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45、自分が思っているほど他人は見ていないって思いたい

今回、一話が長くなってしまったので、今日投稿するものと明日投稿するものの二回に分けました。

 合宿場は山の中腹に位置しており、周囲は多くの木々に囲まれていた。

 その多くは杉であったので花粉症の人間は大変だろう。

 もっとも俺はリンクくん人形に意識が乗り移っているだけので花粉症とか関係がないけれども。

 バスを降りると早くも可愛らしいくしゃみが聞こえる。


「くしゅっ」


 振り返るとクロエが肘の内側で口を押さえていた。

 ヨーロッパ式のくしゃみの防ぎかたは手で覆わないらしい。

 彼女は日本に来てまだ日は浅いはずだが、早くも花粉症を患ってしまったのだろうか? 

 気の毒だ。

 隣ではりったんが、大丈夫? とティッシュを渡していた。

 ありがとう、とクロエはそれを受け取るとティッシュを鼻に被せるようにして当てた。。

 鼻をかみ終えると俺がそれを見ていたのに気づいたらしく、ムッとした顔で手であっちいけと追い払う。


「……俺?」


 自分の顔を指差してクロエに聞くと、涼しげな顔で手を猛獣の如く爪でひっかく仕草を見せてきた。

 おぉ、おっかない。

 俺は何も言わずに彼女に背を向けた。

 たまたまくしゃみを見ちゃうくらいしょうがないことだと思うけど、また虎にでもなって頭を噛みちぎられるようなものならタダじゃすまない。

 触らぬクロエに祟りなし。


 バスの運転手からトランクから自分の荷物を取り出してもらうと、外の広場へと向かう。

 目の前には宿泊する建物が立っており、地面は一応石で舗装されているものの、石と石の隙間から草が生え始めている。

 もうすぐ夏も近い。

 並んでいるプランターや花壇から施設の職員も草取りを頑張っているのを感じるが、それでも草の成長のスピードの方が早いみたいだ。


「それでは各クラス毎に並んでください」


 先生の声が拡声器を使って辺りに広がる。

 今から、研究合宿の注意事項と連絡を先生たちが行うらしく周りには他クラスの生徒たちも集まっていた。

 しかし自分のクラスのクラスメイトたちの顔もはっきりとは覚えていない俺である。

 当然彼らのことは全く知らない。

 周囲を見回すと自分のクラスにいる人たちとは違う顔が並んでいた。

 彼らは彼ら同士でコミュニティを築いているようで、グループになって楽しそうに喋っており高校生といった元気さを十分に感じられる。

 ふと、俺はそんな彼らのうちの一人と目が合う。

 短髪の髪をワックスかなんかで固めた男子。

 ポケットに手を突っ込みながら、彼は俺と目があったことに気づくと慌てて目を逸らした。

 彼だけでない。

 他にもチラチラとこっちを見てくるものがいたが、彼ら彼女らは決まってこっちを見た後に何やらヒソヒソと話しあったりしていた。


 こっちは向こうを知らないけれども、向こうはこっちを知っているかのように感じるのは、俺だけだろうか?

 自意識過剰ではないと直感が伝えてくる。

 先ほどのバスの事件で飛び出したのが目立ちすぎてしまったのかもしれない。

 今回はリンクくん人形のスペアが起動できずどうしようもなかったとはいえ、あの時はとっさにああするしかなかったと自分に言い聞かせる。


 目線がチラチラ気になるが、特にすることもないのでリンクくん人形を黙って座らせた。

 自室で俺はパソコンに向かってジジィが留守にしている分溜まっている仕事を消化し始める。


 今日は、浮気調査、ストーカーというオーソドックスな仕事しかないもののとにかく量が多い。

 効率よくテキパキと仕事をこなさなければすぐに日が暮れてしまう。

 途中、研究合宿の集会が始まったらしくスピーカーからは担当の先生が話し始めたのが聞こえたけれども作業をしながら聞き流す。


「……研究合宿の目的は、実際の魔法研究に触れて見るだけでなく、学友との親交を深めるということもあり…………」


 禿頭の先生が話していたが、特に大切なことは何もなさそうな当たり障りのない話だった。

 特に内容を頭に入れる事無くカタカタとキーボードを動かす。

 そして時折休憩。

 こうして時間は過ぎ去っていき、あぁなんか静かになったな、と感じたところ、ねぇ、と誰かに呼び止められた。

 画面を見るとクロエが体育座りのリンクくん人形のそばに立ってた。


「もう集会は終わったわよ。いつまでそこでじっとしているつもり?」


 言われて振り返ると周囲には人はおらず、この広場にいるのは俺とクロエだけだった。

 いつの間にかあの退屈な話は終わっていたようだ。


「ありがとう、集中しすぎた」


「ええ、少しは感謝してもらわないとね。引きこもりの姿が見えなくて戻ってきたんだから……」


「またこういうことがあったら、お願いしてもいい?」


「引きこもると図々しくなるのかしら? やりませんよ。……そんなことより、さっきは何があったの?」


 クロエは俺の隣に座ると遠くの木々を眺める。

 隣から見えた横顔は太陽の光を少し反射して明るく見えるものの、その表情は物憂げだった。

 きっとさっきのバスの騒動では俺が一枚噛んでいるということにすぐに気づいてはいたけれども、俺が一人になるまで何も聞かないように配慮してくれていたんだろう。

 付き合いは短いが、少しずつ彼女の優しさがわかるような気がしてきた。


「何よ?」


「……なんでもない。さっきはっていうのはバスのことか?」


「ええ、そうよ。もしかしてそれ以外にも何かあるのかしら?」


「いいや何もないぞ。でも何から話せばいいのか……」


 少し頭で整理して彼女に説明し始める。


「さっきは空から敵襲を受けた。敵の正体は不明……というのも見たことのない奴だったんだ」


「あなたみたいに透明になったり仮面をつけていたのかしら?」


「いいや、奴は黒い靄……、煙っぽい感じ」


「煙って、もしかしてあのバスの上から流れてきた?」


「そう、多分バスの中からはそう見えたと思う。それが襲撃者の正体だと言いたいけれども、実態がつかめないっていうのが厄介だよな」


「あなたも実態がつかめないような存在だから厄介者の同類だと思うのだけれど」


「…………うちの家に厄介になってるクロエがそれを言うか?」


「何言ってるのよ、厄介になってるのはあなたの方じゃない。今日の朝だってあなたが寝ているときに掃除したり、ジェイガンさんの代わりに朝食を作ってあげたじゃないの。恩を知りなさい。恩を」


 言われてみると確かに、朝から事務所が綺麗になった気がしていたけれど、クロエがやってくれたとは気づいていなかった。

 しかも朝ごはんの卵焼きは美味しかったとはっきり記憶している。

 卵を発色良くしっかりと焼いてありつつ、ふわふわな食感が保たれただし巻き卵は、一口噛み締めると口の中に主張しすぎない程度の塩味が広がっていた。

 まだ日本に来て日が浅いはずなのにもう日本料理の心を理解し始めている。

 クロエちゃん、もしかして家事もこなせるのか。

 ……有能。


「クロエさん、これからも、厄介になります」


 俺は彼女の方を向くと、頭をリンクくん人形に下げさせた。

 もちろん自室の俺も下げている。

 はいはい、と少し嫌そうに十センチほど彼女は離れた。

 何だろう、少しでもわざと離れられると傷ついたように感じる。


「……で、どうやってその靄とやらを倒したのかしら? 煙ってつかみどころ無いじゃない」


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