43、未確認飛行物体
小さな三つの黒い影は次第に大きくなっていく。
それはものすごい速度と素晴らしい命中精度を持っていた。
紛れもなくこの隕石は誰かの魔法によるものだと分かる。
一体誰がこのバスを狙っているのだろうか?
そんな疑問が頭にふとよぎったが、とりあえずは目の前の飛来してくる小隕石に集中した。
「スタンバイ、……シミュレート!」
頭の中に弾道が描かれた。
予測では一つはバスの中央を穿つ。
残り二つはバスに直撃する前に空中で爆発し、黒い煙を撒き散らしていた。
そして……突如現る黒い人影
シルエットがぼやけて見えるせいで、はっきりと体のラインが見えたわけではないが、手や足、頭だろうと思われる部位が見えた気がする。
おそらくあれは人だろう。
正体不明の人影は煙からぬらりと現れると腹あたりを地面に擦り付けながら、這うようにしてバスの中に乗り込んだ。
予測はそこで途切れる。
「……!?」
自分の予測で俺は見逃してはならないものを見てしまった。
迫るあの石の一つには敵がいる!?
予測に現れ出たあの黒い奴が攻撃を仕掛けているのだろうか?
いや、仲間がいる可能性も頭に入れておかなければいけない。
でも俺がするべきことは全ての小隕石を叩き割ること。
叩き割ってしまえばあの黒い人影も一緒に切れてくれるかもしれない。
あと五秒で隕石は衝突する。
俺はサイリウムの柄を両手で握ると、中段に構えた。
中にいるりったん達のために、失敗は許されない。
何より彼女はこの合宿を楽しみにしてたんだ。
いつもは仕事で忙しい分だけ、余分なことは考えずに楽しんでもらいたい。
頭にふと大好きな笑顔がよぎって手に力が加わってしまいそうになるが、息を吐くことで意識的に筋肉を弛緩した。
もっとも俺は自室でヘッドセットをつけてベッドに横たわっているだけなので、厳密にはバスの上リンクくん人形のアクチュエータが緩んだというのが正しいけれども。
そしてサイリウムを背後に回すことで、剣先を隠した。
バスはスピードを緩めていたが、揺れていたため気をぬくと転がり落ちてしまいそうになる。
落ちないように、しっかりと屋根に足をつけた。
残り三秒。
いつでも振り抜ける準備は整った。
あとは時が来るのを待つだけ。
目を閉じて集中力を極限まで高めていく。
黒い世界に包まれて、俺は時間を数え上げた。
……二秒、……一秒。
「ここだ!」
光る刃渡りが弧を描く。
俺の特物はもっとも早く着弾しようとしている隕石に狙いを定めると、吸い込まれるようにして閃いた。
サイリウムと隕石は、引き寄せられるようにして衝突する。
突如、周囲に突風と爆音が鳴り響いた。
……ズダァァァッァァン!!
「ッック!」
隕石の中は空洞になっており、カプセルのように二つに割れた。
中から黒い靄が染み出してきたが、おそらくこれが予測で見た黒い煙の正体だろう。
一つめは無事に処理できた。
しかし奥歯を噛み締めてサイリウムを振り抜いたものの、予想していたよりも簡単に隕石は真っ二つになってしまい、少し勢い余って前のめりになってしまった。
その分、余ったエネルギーを迫る二つ目、三つ目の隕石にぶつける。
「はぁぁぁぁ!」
手首を返して、剣先を突き上げるように斜めに振り上げた。
すっと刃渡りが持ち上がり、なでるように隕石を裂く。
隕石は綺麗に二つに割れ、バスの両脇に破片は別れて飛んで行った。
またものすごい轟音が響いたが、俺は構うことなく三つ目に狙いを定め始める。
今、割った小隕石二つには黒い靄が詰められていた。
ということは今見ている最後の一つにはおそらく、俺の予測で見たあの影が潜んでいるはず。
あの人影がどんなものかはわからないが、前置きもなしに襲って来るところを見るといいものではないだろう。
ならばこちらに被害が出る前に叩きたい。
脇を締めてサイリウムの柄を握り直した。
最後の標的と彼我の距離は近く、一秒にも満たないうちに接触するだろう。
俺は計算で割り出した軌道を元にサイリウムを最適な角度で袈裟斬りにしようと構えた。
集中して一気に決める、と思ったが、ふと先ほど切り出した小隕石の黒い靄がチラリと目に映ったのが気になった。
それはバスの屋根の上にしがみつくように張り付き、一点でとどまっていた。
小隕石の破片は全てどこかへ飛んで行ったのを確認したが、あの靄はバス屋根の上に二つも“転がって”おり、ガムのように粘着している。
あの靄、なんで霧のように消えていかないんだ?
