107.聖剣デュランダル
先に動いたのはレイドールである。
練り上げた魔力をダーインスレイヴに注ぎ込むと、聖剣を覆っている瘴気が爆発的に増殖する。
「呪剣闘法【終末の大蛇】!」
いきなり放つのは最大の大技。かつてこの要塞で起こった戦いで、押し寄せる帝国軍をまとめて薙ぎ払った奥義である。
爆発量の瘴気が大蛇となって皇帝一人に押し寄せる。巨大な口を開いて、炎の聖剣を携えたザーカリウスを飲み込もうとする。
「ほお……悪くないじゃねえか」
ザーカリウスは左手で顎を撫でつけながら、右手の剣を大きく振り上げる。逆巻く炎が天を衝くように大きく伸びて、上空を漂っている雲を貫通する。
「帝国式聖剣術【炎断】!」
巨大な炎の剣が振り下ろされる。圧倒的な熱量によって漆黒の大蛇が引き裂かれ、千々に破れて散っていく。
しかし、漆黒の大蛇が消滅した先にレイドールの姿はなかった。
「おおっ!?」
「ハアッ!」
ザーカリウスの側方から剣が突き出される。皇帝は咄嗟に頭を後方に傾けて、首を狙った刺突を避けた。
【終末の大蛇】が通用しないのは予測済みである。セイリアにすら破られたのだ。彼女よりも強いザーカリウスに通用するはずがない。あくまでも大蛇の一撃は懐に入り込むための囮だった。
「ハアアアアアアアアアアッ!」
ザーカリウスの間合いに入り込んだレイドールが繰り返し斬撃を見舞う。
皇帝の手にある聖剣はダーインスレイヴよりも二回りは大きいため、近接戦に持ち込んでしまえばレイドールが優位となる。
ザーカリウスは連続して放たれる斬撃を大剣で器用に受けていたが、やがてその手数に一歩二歩と後退する。
距離をとろうとするザーカリウスにレイドールはローキックを繰り出し、膝を横から蹴り飛ばす。
「むっ……!」
「そのまま斬れろ!」
ザーカリウスの身体がわずかに傾いたのを見て、レイドールは下段から逆袈裟に斬り上げる。
渾身の一撃が赤い鎧を斬り裂いたが、ザーカリウスが咄嗟に身を引いたために分厚い鎧を完全に砕くことはできず肉体までは届かなかった。
愛用の鎧に傷を付けられたザーカリウスは牙を剥くように唇を吊り上げて、噛みつくように吠える。
「ははっ! やるじゃねえか!」
「うおっ!?」
ザーカリウスが赤い聖剣を地面に叩きつけた。途端、地面が割れて火山が噴火するように炎が噴き出した。
レイドールが怯んで後方へ跳ぶ。瞬間、炎の中から飛び出してきたザーカリウスが大剣で斬りかかってきた。
「ぐうっ……!」
大剣の一撃をダーインスレイヴで受け止めるが、衝撃まで殺しきることはできず後方へと飛ばされてしまった。
レイドールは地面を転がりながらも、すぐさま体勢を整える。バッと起き上がってザーカリウスを見やると、皇帝はレイドールを追撃することなく悠然と立っていた。
追い打ちなどする必要もないとばかりの余裕の態度に、レイドールは表情を歪める。
「クソッ……流れを止められたか!」
レイドールが舌打ちをして唸る。
相手は格上の敵である。反撃の隙を与えることなく一気に勝負を決めてしまいたかったのだが、攻めきれずに仕切り直しに持ち込まれてしまった。
悔しそうに眼前の敵を睨みつけるレイドールに、ザーカリウスは愉快そうに笑いながらデュランダルを肩に乗せる。
「やるなあ。なかなか普通に楽しませてくれるじゃねえか。烈火のごとく苛烈で、雲水のごとく掴みがたい。冒険者どもが使う喧嘩剣術か」
「ああ、生憎と育ちが悪いものでな。咄嗟に脚が出ちまって申し訳ないな」
「ははっ、皇帝である予を蹴り飛ばしたのはお前が初めてだ。誇っていいぞ!」
カラカラと笑っていたザーカリウスであったが、「だが」とふと真顔になった。
「惜しむべくはお前が自分の聖剣を受け入れていないことか。お前が聖剣に宿る守護神と完全に同調しているのであれば、もっと予を楽しませてくれるのだろうが……」
「聖剣を受け入れていない……? どういう意味だよ」
