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41、おじいさんはタイへ観光に、引きこもりは山へ合宿に


「……研究合宿?? なんだよ、それ?」


「こっちこそなんだよって言いたいよ。網島、お前あれだけ説明されてたのに聞いてなかったのか?」


 目の前のイケメンは前にも食べていたサンドウィッチを片手に机の上に腰掛けた。

 半分食べたサンドウィッチの残り全部を口に押し込むと、上着のポケットからスマホを取り出して画面を開き、俺の眼前に突きつけてきた。


「朝、寺田先生も言っていたけど、詳しくはこの学内向掲示板にも載ってるぞ。ほい」


 ーー四限が終わった昼放課。

 あたりの生徒達は授業から一時的に解放された事で、賑やかすぎるわけではないにしても、会話しながら昼食を食べたり、次の授業の課題をやり忘れてきた者は誰かから課題を借りて答えを写したりと、皆思い思いの時間を過ごしていた。

 俺は先ほどまで壊れたリンクくん人形の修理をしていたので、このクラスで何が行われていたかは聞いていなかったが、蒼井によると、朝のホームルームで先生が研究合宿なるものの説明をしていたらしい。

 右に目をやると、クロエは俺の視線に気づいたものの、特に反応する事なく購買で買ったお弁当を食べていた。


 俺は蒼井のスマホを受け取ると、それを操作して情報の概略をパッと見た。


「魔法教育に新しいあり方を……、魔法研究の最先端に触れる事で知見を広めよう?」


「おう、なんでも今年から魔法研究に学生にも慣れ親しんでもらおうと魔法省が新しく設定したプログラムらしいぞ」


「魔法省が?」


 スマホを一番下までスクロールすると、“企画:魔法省”と書かれていた。

 蒼井は俺の机から腰をあげると、俺の前の自分の席に座って鞄の中から取り出したスケジュール帳を開く。

 俺にも見える位置で開いているので、勝手に見てもいいと解釈して覗き込んだ。

 右上には大きく、五月、と印字されている。

 そして予定がびっしりと埋まっており、それを見た時にはなんてパリピだ、吐き気がしそうと思ったものの、忙しいことを顔に出さずにいつも生活している彼はやはりイケメンだ、なぜクラスの日陰で過ごしている俺に話しかけて来るのだろうと改めて思った。

 その中の一日を指差して蒼井は説明してくれた。


「元々、この日に新入生の仲を深めるための“オリエンテーション合宿”があっただろ? ーーそれが今年から魔法省の新たな魔法教育プログラムに基づく教育改編によって“教育合宿”っていうものに変わったらしいんだ。オリエンテーション合宿をする代わりに遺跡に足を運んで、魔法陣の発掘現場を見に行く合宿になるんだとよ」


「へぇ〜」


 適当な相槌を打ちながら蒼井のスマホで詳細を把握する。

 魔法省は、東明高校の学生に魔法研究の始まりとなった古代遺跡調査を体験させる事で魔法に対する理解の手助けにして欲しい、という思いが背景にあるらしい。

 感覚的には泊まり込みの工場見学といったところだろうか?

