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48、それいけ!

「待ってください、ーー彼女は無実です。彼女がその落ちていたデバイスを拾って届けようとした所、私は見ていました」


 騒ぎの周りにできている人だかりの中に挙手をしながら、ぴょこん、と小さく跳ねる頭が見えた。

 あの声、あのハーフツイン。

 間違いない。

 あれは俺の大好きな推しメン、ーーりったんだ。


「よりにもよって………………、ふぅ」


 俺の頭は一瞬処理が落ちそうになったようで、頭の中には先ほどのりったんの言葉が幻聴のようにこだまして聞こえた。

 しかし頭を振って熱くなった頭脳を冷やす。

 落ち着け、俺。

 再三言うけど、この様な揉め事にはあまり関わりたくない。

 ここで首を突っ込んでしまうと石掛は今後も恨みを持ってこちらに絡んでくる可能性があるし、第一に今まで目立たない様に立ち回ってきたのが全て台無しになる。 

 ーーだから関わりたく無かった。

 しかし、りったんがもう関わってしまったなら話は別。

 彼女が被害を受けない様に、そして悲しい思いをさせない様に立ち回っていきたい。

 これも網島輪久の推し事だ。

 先ほどまで気弱そうな少女にかわいそうだと言って面倒臭がっていたのに、にりったんが絡んでくると態度を変えようとする自分が滑稽に感じる。


「お前、それ本当に言ってんだろうな? まさかこの女を庇って嘘ついてねぇよな??」


「うん」


 石掛がりったんに向かって怒鳴り始めた。

 若干挙手をしたりったんに驚いていながらも、彼の荒々しい喋り方は変わらない。


「お前、こいつが何してるのを見たんだよ?」


「デバイスが机の上に置いておったのを見つけて、先生に届けようか迷っていた感じだったよ」


「なら迷わずに早く届けろ、そんなところで届けようか迷うのはおかしいだろ??」


「きっと届けるためにデバイスに触るのに勇気が必要だったんだよ。見るからに貴重なデバイスに、もし触って誰かから何か言われたら怖いと思うでしょ?」


「…………」


 流石はりったん。

 ここまではちゃんと受け答えできているし、何なら石掛を圧倒している。

 しかしつり目の彼はここで引き下がらなかった。


「お前、さてはこの女と……グルだろ?」


 石掛は口の端をにっと釣り上げる。

 今度はりったんまでデバイスを盗んだ犯人にしようとする。

 なかなかしたたかな奴だ。


「ううん、私は違う。違います。グルじゃありません」


「いいや、グルだ。お前も宍戸さんの固有魔法欲しいんだろ?」


「欲しくないです」


「じゃないと宍戸さんのデバイスがこんな所に落ちているのがおかしいんだよ。宍戸さんのデバイスが盗まれない限り、こんなことは起こらねぇんだよ!」


 このやりとりはどちらかが折れない限りずっと続いてしまう。

 そしてそれは強引に自分の意見を通すか、より論理的な方に軍配が上がりやすい。

 あのタイプの生徒には論理なんて通じないだろうから、最終的にはりったんは強引な論法で押し切られてしまうかもしれない。

 そうなる前に俺は動きたい。


 どこかにちょうどいいものがないか俺は周囲を確認する。

 すると近くにあった手洗い場に紫色のタオルが掛けられているのを見つけた。

 そして近くにはゴミ箱。

 これは使えるかもしれない。


「テメェ、よく見たら噂の転校生か? 調子乗ってんじゃねえぞ、オラ。ちょっと向こうで話をつけることにしようぜ。ーー犀牙(さいげ)、こいつらを連れていくぞ」


 つり目に呼ばれたモヒカン男が現れた。

 いかにもガラが悪そうだが、学校側があんな身だしなみを許していることが疑問だ。


 例の気の弱そうな少女はりったんの陰に隠れながら震えている。


「ホーネット・スリー、アームド、あの紫色のタオルをホールド」


 俺は準備をする。


「スタンバイ、シミュレート!」


 背後から釜瀬がソフトクリームを持って来るのを確認すると、二歩下がって自分の位置を調整。

 斜方投射した時の着地点を計算。

 向こうでは犀牙と呼ばれた男子生徒がりったんの後ろにいる女子生徒の腕を掴んで引っ張って行こうとしていた。


「こっち……、来い」


「……!?」


 石掛もどさくさに紛れてりったんの手をつかもうとしていた。


「お前もだ、転校生。向こうでじっくり話を聞こうじゃねぇか」


 俺はこの状況に少しながら憤りを感じている。

 ファンからすると、推しメンと握手するっていうのがもっとも距離が接近する場所。

 そこでどうしても伝えたい好きな所を伝えたり、いつも味方だからと応援したりとアイドルに対して愛を伝える場でもある。

 握手っていうのには好きなアイドルとのドラマがあり癒しがあり、お互いに励ます場でもある。


 ーーだから。


 石掛が悪意を持ってりったんの手に触れようとしていることが許せなかった。


「蒼井くん、ーー何があっ」


「おっと!!」


「きゃあ!?」


 後ろからやって来た釜瀬にわざと優しくぶつかる。

 そして釜瀬が手に持つ二つのアイスが宙を舞った。

 俺はそれを手で瞬間的に目的の方向へと突き飛ばすと釜瀬の背に回って体勢を立て直させた。


「おっ、オタク! ーーあんたいきなりぶつかって来ないでよ!!」


「悪い! 悪気はなかった」


 いや大有りだ。

 そんなことを言っている間にドローンに命令を出す。