聞き捨てならない言葉に、レイドールはすうっと目を細めた。
「言葉通りの意味だ。なあ、レイドール・ザイン。お前……実はダーインスレイヴのことが嫌いなんじゃないか?」
「…………」
皇帝の言葉に、レイドールはドキリと心臓が跳ねるのを感じた。まるで自分が知らない自分を突きつけられたような気分だった。
「聞けば、お前はダーインスレイヴに選ばれてしまったことがきっかけで兄貴に嫌われて、辺境に追いやられたんだろう? 家臣に見放され、婚約者からも捨てられた。自分ではそのことを乗り越えたつもりかもしれないが、頭の片隅でテメエの聖剣を憎んでいるんじゃないか?」
「……だったらどうした。知ったことを言いやがって」
「勿体ないって話だよ。もしもお前が聖剣を受け入れて同調することができたのなら、さっきの大技だって簡単に破られはしないだろうに」
顔をしかめるレイドールへと、ザーカリウスはやや同情した顔つきになった。
「大陸の歴史上で確認されている聖剣は十二本――その力は全て互角で優劣なんてありゃしない。熟達の経験の差があるとはいえ、デュランダルで一方的にそっちの技が破られるってことはねえんだよ」
「む……」
思い返してみれば、セイリアと戦った時にもダーインスレイヴの呪いがうまく通じることなく、苦戦を強いられてしまった。
てっきり聖剣同士の相性による優劣が原因かと考えていたのだが、ザーカリウスの言葉を信じるのであれば原因はレイドールにあるようだった。
聖剣を使いこなせていないと指摘され、奥歯を噛みしめるレイドール。対するザーカリウスもまた悩ましげに溜息をついている。
「実をいうと、セイリアもそうなんだよな。あいつは聖剣保持者としては優しすぎる。どこか武器であり兵器である聖剣に距離をとっていやがる。もう一皮剥ければ、アレも化けると思うんだがなあ……」
「そうかよ。それにしても……敵にアドバイスとは随分と余裕じゃないか。俺程度じゃ敵にも値しないってことか?」
「そう邪険にしてくれるな。これでもお前ら若造には期待してるんだ」
ザーカリウスはぶんっと強く剣を払う。再びデュランダルの刀身を炎が覆う。
会話の時間は終わり。戦いの再開の合図だろう。
「若者にもう一つだけ伝授してやろう。かつて『破滅の六魔女』と戦った古の聖剣保持者の戦い方。壁を越えた聖剣の力をな!」
「なっ……!」
「オオオオオオオオオッ!」
ぞくりと背を撫でる殺意の刃。レイドールは大きく後ろに跳んでザーカリウスから距離をとる。
ザーカリウスの身体から灼けつくような魔力が放たれた。それは指向性のない魔力の奔流であったが、ただそこに立っているだけで命の危機を感じるほどに鋭いものである。
レイドールは額に脂汗を流しつつ、ダーインスレイヴを構えて敵の攻撃に備える。
そうしているうちにもザーカリウスの魔力は高まっていく。デュランダルから煉獄のような炎が溢れ出して、皇帝の身体を飲み込んだ。
数秒の時を経て、業火の中からザーカリウスが現れる。
レイドールの目の前に再び出現した皇帝は、目を疑うほどに変貌していた。
「聖鎧【煉獄の義者】」
「ぐっ……!?」
「驚いてくれたようでなによりだ。これが壁を越えた聖剣保持者だ」
「おいおい、マジか……!」
レイドールは慄然に声を震わせてうめき声を漏らす。
目の前に立っているザーカリウスは肌を真っ赤に染めており、顔面には松明を模したような刺青が刻まれている。
服装もすっかり様変わりしていて、赤い鎧が青白い炎そのもに変貌して屈強な肉体を覆っているのだ。
その神々しい姿は戦いの神そのもの。少しでも気を抜いてしまえば、膝を折って首を垂れたくなるような圧倒的な威圧感を身に纏っていた。
【煉獄の義者】――正義と真実の神格。悪鬼羅刹、不浄なる者を撃ち滅ぼす天罰神の顕現であった。
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