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47、サイレントな大多数

 クロエの入っていった建物の中に入るとそこは大きな下駄箱がずらりと並んでいるロビーがあった。

 靴入れの一つ一つはほとんど靴が入っており、外にいたのは俺くらいのものだったとわかる。

 とりあえず自分の靴を脱いで備え付けのスリッパに履き替えると、他の皆がいるであろう食堂を目指した。

 自分が事務所の仕事をこなしていた間に結構な時間が過ぎてしまっている。

 そろそろ生徒たちも昼食を食べ終える時間だろう。

 もともとリンクくん人形に食べ物を格納するスペースはないため、うまいこと昼食を欠席する必要があったのだけれどそのことについて特に考える必要はなさそうなのが丁度良い。


 近くの部屋から賑やかな声と食器のガチャガチャと擦れる音が聞こえる。

 そのおかげで館内案内図を見なくとも、食堂の位置をすぐに見つける事ができた。

 音のなる方へと向かう。

 偶然にも、食堂に入って一番最初に顔を合わせたのがお馴染みのイケメン君だった。


「おっ網島、またトイレか?」


 蒼井は入り口にあるデザートのコーナーでミニケーキを選んでいた。

 どうやら昼食はバイキング形式だったようで、色とりどりの料理がそれぞれ皿に乗って並んでいる。

 入り口側に生徒が多く立っているのは、ここに甘いものが陳列されているのでそれ目当てで来たからだろう。

 蒼井もその一人らしく、皿にはたくさんのチョコケーキが盛り付けられていた。


「トイレ……、まぁそんなところだな。最近腹の調子が悪くてな。ーーそれにしてもお前チョコ系の菓子を沢山盛り付けてるくせによくトイレの話題なんか出せたな」


「おいやめろよ、せっかく心配してやったのに最後の一言余分だぞ。そういう所を直せば、俺以外にも話し相手ができると思うのに」


「蒼井は俺と話すのをやめたほうがいいぞ。それを直せば、チョコソフトだってもっと美味しく食べれたはずだ」


 俺は背後にあるソフトクリームの機械を指差す。

 そこでは釜瀬がチョコソフトを作っていた。

 片手には綺麗に巻かれたソフトクリームが巻かれており、もう片方の手で新たにチョコのソフトクリームを一生懸命作っている。

 いつも蒼井にべったりとくっついている釜瀬のことだ。

 きっと二つ目は蒼井の分を、精一杯愛を込めて作っているに違いない。


「よく分かったな、俺がチョコソフトを釜瀬に頼んだっていうこと」


 蒼井は若干驚いているのかミニケーキを取るためのトングを握りしめている。


「釜瀬が二つ目のソフトクリームを作り始めたのを見てなんとなくそう思っただけだ。まさかあの体型のダイエットをしていそうなキャピキャピ女子が、ソフトクリームを二つも食べるわけないだろ。それに片方だけチョコソフトなのは、今お前がチョコばっかり皿に盛り付けていることからもわかるように、大のチョコ好きだから、チョコ好きなお前のために作っているのもすぐに分かる」


 蒼井は、ほぅ……と息を吐くとトングを元の位置に戻して俺と向き合った。


「やっぱ網島、底が見えないところが面白いな……。だからこそ俺はお前と付き合う価値がある」


「おい、それ…………。釜瀬が聞いたら泣くぞ。あと俺はかなり引いた。近寄るな」


 この学校生活が始まって既に1ヶ月が経ち、蒼井のことも少しは読めて来た気がしていたが、コイツ、もしかして彼女を一向に作る気配がないのは女子に興味が無いからだろうか……?

 彼は優しい性格だから相手がどんな人でも接してあげようとしているだけかと思っていたけど、いやまさかこのイケメン君に限って男子が好きなんてそんなこと、……ねぇ?

