56、また闇の中へと姿を消す
「……最強?」
男はハンカチを取り出して額を拭いた。
そしておじいさんの言葉に答える。
「はい。なんでも未来を見通せる能力を持つとか」
少し回答が予想していたものとは違ったらしい。
おじいさんは目を光らせて沈黙する。
そして、話の内容を理解できたのか、
「ほーう、未来視。それならバスで隕石を剣で割ったのも、わしの攻撃を見通せたのも納得のいく話」
と頷いた。
「……だがそれは本当なんだろうな? まだわしに話していないことがあるんじゃないか、若造。さっきまで俺はつけられてたんだぜ? ようやく追っ手がいなくなったのはこんな夜更け。あのバケモンには協力者でもいるのか?」
「一人だけいるはずです。そうでなくては彼も仕事を果たすのは困難だと我々は考えています」
男はそれが組織の考えだと告げる。
その回答におじいさんは気に食わないようだった。
「はっ、お前の組織はいつもアテにならねぇからな。信用できねぇ」
「それは認めます」
二人のグラスが乾いているので、男は二本指でまたトントン、とテーブルを叩く。
するとバーテンがその合図に合わせて、先ほどとは違うボトルを開けた。
透明な液体を二人のグラスを注ぎ込む。
バーテンが注ぎ終えたのを見て、男はおじいさんに話を切り出した。
「ではこちらの質問にも答えてもらいましょうか」
「なんだ? やる気か?」
「どう考えたら私達があなたとやりあうことになるんですか。違いますよ。研究についてですよ」
「そう話すこともねぇよ」
「……あなたは我々の庇護の下、実に十年もの歳月をかけて魔法陣の研究をしてくださってました。それを突然やめるとは研究は成功したのですか?」
男はここで初めておじいさんに向き合う。
身だしなみを整えた男とは違って、おじいさんはとても雑な格好をしていた。
所々穴の空いたくすんだ色のシャツ、季節外れのオレンジのニット帽、そしてそこから方々へと伸びる白髪混じりの髪。
浮浪者だと紹介されれば、簡単にだまされてしまう。
しかしこの男は知っていた。
彼が日本を代表する研究者だということを。
だから敬意を持って接している。
一方でおじいさんは、そんな正体を全然思わせないラフさで
「まだ半分だ」
と肩を落とす。
「半分、とは何か根拠があってのことですか?」
「……精神を完全に分離するところまでは成功した。そこまではいい。問題は人体実験を途中までしかできていない」
「途中までとは、人体実験を行ったんですね」
「依り代は俺自身だったがな。しかしうまく行かなかった。よって実験を途中で中断するために大量の魔力を暴発させた。俺が一時期魔力を使いすぎたのはそのせいだ」
「……」
男は黙った。
それはこの老人の話す内容を理解できたからなのだろうか。
このバーに来た時から表情が変わらないため、彼が何を考えているかは分からない。
男は時間をおいて話を切り出す。
「……なるほど、では人体実験は代わりの依り代が見つかれば済む話ですか?」
たった一言だが、男が話した内容に鋭く老人は反応した。
「おい、若造……まさか」
「はい、そうです。今回の依頼のついでにあなたの研究材料を捕まえれば良いだけのことです」
「兼ねてから俺は、お前らは頭がいかれてる人間だと思ってたが違ったんだな。お前らは人を人と思わねぇクズだ」
「それは認めます。……しかしそれはあなたも同じなのでは? 私たちがあなたに依頼している仕事も似たようなものです」
「……違う」
おじいさんは胸元に下がっているペンダントに触れた。
ボロ切れの上で揺れていた銀のそれは、今の老人の格好に似つかわしくなく、とても貴重なものに見えた。
「俺は、俺のせいで死んじまったダセェ奴を生き返らせたいだけだ」
「生き返らせたい、……ですか。興味ないですね。ということはまだ生け捕りのプランで行くのですか?」
「そのつもりだが、なんか問題があんのか?」
「いいえ。ただ二度も失敗したのにもかかわらず、手ぬるいなと思っただけのこと」
男はまだ口をつけていない透明な液体を口に運んだ。
先ほどと同じく一気に傾けると、
「……くは」
と息を漏らしながら飲み干した。
「ではここで失礼しましょう。依頼の進捗についても大体が予想できましたし、これ以上話していても私の時間が無駄です」
「あぁ、俺もできることならお前とは一生顔を合わせたくないんだがな。……進捗についてはまた追って連絡する」
男は立ち上がり、財布から札を数枚取り出すとそれをテーブルの上に置いた。
しかし老人はまだちびちびと酒を飲んでいる。
男は老人に一礼する。
「では、失礼します。有馬さん」
いつも読んでいただきありがとうございます。
申し訳ありませんが、私(作者)の都合のため来週の土日の更新はお休みします。