「……まさか!?」
しかし迫り来る最後の隕石は俺に思考させるのを阻もうと着弾した。
負けじと、踏ん張って右上から振り下ろす。
「はあっ!」
小隕石はサイリウムに両断されると、またもやカプセルのように中身は空洞で外側は弾け飛んで行った。
轟音が周囲の林を揺らし、鳥は驚いて逃げていく。
切られた隕石の中から出てきたのは、あの予測して見えた“人影” ……ではなく、またもや黒い靄であった。
「チッ……!」
舌打ちをしながらバックステップでその靄から距離を取る。
しかし靄はそんな俺を逃すまじとついてきた。
この靄、意志を持っている!?
しかも光学迷彩で見えなくなっているはずの俺の姿を捉えて追いかけて来ている。
このまま下がり続けると攻守が交代して不利になると思い、サイリウムを八相の構えに持ち直し、足を踏ん張ってまた靄に向かって飛びかかった。
……カシャ。
右方からカメラの音のようなものが聞こえて来た。
フラッシュこそはないが、あの特徴的なシャッター音は確かにカメラの音だ。
しっかりと右を向けば確認できるが、そうしないのは単に未知との遭遇で俺に余裕がないだけである。
あの靄から目を離したら、その隙にやられてしまう気がした。
背中に一筋汗が伝った感覚がする。
それは部屋で寝ている俺自身が汗をかいている証拠。
気づかないうちに緊張しているのかもしれない。
「はぁっ!」
俺はそんな緊張を誤魔化すようにサイリウムを横薙ぎに振った。
靄に斬撃が通るかは疑問だが、とりあえずやってみる価値はある。
横薙ぎに振ったのは、もし攻撃が通らなかったらそのまま横に抜けて形勢を立て直したいからという思惑もある。
もしそれがダメだった場合、また立て形勢を直してから様々な手段を試せばいい。
ブオンとサイリウムは空を切ると、靄の中央を横に凪ごうとした。
すると、俺はまた見逃してはならないものを見てしまった。
靄は俺がサイリウムを当てようとしているのに対し、ちょうど中央あたりから何やら太い棒が生え、その先端を五つに分岐させた。
あれは……手だ。
人間の手のように関節があり、決められた方向にちゃんと可動している。
靄は手を生やして伸ばしていくと、サイリウムを掴もうとしてきた。
それだけでない。
背後に転がっていた靄も俺に近づいて来ているのが気配で感じた。
「スタンバイ、シミュレート」
また頭の中に未来が広がった。
サイリウムは黒い手に掴まれると、どんどん光が弱くなって行った。
どうやら光を吸い込んでいるらしく、手に光が集まっていくのがわかる。
また、背後に控えていた二つの靄も俺に向かって飛びかかり、今度は俺を吸収しようとして来た。
ここで未来視は途切れる。
「短いな……」
俺は自分の能力の不完全性に悪態をつきながら、黒い靄を今にも捉えようとしていたサイリウムを引いた。
俺の急な予定変更のせいで黒い靄は逆に戸惑ったのか、伸ばしていた手が空を切って一瞬止まる。
背後の靄も俺の動きを伺うようにじっとして動かない。
そんな悠長に構えているのはよっぽど余裕があるからなのだろうか。
でもその隙に煙なのか何なのかは実態がつかめない奴らを、とりあえず一まとめにして叩きたい。
それにはあの魔法が丁度いい。
あのゴリラの顔が頭をよぎる。
お前の魔法、使わせてもらうぞ。
またサイリウムを八相の構えに戻し、魔法陣を展開するために叫ぶ。
「スタンバイ、ーー空の彼方への憧憬!」