 蒼井の目線が熱く感じられたので俺は思わず目をそらしてしまう。

 しかしこの会話がこれ以降続くことは無かった。

 ーー事件が起こったのだ。


「おいお前! ーー今、宍戸さんのデバイスを盗んだだろ!!」


 声の方を見ると目のきつい男子生徒が、食堂の机が並べられた中央付近の席で、小柄で気の弱そうな女子生徒に対して怒鳴っていた。

 周囲の生徒達は何が起きた? と少し困惑した表情でことの成り行きを見守っている。

 そして女子生徒の手にはとても高そうな手袋が握られているが、その手は震えており、彼女の目はいろいろな場所へと彷徨っていた。


「盗んでなんか、ち、違いま……」


「返せ!」


 男子生徒はその女子生徒に肩を怒らせながら近づいていくと、ひったくるようにその手袋をひったくるようにして奪った。


「きゃっ!?」


「このマジョリティ風情が! あろうことか宍戸さんのデバイスを盗むなんて……」


 そう言って男子生徒は奪い取った手袋を、汚いものがついたかのように払った。

 そしてなぜか匂いを嗅ぐ。

 次には目の前の女子生徒を睨むと今度は訝しむように眉をひそめた。


「お前、まさか中の魔法陣を見たんじゃ無いだろうな?」


「み、見てないです……!」


「嘘つけ!」


 男子生徒は一方的に決めつけると、周囲を見回して呼びかけた。


「おい! 誰かこいつが宍戸さんのデバイスを盗んで中を見ていた所を見てたやつは挙手しろ!!」


 あたりはしんと静まりかえる。

 俺はこの男子生徒がよくもまぁこんなに騒ぐなぁと傍観を決めていた。

 怒鳴られている少女には悪いが、こんな問題には関わりたく無いというのが本音だ。


 ーー通常、どんな人であれ、魔法実行装置(デバイス)は手元から離してはいけないというのが魔法使いとして最初に習うことだ。

 魔法実行装置(デバイス)にはそれぞれ魔法陣が記憶されているが、その記憶された魔法陣が価値の高いものの場合、盗まれてしまうことが多い。


 例えば、価値の高い魔法として蒼井やクロエの持つ固有魔法(ユニーク・マジック)と呼ばれる魔法が挙げられる。

 固有魔法(ユニーク・マジック)は今まで名家で受け継がれてきたり、修行を積んだ者しか使えないとされる魔法で、とても希少度が高く、またその分強力な魔法である。

 だからこの国では、いや、世界では、固有魔法を持つ者は固有魔法使い(ユニーク)と呼ばれ、重宝される。

 その対極にあるのはただの魔法使い(マジョリティ)

 つまり固有魔法(ユニーク・マジック)を持っていない人のことだ。


 ただの魔法使い(マジョリティ)固有魔法(ユニーク・マジック)を欲するのは、固有魔法を持つか持たないかで社会的な待遇に差が出来てしまうことが原因にある。

 事実、固有魔法を扱えるだけで社会からは十分求められる人材ではあるのだが、待遇に差ができてしまったために、この社会で上に立つ者のほとんどが固有魔法使い(ユニーク)になってしまい、ただの魔法使い(マジョリティ)固有魔法使い(ユニーク)に支配されてしまう社会構造となってしまった。


 また、固有魔法を持つ者でも固有魔法を()()()()()()()()()()地位が上がっていく。

 こうした背景があるせいで、固有魔法はとても貴重なものとして扱われ、時として固有魔法が記録された魔法実行装置(デバイス)は盗まれてしまう事件が起こってしまう。

 今回の騒ぎも、そういった類の話だろう。


 俺は蒼井に、あの怒鳴っている男子の素性を聞いてみた。


「なぁ、あいつは何者なんだ? ーーもしかしてあのデバイスには相当な固有魔法(ユニーク・マジック)が入っているのか?」


「網島、あの有名人たちくらいは把握しておくべきだぞ。ーー彼らは宍戸(ししど)とつるんでよく問題を起こす固有魔法使いの一人だ。名前は確か、ーー石掛(いしがけ)くんだったかな?」


石掛(いしがけ)っていう苗字には心当たりがないけど、宍戸(ししど)ってもしかしてシシド・グループの宍戸か?」


「そうだ」


 シシド・グループは魔法ビジネスで成功した会社で主に日本市場に流通する魔法陣の専門店といったところだ。

 他にも魔法陣を売っている専門店は数多く存在するが、市場はシシド・グループがほぼ独占していると言っても過言でない。

 その息子のデバイスが、あの金色のレースのついた、大小の宝石が散りばめられた紫色の手袋なのだろうか。

 通常はデバイスよりも固有魔法の方が価値は高いのだが、あのデバイス自体にも相当な価値がありそうだ。


「あそこで騒いでいる理由は、宍戸のデバイスを盗んだのか、それとも盗んでいないのかでもめているっていうわけか」


 あのひ弱そうな女子生徒は見た所デバイスを盗むような人物には見えないけれども、人間は何を考えているか見た目だけで判断してはいけない。

 しかしあの女子生徒がデバイスをなぜか手にしていたという状況だけで、彼女が盗んだと決めつけることもできない。

 そもそもあんな豪華な見た目のデバイスをしっかりと管理していない宍戸っていうやつにも非がある。

 ……こういう面倒な問題には、再三言うけど首を突っ込みたくない。


 石掛はこの女子生徒の悪事の証拠が見つからなかったらしく、また激しく騒ぎ始めた。


「お前、とってもうまく盗んだみたいだなぁ! ならもういい、警察を呼ぶ」


「ーーそんな! 待って、本当に、わたし盗んでない……」


 少女は激しく動揺しており、絶句している。

 このままだと状況的にもこの少女が不利だ。

 警察のお縄にかかってしまうのも時間の問題かもしれない。


 俺の勘が言うにはおそらく彼女は無実だ。

 今まで彼女は数々見てきた悪人の雰囲気と全く違い、純粋さがある。

 しかしかわいそうだけれども証拠もないせいで俺も手を出すこともできない。


 ーーそれに。

 本音のところこの騒動に首をつっこむのは面倒だとも思ってしまう。

 だから誰も何も言おうとしないし、もし何かを証言できる人がいても挙手をしない。


 よって俺も何もすることができないのでこのまま傍観するつもりーーだった。


「待ってください、ーー彼女は無実です。彼女がその落ちていたデバイスを拾って届けようとした所、私見ていました」


 鈴の音のような綺麗な声が響き渡る。

 その瞬間、俺の部屋のアラームは鳴ることは無くとも、俺の頭には聞こえるはずのないアラームが鳴り響いた。


「ーーりったん!?」


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