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39、責任はどこにあるのか

 サーカスのテント前に一台の黒い車が止まる。

 人が全くおらず、明るい外観ながらもひっそりとしたこの場所には不気味さが漂っていた。


 そんな場所で金髪碧眼の少女は車を降り、テントの入り口へと足を進める。

 足取りは重く、一歩一歩がぎこちない。

 それでも少女は、テントの中で待っているだろう人物に期待を寄せて恐る恐るではあるが前に進んでいた。


 ふと、入り口の幕の前で足が止まった。

 少女は目を瞑る。


(お父様は……、あのお父様は帰ってくるのかしら??)


 数日前に会ったばかりの生意気ではあるが計り知れない力を持ったあの少年は約束してくれた。

 無事にお父様を元どおりにする。

 安心してくれ、と。


(だけれども)


 少女はいつの間にか握りしめていた右手を胸に当て、お父様の見たことがなかった裏の顔を思い出す。

 今まで愛している、と優しく囁いてきてくれた口から罵声を吐き出し、ふんわりと温もりを与えてくれた右手は乱暴に振り下ろされた。


 その正体がお父様ではなかった、と頭では分かっているのに、たった一回の恐ろしい記憶が今までの素晴らしいお父様という像をぼやけさせている。

 治ったはずの左足の痣が痛む。


(私は……、もう一度お父様を愛せるかしら?)


