40、可能性の一つ
冬も開け、もう四月も末だというのにコンクリの床が恐ろしく冷たい。
そして同様にコンクリでできた壁がより一層白く見えるのはLEDのせいなのか、それともこの部屋の壁が白すぎるせいなのか俺にはわからなかった。
それはこの部屋におりてくることはあまりなく、たまに用事があってくる時などはは往々にして忙しい時であるので、気にすることなんてなかったからだ。
ーー黒江氏が警察に捕まった翌日。
事務所の地下のガレージで俺はウンウン唸りながらスパナをひねって、ドライバーを回して、ドリルを唸らせていた。
「うーわ、こんなところも壊れてるし……、ここはもう取り替えないといけないし……、思ったよりあのゴリラのスピードについていくのに荷重がかかり過ぎていたんだな」
目の前のリンクくん人形に一抹の罪悪感を感じる。
そこに転がっているのはお腹を切り開かれた俺そっくりの人形。
電源を切っているせいで目の瞳孔が開き放題になっており、そこから邪悪な何かが出てきそうで不気味だった。
そんなロボットの内部を詳しく見てみると、ネジの緩みや、アクチュエータの座屈などが大量に見られ、これを修理するのは骨が折れそうである。
こんなボロボロになるまで無理な運動をさせてしまったのは俺の制御に問題があったと感じてしまう。
それでも、それでもあの古代人の力は予想以上に大きく、未知な部分も大きかった。
しょうがなかったといえばしょうがなかったかもしれない。
「なんだかなぁ……」
後頭部をところどころ黒い油がついた手袋で掻きながらため息をついた。
今回の事件については色々ともやもやするところが残る。
黒江氏と有馬氏の接点はほとんど無く、有馬氏の手がかりは未だに少ない。
本当に有馬整合なんて男がいたのかなどと存在を疑うレベルで、過去の監視カメラにもあまり写り込んで来ない。
彼は出席されたと言われている会議の資料などでも発言はあまりしていなかったし、住所などの個人情報は完全に秘匿されており、彼の足取りを追うのは予想以上に困難を極めた。
こんなにうまくいかないことなんて逆に珍しく、とりあえずお手上げだった。
また、コンサートを襲ったテログループはしっかり捕まえられたものの、黒江氏もがっちり捕まえられてしまい、聞き逃してしまったこともそこそこある。
今、彼は警察で取り調べを受けている最中で、そんな状況で色々と話を聞きに行くのも難しいと思われるのですぐに彼の口から事実関係を確かめることはできない。
なんならジジィも事務所に戻ったらす〜ぐに休暇手当だの労働基準法だのなんだの言いながらタイに旅行に直行してしまった。
な〜にが『坊ちゃんのおかげでいつも助かる』だよ。
法律を盾にするんじゃないよ、全く。
だけど、性転換だけはして来ないことを祈っている。
ジジィの無事を願い、手を合わせる。
「ジジィがいないと食事もおぼつかなくて、猫型ロボットの手も借りたいよ……」
またああでもない、こうでもないとため息をついてしまう。
すると背後で、ガッチャン!? と、何かが豪快に倒れる音がした。
「キャッ!?」
「……クロエ?」
見ると、もう一体のリンクくん人形が倒れ、クロエはその下敷きになっていた。
「この……変態! これが正体なのかしら!? おまわりさん、助けて!!」
「あの……クロエ」
クロエは手足をジタバタさせながら、悲鳴をあげる。
上に乗っかっているのは人形だと気づいていないらしく、俺が上に覆いかぶさっていると勘違いしているようだ。
「私に乱暴を働くなんて、お父様が知ったらあなたなんてすぐミンチになってしまうわ! ……正直私もこんな家に住むことになって恐ろしいわよ、なんでこういうときに保護者のジェイガン様はいなくなってしまうのかしら!?」
「ええと…………、クロエ……さん?」
「いつまで上に乗っかっているつもりかしら!? かくなる上は……、固有魔法ーー薔薇の獅子!」
