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55、奴は暗闇の中で生きている

 街灯が道路を白く照らす。

 都会ではどこへ行っても街灯が灯っているため、夜であっても明るい。

 そのため夜が深まるとも関係なしに多くの若者は遊び歩き、サラリーマンたちは昼間の鬱憤を酒で慰めている。

人通りは昼間よりも少なくなるものの、街はとても賑わっていた。

 彼らが諦めて家に帰らなければ、この街に静かな夜が訪れることはない。


 しかし街灯が照らせない場所もこの都会には存在する。

 小さな駅を裏口から出てから沿線をまっすぐ進んで、人通りが少なくなった場所にそのバーは存在する。

 黒いレンガで作られた外壁は洒落て気が利いているが、窓がついているわけではないので中の様子を伺うことができず、普通の人なら入るのをためらってしまうだろう。

 看板にはBARと書いてあるだけで、必要以上の説明をしていなかった。

 店主はとてもぶっきらぼうな人物か、無口な人間であるのに違いない。


 そんな店の前に男はやって来た。

 スーツに身を包み、片手には薄いビジネスバッグが握られている。

 見た目だけで言えば彼はビジネスマンかと思われるが、ゆったりと行動する余裕はただのビジネスマンとは違う不気味さを感じる人もいるだろう。

 店は運悪く閉店しているのか、扉にはCloseの掛札が掛けられていた。

 しかし構わず男は店の扉を開く。

 深夜二時。

 入り口から見えるバーのカウンターでは、バーテンがグラスを白い布で拭いていた。

 バーテンは男が入って来たのに気づくと、手を止め接客に当たる。


「いらっしゃいませ。お一人様でございますか」


 男は何も言わずに頷くと、バーテンの前を通り過ぎて中へと入って行った。

 バーテンはその事に特に気にした様子はなく、また仕事に戻る。

 男は足音を立てないもののしっかりとした足取りでとあるみすぼらしいおじいさんの隣に座った。

 この店にはこの男と、バーテン、みすぼらしいおじいさんしかいない。

 男が二本指でテーブルをトントンと叩くと、バーテンは頭を下げてボトルを開け、ワインを二つのグラスに注ぎ、おじいさんとこの男の前に差し出す。

 しかし男はそれを手に取らず、隣にいるおじいさんに勧めた。

 おじいさんはグラスを無言で手に取ると、少し口に含んでため息をつく。


「……うまい」


 グラスを少し掲げる。

 それを見たバーテンは頭を下げて仕事に戻った。


 おじいさんは隣に座ってきた若い男を横目でちらりとみると口を開いた。


「お前も飲め。俺は酒を飲まねぇ奴とは仕事はしねぇ」


 グラスを傾けながらおじいさんは、みすぼらしい格好と反して香りを楽しみながら優雅に酒を嗜む。

 その飲み方は一体どこで身につけたものだろうか。

 男はというと、グラスに口をつけると一気に飲み干した。


「——くはぁ」


「ハハハ、いい飲みっぷりだな。嫌いじゃない」


 男は取り出したハンカチで口を拭う。


「こちらの仕事は順調です」


「なんだよ、少しは世間話をしようと思っていたら開口一番がそれかよ……」


 おじいさんは手に持つグラスを机に置いた。

 まだ全部飲んだわけではなく、中には赤黒い液体が揺れている。


「そっちの仕事は知らないけどな、こっちはお前の依頼のせいで進んでない」


「私の案件はそんなに手がかかるものだったでしょうか」


「若造、煽ってんのか? ……そうだ、手がかかりまくりだ。 俺はあんなバケモンが近くで見張ってるっていう情報は生憎聞いてねぇぜ」


 おじいさんは唾を飛ばしながら話すものの、口端に笑みを浮かべている。

 本気で怒っているわけではなく、冗談で怒鳴っているだけだった。

 対する男はそれに対して真面目に返答する。


「私が悪いのでしょうか? 私からすればあなたも十分バケモノなのですが、あなただけでは不足でしたか」


「真面目すぎなのも気持ち悪いな……お前は昼間のお前と違って気味が悪い。お前は化けの皮が厚いんだよ。ちなみに言っとくが、俺はバケモンじゃねぇからな」


「それは認めます」


「出た、お前の鳴き声。「それは認めます」。もっと素直に認めろガキ」


「……」


 おじいさんは男の喋り方を真似る。

 それを聞いていた男は面倒臭いと言ったようにメガネを掛け直した。

 おじいさんはそれを面白そうに笑った。

 これではどっちがガキなのか、分からない。


「話が逸れてすまない、ここにお前を呼んだのはこんなことを話したいからじゃない。安心しろ」


 彼はさっきの優雅な飲み方と違って、グラスを雑に掴むと残して置いたワインを一気に飲み干す。

 そして、一言


「あのバケモンは何者なんだ?」


と呟いた。


「彼は最強の魔法使いです」


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