 ありがとう、と礼を言って蒼井にスマホを返した。


「なんでも班行動で遺跡の中を回るらしいぞ。それでさっき網島に、誰かと組んだか聞こうと思ったんだが……。聞くまでもなかったな」


「聞く前に察して話しかけて来るなよ。まさか、蒼井のグループに誘ってくれてるわけじゃないよな」


 その時、タイミングを見計らったように会話に加わってきたものがいた。


「蒼井くん、私たちの班もう定員いっぱいだからね。……オタクの枠なんてないんだからね」


 いつも俺と蒼井が話してる時にやって来る釜瀬がぬっと現れ、例のごとく俺をきつい眼差しで睨んできた。

 イケメン蒼井を陰キャオタクから守ろうと善意からやっているのだろう。

 そろそろ来る頃だと思っていたが、今日もタイミングバッチリです。


「釜瀬、さっきまで一人足りなかっただろ? もう見つかったのか??」


「うん、伊坂さんが私たちの班に入りたいって」


 どうやら釜瀬たちだけでなく、こういうイベントには準備が始まる前から水面下で皆忙しく動いているらしい。

 少しでも楽しく過ごすために。

 ボッチにならないように。

 釜瀬の場合は蒼井と過ごしたいがために。

 でもそしてちゃんと皆自分の居場所を自分で作っている訳だから偉いと思う。


「そうなのか……。スマン、網島」


「蒼井、別に俺は元々行けなそうだから気にすることないぞ。生憎、俺はその日体調を崩しそうだから多分その研究合宿に行くことはない」


「お前、もしかして寂しくて合宿から逃げる気か??」


「よかったじゃん、それなら私たち女子も夜安心して寝られる!」


「俺にも色々あるんだよ」


 いつもリンクくん人形を遠い場所に配置する際には充電用トレーラーでジジィにリンクくん人形を運んでもらっているが、現在あのにこやかな初老はタイ旅行を楽しんでいるはずで、ここにはいない。

 別に彼なしでもリンクくん人形を移送することはできるのだが、非常に面倒臭い。

 車を自動運転させ、ドローンのメンテナンスを一人で行い、事務所に毎日のように入って来る仕事をこなしながらりったんの警備をする……。

 想像しただけでキャパオーバーになりそうで慎重になってしまう。

 また、黒江親子とのゴタゴタのせいで現在正常に稼働できるリンクくん人形は一体しかおらず、使い回すことができない。

 それも不安要素の一つである。

 その一体はりったんに万が一があった時のために動かす必要があるし、そしてりったん本人はというと、仕事があるせいで研究合宿に参加することはないと思われるので、俺は合宿に行く必要はないと思われる。

 その間に、ジジィがいないせいでたまりつつある仕事を消化したい。

 蒼井は俺が落ち込んでいると勘違いしたのか、慰めてきた。


「まだグループが完全にできた訳じゃないから、落ち込むなよ。取り敢えず網島も積極的にアタックして行け」


「オタクに気を使う蒼井くん優しすぎ!」


「……」


 クラスを見回すと、皆俺たちの会話を聞いていたのか、こっちを見ていた。

 俺と目が合いそうになると、男子も、女子も皆目をそらした。

 ここ一ヶ月あまり会話をしないだけで、ここまで意識されるとは……逆に悪目立ちしてしまい、失敗したかもしれない。

 どうやら人間関係は予測しづらいようだ。


 俺のせいでクラスに少し気まずい空気が流れ始めたその頃、教室の扉が勢い良く開いた。

 扉から差し込んできた光が眩しい。

 若干息を切らしながら教室に入ってきたのは黒髪を二つでまとめた、透き通るような白い肌の美少女だった。

 いつもグッズを眺めているおかげで知っている顔ではあるけれども、作ったものでない自然な笑顔に不意を突かれてしまい、心臓が止まりそうだった。

 記念物にする価値がある。

 天然記念物に指定してあの笑顔を保護してください。


「皆さん、聞いて下さい! ……なんと、私も行けることになりました! 合宿に!!」


 嬉しそうに綺麗な声で喜んでいた。

 しかし、いきなりのことでクラスメイトとの空気感が噛み合っていない。

 りったんはみんなの驚いた顔をみると、自分が我を忘れ、はしゃいでいることに気づき少し小さくなってしまった。

 恥ずかしそうに視線を彷徨わせていたが、その時間も長くは続かなかった。


「私達と一緒に行こうよ!」


「お……、俺たちと行きませんか?」


 クラスメイトたちはりったんが自分たちのグループに入って来てくれるかもしれないというチャンスを逃さまいと、我先にと勧誘し始めた。

 結果、多くの生徒達がりったんを取り囲んだ。

 どうやら、りったんはいつの間にか隠すことのできない魅力でクラスメイトまでファンにしていたらしく、その人気さには目を見張るものがある。

 この人気は今後もますます伸びて行くことだろう。


 アイドルグループ“スターダスト”の先日のライブは大盛況に終わった。

 後にテロリスト達に襲撃されたという報道がなされたが、怪我人もおらず、満足して帰っていったファンが今回のライブの良い評判を拡散してくれたおかげで、テロ報道はそこまで大きいものとはならず、スタダの評判が落ちることはなかった。