そうひとりで呟くや否やクロエは青い光に包まれて、瞬く間に虎に変身した。
そして逆にリンクくん人形と上下の位置を交代したかと思うと、マウントをとってリンクくん人形の頭をガブッと噛みちぎった。
「あああああ!? やめて! お願いだから、やめてくれ!?」
「あームシャクシャする、この人形、ちょうどいいかみごたえじゃない!」
「わかってやってるの!? なおさらやめて!!」
こうしてリンクの修理の仕事は増えていったのだった。
******
「で、なにをしにきたんだ??」
俺は腕とあぐらを組みながら、正座しているクロエに向き合っていた。
しかし、クロエの方も腕を組んでいる。
俺と目があいそうになるとプイッと顔を背けた。
「ただ、状況が知りたかったのよ。……お父様にあの魔法陣を渡した犯人って掴めているのかしら?」
「犯人、か」
俺もそのことで先ほど悩んでいたのだった。
俺は手でピースサインを作る。
「そうだな、……二つしか確実に言えることは無いんだけど、まず一つ」
クロエは半目で俺の指を見つめる。
なにも言わないが、それが次を促しているのだろう。
俺は話を続ける。
「魔法省の内部に、犯人がいるかもしれない、ということ」
「魔法省の内部に??」
「うん。以前一緒に監視カメラの映像を見ただろ?」
「ええ」
俺は有馬整号の足取りを掴むため、魔法省からデータをうまいこと盗んでクロエと一緒に確認していた。
その時に見つけたある映像に、俺は違和感を感じた。
「クロエの父さんと有馬が一緒に部屋に入って行くシーンがあったよな……、あの映像はおかしい」
「……どこがおかしかったのかしら?? 私はなにも違和感なんて感じなかったわよ」
彼女はいつの間にか組んでいた腕をほどき、うつむいて何か記憶を手繰り寄せているようだった。
俺はいいか、と前置きする。
「あの映像が撮影されたのは先週、つまり四月中旬。なのに魔法省の部屋の絨毯の柄が椿だったんだ」
「それの……どこがおかしいのかしら?」
「魔法省の内装は季節によって変化する。例えば夏は百合、秋はコスモス、冬は椿といったように。……でも今の季節は春だから、絨毯の柄はスミレじゃないといけないんだ」
「…………」
「それが意味することは一つ。……あの映像はすり替えられた。俺が監視カメラの映像を入手する前に、それを見られてはいけないと思った第三者によってすり替えられたと考えられる」
とはいえ、そのすり替えも巧妙だった。
絨毯は画面の端っこに写っているだけで、見る人がよく見なければ見過ごしてしまう程度のものだった。
「また、犯人として一番有力だった君のお父さんは、映像のすり替えなんて巧妙な手口はできるはずもない。あのライブとかサイリウムも知らない古代人に乗っ取られていたんだ。パソコンなんて触れたら自然とパソコンを壊していただろう」
「じゃあ私のお父様ももしかすると、そのすり替えを行った人物に利用されたかもしれない、と言うことかしら」
「おそらく、大体、おおむね、その通りだと思う……」
俺も断言することはできない。
とてもデリケートな内容であるだけに、色々と考えなければならないことがある。
しかしクロエは落ち着かない、といった表情で顔をしかめる。
「男ならはっきりとものを言いなさいよね。……で、もう一つ犯人について言えることがあるんでしょ?」
「あぁ、それはもう一つの説があって。ーーそもそも有馬整号ってどんな人物なんだ?」
「それは六芒星の幹部で、おじいちゃんぽい風貌で……」
「でも実際にクロエが見て確かめたわけじゃない。そう考えると、有馬整号はそもそもいたのかどうか怪しくなる」
「そんなの水掛け論よ、そんなこと言ったらテレビに写っている芸能人だっているのかどうか定かじゃなくなるわよ」
「そうだな、まぁ、頭の中に可能性の一つとして考えていてくれ」
二人の間に悶々とした空気が流れたが、お互い、当分なにも言うことはなく、ともに思考を巡らせた。