 先程までは石掛とりったんに誰もが注目していたが、この一瞬で、こちらの衝突に注目が集まった。

 よし、いい感じに注目を集めているな。

 おかげでドローンも無事命令を達成できたようだ。


「あっ! ーーアイスは!?」


 釜瀬が騒ぎ始めるが、彼女の手にはもちろんアイスは見当たらない。

 それもそのはず、俺が突き飛ばしたからここには既に無いのも当然だ。

 あたりを見回した彼女は、顔をあげてからもう一度周囲を見回すと、ある一点を見つめて顔が急激に青ざめていった。

 そして一言、


「ーー嘘!?」


と呟く。

 釜瀬の視線の先、ーーそこにはアイスを顔面で受け止めた石掛の姿があった。


「網島! あんたどうしてくれるのよ!?」


 手を振り回して慌てながら釜瀬が騒ぎ始めた。


「ごめん、こうなるとは思ってなかった……」


 いや、本当はやりたかったことはうまくできたんだけどね。

 満足満足、てへぺろ。

 石掛は最初自分に何が起こったのか把握していない様子だったが、頭を冷やしたおかげか状況を比較的早く飲み込むと、りったんでは無く、すぐに俺達に向かって肩を怒らせながら詰め寄って来た。


「オイ、テメェらどう落とし前つけてくれるんだよ!? ーーアァン??」


「ごめんなさい! ほら、早くオタクも謝って」


 チョコソフトまみれでも石掛がとても怖く見えたのか、釜瀬は率先して頭を下げる。

 どんなに自分に悪気がなくとも場を収めようとするのは偉いじゃないか。

 少しはこのキャピキャピ女子を見直すと共に、少しの罪悪感を感じた。

 俺も釜瀬を見習って石掛に頭を下げた。


「((す、すみません……))」


「ーーアァン?? 声ちいせえよ。聞こえねぇな!!」


「オタク! こんな時に何やってんの!! ここでしっかり謝らないと宍戸グループに殺されるわよ!!」


 釜瀬は俺より焦っている。

 確かに、宍戸グループは抱え込んだ暗殺者でもいて、目をつけたものは殺しに行くかもしれないな。

 しかし俺は相変わらずまた小さな声で謝った。


「((す、すみません……))」


 予想通り、この石掛は大きな声でまた怒鳴り散らす。

 俺が小さな声なのはこの騒ぎを大きくしたかったからだった。

 この食堂からの音はこの建物に結構響き渡っているようで、それならば教師達がいるはずの部屋にも音が抜けやすくなっているだろうと俺はふんでいる。

 そして実際にこうやって騒ぎが大きくなることで、背後からこの事態を鎮圧しようとする者が現れた。


「静かにしなさい!」


 うちの担任の寺田先生。

 彼は食堂に入ってくると、ここで最も目立つ、チョコソフトまみれの石掛に近寄った。


「お前、何を騒いでいるんだ?」


 石掛は教師に怖気付くこと無く、声を張り上げる。


「あの女にデバイスを盗まれて、こいつらに食いモンをぶつけられたんだ。文句を言うならこいつらに言え!」


 体育会系の男性教師はこちらを一瞥すると、本当か? と聞いて来た。


「すみません、手が滑ってアイスを落としてしまって彼にぶつけてしまったんです。ーーそれにしても、デバイスが盗まれたって本当ですか?」


 俺はソフトクリームのことに関しては素直に非を認めたが、窃盗の話で逆に先生に質問する。

 しかし寺田先生はそんなこと知る由もなく、また石掛に話を振った。


「網島はこう言っているが、デバイスが盗まれたって言うのは本当か?」


「本当だ! 教師が俺様を疑っているのか? 俺はちゃんと見たんだ、あのマジョリティの女がーー」


「マジョリティを差別する発言は慎みなさい」


 固有魔法使いがただの魔法使いを差別するのは良くないことだとしているのは一般的な意見だ。

 先生もこれに則って注意をするが、石掛は止まらない。


「ケッ。盗みを働いた奴に人権なんてあるかよ。あのマジョリティの女は宍戸さんのこのデバイスを奪ったんだ! 俺はそれを見た!」


 そういって彼は手にもつ、彼曰くデバイスと言うものを教師に突き出した。

 計画通り。


「あれ? それ、よく見るとデバイスじゃないぞ」


 俺はそう言って石掛の手を指差した。

 ここにいる、全ての者は石掛の持つ紫色の物に注目して目を細める。

 彼が持っていたのは、豪華な宝石が散りばめられたデバイスーーではなく、紫色のただのハンドタオルだった。


「嘘だろ!?」


 石掛の顔からサッと血の気が引く。

 彼は鼻に押し当ててから、手に持つそれを下に放り投げると、頭を抱えた。


「どうなっているんだ!? さっき確かに手に持ってたはず」


「で、実際には窃盗なんてあったのか?」


 再度、寺田先生は低い声色で彼に問う。


「あったんだ! あの女がデバイスを持っていたことが証拠だ!! お前らも見ただろ! なぁ!」


「なぁ、宍戸さんのデバイスって、紫色の手袋か?」


「お前、知っているのか? まさか、お前が盗んだわけじゃないだろうな!?」


「いや、俺は盗んでないが、さっきそこのモヒカン男が紫色のデバイスをゴミ箱に捨てていたから、いやぁデバイスを捨てるなんて珍しい奴もいるもんだなって驚いてたんだけど……」


 俺は目でその例のゴミ箱をちらっと見る。

 すると、寺田先生はそのゴミ箱を漁り始めた。


 中からは、見事にーーゴミまみれの紫色の手袋が出てきた。

 宍戸は教師の手からそれを奪い取ると鼻に押し当てて息を吸った。


「嘘ーーだろ!? ……本物だと!」



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