優秀な指揮官であったが、練度の低い兵士では耐えるのにも限界があった。
対するレイドール軍はジャスティ・オイギスト、アンジェリカ・イルカス、サーラ・ライフェットなど優れた指揮官を擁し、さらにレイドールを王にするという共通の目的のために一丸となっている。士気も非常に高かった。
元々、レイドール軍が城門を攻め込んだのは王宮を警備する騎士の目を外に向けるためである。
兵士を無駄に殺すつもりなどなく、手早く武装解除させて拘束していく。
個人の戦闘も、軍を率いた戦も、どちらもレイドールの勝利によって戦いは幕を引くことになったのである。
〇 〇 〇
「退屈な結果よねえ。別に期待はしてはいなかったけどお」
戦場となった王都より北。森にある高い木の枝に腰かける一人の女性の姿があった。
柔らかなウェーブを描く金髪を風になびかせ、凹凸に富んだグラマラスな肢体に薄手の白いドレスを身に着けた美貌の女性である。
その両眼は満月のような金色で、日が傾き薄闇となった森の中で爛々と光を放ち輝いていた。
彼女の名前はグラスリード。
世界を幾度も滅ぼしかけている伝説の怪物――『破滅の六魔女』のリーダーであり、グラナードに魔剣を渡した張本人である。
グラスリードの瞳には、遠く離れた王都で起こった戦いの顛末が映し出されている。
使徒として選んだグラナードはレイドールの前に敗北して、あっさりと殺されてしまった。城門では二つの軍隊が争っていたものの、死者は拍子抜けしてしまうほど少なかった。
多くの人間が殺し合い、血で血を洗うような闘争が起こることを期待していた魔女は、退屈そうに髪の毛を指先でいじる。
「もう少し大勢人が死ぬと思っていたのだけど……やっぱりダメねえ。あの子じゃ、ダーインスレイヴの坊やと同じ天秤に載せるには軽すぎたかしらあ?」
見る者を虜にする女神のような美貌を持つグラスリードであったが、その眼に浮かんでいるのは酷薄な色である。
使徒であるグラナードが命を落としたことについて、まるで気にしている様子はなかった。
結局のところ――グラナードは悪辣な魔女によって利用されただけなのだろう。
グラスリードが追い詰められた国王を使徒として選んだのは、深い意味もないただの遊びだったのだから。
「まあ、いいわあ。元気なネイちゃんの姿も見れたことだし……まったく、あの子も相変わらず男の趣味が悪いわねえ。好きになったらいけない人ばかり、好きになっちゃうんだからあん。今度会ったら、お説教しなくちゃいけないわねえ」
言って、グラスリードの身体が宙に浮かび上がった。
雲のようにフワフワと空に舞いながら、思案げに己の頬を手の平で撫でる。
「このまま退散してもいいけれどお……やられっぱなしは、すこーしだけ悔しいわねえ。『呪い』の坊やも疲れてダウンしているみたいだし、もうちょっとだけ遊んじゃおうかしらあん?」
魔女は愉快そうに赤い唇をつり上げて、王都の方角に向けて手をかざす。
手の平に膨大な魔力が集結していく。もしもこの場に魔力を感知することができる魔法使いがいたのであれば、その巨大な力の凝縮に腰を抜かしていたに違いない。
「退屈しのぎに毒の雨でも降らせてから帰ろうかしら? それとも、気温を百度くらいまで上げちゃうとか? この程度の魔力じゃあ二、三千人くらいしか殺せないけど……どうせヒマつぶしだもの。それくらいでちょうどいいわよねえん?」
グラスリードの目には人を殺すことへの罪悪感などまるでない。金色の瞳に宿っているのは、蟻を踏み潰して遊ぶ子供のように無邪気な感情である。
グラスリードの手に魔力が結集した。宮廷魔術師の数十人分の魔力は、解放すれば宣言通りに千単位の命を奪うことだろう。
「あら?」
しかし――死神の手が振り下ろされることはなかった。
グラスリードが魔法を発動させるよりも先に、中空に浮かぶ魔女の身体に無数の槍が降り注いだのである。
グラスリードは手に集めていた魔力を使い、身体の周囲を防御魔法で覆う。半透明の障壁が飛んでくる鈍色の槍の雨から美貌の魔女を守る。
「……ママに不意打ちとか、悪いことをするのはどなたかしらあ?」
「私でございますよ……魔女グラスリード」
高い声音で答えたのは、巡礼服を身に着けた小柄な少女だった。
グラスリードと同じく宙に浮かんだ少女は、右手に金属の円環で装飾された錫杖を持っている。フード付きの巡礼服からは銀色の髪と、刺すように鋭い赤い瞳が覗いていた。
「私の名前はセラフィナ・オルレアン。ゴールドクロス神皇国が聖教会に属する十字騎士」
セラフィナと名乗った少女が手に持った錫杖の上部を掴み、上に引く。
すると――円環がぶつかってシャランと涼やかな音を鳴らし、錫杖の中に仕込まれていた刃が外気に露出した。西に傾いた日の光を反射してオレンジに輝く細身の剣が、グラスリードの胸へと向けられる。
「そして……これなるは『創造』の力を持つ聖剣『アロンダイト』! 神の敵を討つべく与えられた、救世救道の神器です!」
お知らせ
「レイドール聖剣戦記」が5月1日に一迅社ノベルスより発売予定となりました。
すでにAmazonでは予約も始まっていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
活動報告にて、いただいたイラストなどを公開していきます。
どうぞそちらの方もご覧になってくださいませ。