 よってその襲撃のことについては誰も触れておらず、りったんもあまり気にしていないといった様子であった。

丸く収まって何より、である。




 席に着いたりったんは今回なんで嬉しいのか、色々と話してくれた。

 そのことによると、研究合宿の日にもともと雑誌の取材が入っており、合宿には行けないはずだったけれども、そのスケジュールが先方からの要望で繰り上がったり、繰り下がったりしているうちにうまい具合にいけるようになったそうだ。

 りったんは、まさか自分も合宿にいけるとは思っておらず、先ほどあったマネージャーからの吉報で思わず舞い上がってしまったらしい。


「私、一生学校行事に参加できないと思ってたから、と〜っても嬉しいの。皆さんはおやつに何を持って行くのでしょうか?」


「りっ……大園さん、おやつを持って行くのは遠足で、今回は合宿だからちょっと……違うかな?」


「オタク、どもりながら大園さんに脅迫と告白しないで。かわいそう。……大園さん、大丈夫?」


「大丈夫? う〜んと、なんのこと?? ……でもそうかぁ。じゃあおやつトークできないのかぁ……。それは寂しいから大丈夫じゃないかも」


 大したことじゃないのに、ちょっと口を尖らせながら話すあたり推せる。

 いちいち動作が可愛い。


「そういえば、大園さんはどのグループに入ったんですか?」


 イケメンがりったんに話しかけた。

 蒼井、お前のグループは先ほど埋まったばかりだからな。

 りったんを自分のグループに引き込むことはできないからな。

 ……と心の中で語りながら俺はりったんの言葉に耳を傾けた。


「みんな沢山勧誘してくれたんだけど、私……優柔不断で。結局決めることができずにすぐお返事ができなかったの」


 さっきはみんなりったんを自分のグループに入れるために必死になってしまい、収拾がつかなくなってしまっていた。

 逆にあんな時にどこか一つのグループに入っていたら、それはそれでちょっとしたいざこざが生じていただろうと人間関係に疎い俺ですら容易に想像がつく。

 よって、りったんがどのグループに入るかはくじ引きかなんかで決められることになるだろう。

 しかし、りったんも合宿に行くとなると、俺は先ほど自分が言っていたことを取り消して一緒に合宿に行くべき、ということになる。

 りったんをリンクくん人形で影ながら守りたいのだ。

 ということは俺もどこかのグループに入って一緒に合宿に参加するのが良い、ということになるがこちらもきっとくじ引きになるだろう。

 りったんが当たりくじなら、……俺はハズレくじとして。


「合宿って何するんだろう? みんなは知ってる?」


 皆も研究合宿についてあまり知っていなさそうで、蒼井も考えながらりったんの問いに答えた。


「そうですね……、今年からの特殊な合宿って聞いただけで俺も詳細を聞いていないですね」


「そっかぁ……」


 俺は、何かが引っかかった。

 今回の運営は魔法省。

 この高校を運営しているのは魔法省であるからそれはいいとして、なぜ今年から、それも急に研究合宿などというものをやり始めたのだろうか。

 魔法省は悪魔の研究の件で色々ときな臭い。

 結局あれから調査に何も進展はなく、穂満さんには調査はとりあえず保留にしてくれてもいいと言われたが、事件の黒幕をつかめない限りは俺も生活していて気持ち悪い。

 黒江氏にあの石版を使わせた人物、少なくともそれさえ分かればいいのだけれども。

 そんな状態で今回の魔法省が運営する、よく分からない合宿に、推しを参加させて良いものだろうか。


 俺は隣を見やる。

 りったんはメモ帳に、合宿であれやりたいな、とかこれやりたいなとか言いながら何やら予定を書き込んでいた。

 ……とっても楽しそうだ。

 そんな彼女には芸能活動で行けなかった今までの分まで、合宿は楽しんできて欲しい。

 いくら不安要素があるとはいえ、俺が今更色々仕込んで行くのを阻んでしまうのもかわいそうだ。


 こういう時に俺が見守っていかなければ。

 少しおこがましいとも思いつつ、俺は心の中で、そして学校から離れた自室の中で推しの笑顔を絶対に守ると決意したのだった。


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