46、ビジネスな関係
「実は、攻撃は通ることは通った。靄の中心に核みたいのがあってそれを断ち切ったらほとんど消えたんだ」
「……ほとんど? ということは少しは残ったの?」
「それが誠にお恥ずかしながら打ち漏らしました。……一体ほど」
「プロの引きこもりの名が“ただの”引きこもりになったわね」
「うぅ。でも残りのやつはドローンで追跡させているからそろそろ逃げ場所も割り出せると思う」
先ほどドローンの追跡情報を確認した所、あの靄はこの山の周辺を行ったり来たりしているようでドローンを巻こうとしているのが分かるが、こちらもドローンのバッテリーが切れそうになるとトレーラーに控えている次のドローンに交代させているので、よっぽど何かトラブルがなければ見逃すことはないはずだ。
クロエは腕を組んで俯いた。
彼女なりに俺に何か力になろうと考えてくれているのかもしれない。
目の前にいる少女は、義理はなくとも困っている人がいたら見捨てられない性格だと、ライブの時におばあさんに変装したジジィを助けようとしたのを見て思った。
「何か考えてくれているのか? せっかくの綺麗な顔にシワがよってるぞ」
「き、きれ……。失礼よ。……ちょっと黙ってて」
彼女はそう言って少しの間何やら考えていたようだが、答えが見つからないと言う意見に落ち着いたのか、諦めたように、う〜ん、と言って立ち上がる。
そういえば、今は合宿の予定だと昼休憩の時間のはずだ。
昼食の時間を削って俺を心配して来てくれたのだろうか?
彼女を見上げてみるものの、何を考えているのか分かるはずもなく、彼女が話し始めるまでは沈黙が続いた。
「……色々考えて見たけど情報が少なすぎて色々と判断ができないわね。その靄が何をしようとしていたのかも、話を聞く分には大園さんを狙ったものとは言い切れないし」
「クロエはこの靄の目的をどう思うんだ?」
「そうね。バスを狙ったということに着目して考えると、他国の者がこの国の将来を担う優秀な若者たちを消し去るために早めに叩こうとしたという見方もできるわ。この国には思ったよりもたくさんの固有魔法使いがいるし、日本が現在よりも強力な国になるのを防ぐために他国が画策した、とも取れる」
「面白いな。今まで俺はりったん中心に考えて来たから、国スケールの問題としては見たことはなかった」
「他にもそれはバスを足止めするために行ったとか、本当に襲うつもりはなかったけど、何者かが間違えて隕石をバスに落としちゃった……とか、考えようによっては色々あるわね」
隕石を間違えて落とすってないだろ、と少し笑いながら俺は組んでいた足を解いて立ち上がった。
「ま、とりあえず今後の情報次第っていうところだな。奴らの情報はこっちで調べておく。」
「えぇ、しっかりと教えてくれて嬉しかったわ。そういえば……さっき生徒たちの間で噂になってたわよ? あなたがバスを爆破しようとしたって」
「それも普通の思考をしていれば、隕石を間違えて落としちゃうようなレベルで無いって分かるはずだと思うんだけどな」
クロエは少し笑いながらそうね、と呟く。
「でもさっきのあなたは目立ちすぎよ。何よ、トイレに行きたいがために時速五十キロのバスの窓から飛び降りるって。どういう育ち方したらあんな事をするのかしら? 控えるのよ。……じゃあこんな所かしら。また後で」
俺は、あぁと言いながら目で会釈をする。
クロエは手を振りながら帰ろうとしたが、何か思い出したようにまた振り返ると
「念のために言っておくけど、わかった情報はちゃんと私にも伝えるのよ?」
と念押しをしてきた。
「お、おぅ……。それじゃあ今回も協力してくれるってことでいいのか? クロエ」
「はぁ、やっぱり何もわかってないじゃないの」
クロエは組んでいた腕を解くと俺の目の前まで距離を縮めた。
そして人差し指をちょこんと突き出すと、
「私も、仲間じゃないの。いいこと? 先月あなたが頼んできたんじゃない。自分一人で抱え込まずに仲間をもっと頼りなさい!」
と頬を膨らましながら、俺の額をトントンと小突いて来た。
彼女の方が背が低い分、彼女は上目遣いにこちらを見つめており、青い宝石のような目は透き通っているのがよく分かる。
また、いつもは白い彼女の頬が少し赤くなっているのに気づいた。
折角の美白肌が日焼けしてしまったのだろうか。
ちゃんと日焼け止めは塗った方がいいぞ。
しかしよくもまぁクロエがこんなに堂々とした頼れそうな人物だとは思っていなかった。
会話のペースを完全に彼女に持って行かれている。
俺は少し動揺したけれども、ひとまず状況を整理した。
「えぇっと、クロエさん。 実は俺はバイトしてくれないかと頼んだことはあっても仲間になってくれないかと頼んだことはなくてですね……」
「……へ?」
「ですからクロエさんはうちで働いているという扱いになっていてですね……」
彼女は少し理解するまでに時間がかかったのか、表情が戸惑ったままで一時停止した。
そして手を頭に当てると慌てたように
「え、そんな。ーーなら先月の給料払いなさいよ! あんなことやこんなことをさせたんだから給料は高く付くはずよ! あなたのような引きこもりに払えるのかしら??」
と言うものの、その声には先ほどまでの気迫は無い。
対して俺は冷静に言われたことに対して答えた。
「そうだ、言ってなかったんだった。事務所付で先月二百万円をバイト代としてクロエの口座に払っておいたぞ。あ、年収が百三万を超えてしまって学生の控除とか補助の対象外になってしまうけどこれからもうちでバイトとして働いてくれれば大丈……」
「二、二百万!? あなたと私はお金だけの関係ってこと!? そんなお金いらないわよ!」
「でもクロエの言う通り危険なこともしてもらったから相応の額だとは思うんだが……」
この事務所は結構繁盛している。
だからちゃんと社員の給料もそれ相応に払えるだけの収入があると言えるが、この事務所の収入源はそれだけでない。
俺は自分の未来視の魔法を使って、過去数十年分のデータから株や競馬などで儲けている。
クロエさん、うちはどんな不況であっても時間外労働を極力させないことをモットーとする、ホワイト企業ですから安心してください。
……結構法律上グレーなこともするけど。
しかし、それを聞いた彼女は喜ぶどころか
「リンクなんか、知らない!」
と怒鳴って後ずさりした。
先ほどは少し赤かった顔が今では青白くなっている。
あれ? 何か怒らせるような事を行ってしまっただろうか?
俺、お金ちゃんと払っておいたから安心してね、って伝えたかっただけなんだけど。
おかしいなあとあれやこれやと俺が考えているうちに、クロエはふん、と顔を背けると今度は踵を返して合宿場の方へと走って行ってしまった。
その時、俺はハッとしてある事を伝え忘れたことに気づく。
そして彼女の背中に向かって伝え忘れた大切な事を叫んだ。
「あっ、確定申告、忘れずにね!!」