 クロエは一歩を踏み出せないでいた。

 その時、テントの中から少年の声がした。


「クロエ、そこにいるんだろ?? ——早く入ってこいよ」


 恐る恐る目を開くといつの間にかジェイガンさんがテントの幕をまくっていてくれた。


「さぁ、お入りください。大丈夫ですよ」


 初老は顔のシワを優しく歪めると、開いた方の手でテントの中へとクロエを促した。


「ありがとう」


 会釈をしながら一歩を踏み出す。


 テントの中は荒れ果てていた。

 積まれた資材はほとんど崩れ、鉄筋やドラムも形が変形していた。


 そして中央では潰れた車が焦げ付いていた。

 オイルが焦げた匂いがうっすらと鼻をつく。

 先ほどまで燃えていたのだろうが、この荒れ果てた様は一体何が会ったのか、想像することができない。

 そしてその傍らには人が横たわっていた。

 リンクはその横たわっている人をあぐらを書きながら見守っていた。


「クロエ、クロエが来たのか…………」


 横たわった人はゴホゴホと咳き込みながら頭を動かそうとするが、何分ぎこちなく、ずっと仰向けのまま動くことはなかった。


「おっさん……」


 リンクが横たわった人の首の下に手を回し、上体を起き上がらせる。

 そしてゆっくりと向きを変えると、車にもたれ掛けさせた。

 横たわっていた人物とクロエは目があった。

 彼の顔には引きつった笑みが浮かんでいるものの、その表情はクロエの知っている温かいものだった。


「クロエ、すまなかった……、怖い思いをさせたな」


「お父様……!」


 クロエは駆け寄り、動けない父を抱きしめる。

 二つの瞳には涙が溜まっていた。


「よかった……、よかったぁ…………。ちゃんと元どおりになられたのですね!」


「あぁ、そうなんだ……とは言い切れないが……」


 黒江氏は痺れて動かない右腕に目を落とす。


「でも本当に悪かった…………亡くなった妻の分までクロエをこれからも見守って行きたい」


「そんな気張らなくていいのです。お父様にお母様のような器量がないことはわかっていますもの」


「ハハハ……、その通りだな」


 二人は顔を見合わせると、気まずくなったのか少し笑う。

 そんな彼らの姿を見て、リンクは立ち上がった。

 また新たな一歩を彼らは踏み出せる、そう思ったからだ。


「網島くん……、だったかな。君に助けてもらえてなんとお礼を言ったら良いものやら。本当に感謝してる。……そして、すまなかった」


 黒江氏はそんなリンクに気付くと、去りゆく彼に感謝を述べた。

 少年は振り返った。


「おっさんは記憶があるのか? ——あの古代人に支配されてた時の記憶が」


「しっかりと覚えている。妻を生き返らせたいとあの禁忌の魔法陣に触れてから、ずっと、覚えている」


 リンクは少しうつむき、何か考えた後、そうかと呟いた。


「おっさん、一つ確認したい。あんたが有馬整合を消し去ったりしたわけじゃないよな?」


 黒江氏は首をかしげると、なんのことだ? と問い返してきた。

 その表情に偽りはないようで顔にはてなマークが浮かんでいるようにも見えた。


「私は有馬とはここ()()()接触していない。彼に何かあったのか?」


「有馬氏は先週突然、行方不明になったらしい」


「有馬が行方不明? もしや……そのことは私が悪魔の魔法陣に手を出したことと何か関係あるというのか?」


「はっきりとは言えないけど、おそらく、無関係じゃないんだ。少なくとも俺は一つこの事件の鍵を握っている」


 クロエは何も言わずにリンクと、父親を交互に見やった。

 しかし両者はともに難しい表情を顔に浮かべており、彼女が会話に割り込む隙はここには無い。

 そんな静寂を破ったのは、黒江氏だった。


「有馬の失踪に心当たりはないが、……しかし魔法陣のことに関して言えば私に接触してきたものがいた」


 リンクは押し黙ったまま、黒江氏に続く内容を促した。


「あれは……確か目が離れた男だった。彼はしきりに汗を拭きながら私に、『この魔法陣を使えば死者を蘇らせる』と宣伝してきた。最初は私も相手にもしなかったが、妻を生き返らせたいと最終的にあの魔法陣に触れてしまったのは、私の弱いところが出たようだ」


「目の離れた男……、あのエセ警官か、なるほど」


 リンクは地面を見つめながら考え込む。

 しかし、それも少しのことで、何かを思い出したように顔を上げた。


「そうだ……誰かが通報したらしく、もうすぐここに警察が来る。色々と聞きたいことはまだあるけど、そして、あんたは利用されただけかもしれないけど、ひとまず責任はとってくれ」


「もちろん、私の落とし前は私がつけさせてもらうから心配は無用だ」


「お父様……が利用された? それに責任って……、ねぇリンク、どういうこと? お父様はどうなってしまうの??」


 クロエの表情が曇る。

 実際にはここにいるのに、会話では自分が置いてけぼりにされていることを感じたのだ。

 しかしそんな彼女の髪をがっしりとした手が優しく撫でる。

 顔を上げると、そこには黒江氏の温かい笑顔があった。


「今回、私は自分のことしか考えておらず多くの人に迷惑をかけてしまった。だからクロエ、私は野暮用を済ませないといけないのだよ。……網島くん、どうかクロエを頼む」


 黒江氏はリンクの方に顔を向けると、表情を引き締めた。

 しかし当の本人は照れ臭そうに、顔を背けて頭を掻いた。


「あんたがすぐムショから戻って来てクロエを見守れば良い話だろ? 生憎、プロの引きこもりは忙しいからな」


「ハハハ、確かにそんなことも言っていたな」


「おっさん、俺のことは警察にはオフレコな」


「任せていてくれたまえ。君が隠していてほしいであろうことは何も言わないと亡くなった妻に誓う」


「それなら心配ないな」


 リンクはまた、テントの出口へと足を向けると、振り返ることなくまっすぐ進み始める。

 コツコツコツコツ、と早いテンポの足音がコンクリの床から生まれて行く。

 何かから姿を隠すように、見せないように足音はすぐに遠ざかっていった。

 そんな彼を黒江親子はじっと見送った。


「ありがとう!」


 クロエはその背中に思わず思いを伝えた。

 リンクは照れ臭そうに頭をかくと、振り返ることなく手をゆっくりと振っただけだった。


 でもこれで終わりでない。

 プロの引きこもりは外に出ると、黒い車に乗り込んだ。


「坊ちゃん、次はどこへ」


「今回の事件の手がかりが少なすぎる。とりあえず、事務所で事件の洗い直しだな」


 ジジィとリンクを乗せた車は静かに排気ガスを吐き出すと、人気の少ないテントの前を発進しようとした。


「ちょっと待って!」


 しかし、テントの中から少女が車を引き止めた。

 彼女は黒い車がちゃんと気づいて止まったことを確認すると、小走りで駆け寄って、無理やりリンクのいる車の後部座席に乗り込む。

 

「クロエ、いきなりどうしたんだ??」


「はぁ、あなた、”どうした” じゃないでしょ!!」


 リンクはシミュレーションを使わずとも、こういう時、クロエが『呆れた』と言おうとしていることがここ数日で分かってきた。

 そして案の定、クロエは、呆れたとため息をつくと腕を組んでリンクに顔を近づけた。


「私もあなたの事務所の一員よ。そして……今この状況が何がどうなってるのかわからないけど」


 人差し指をリンクに突き出してニヤリと笑う。


「あなたはお父様に私を託されたんだから、ちゃんと責任を取りなさいよね、リンク」

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