37、二度も同じことは、”起こらない”
「そうだな、せっかくだから殺す前に教えてやろう。我が名はアンドラス、……と悪魔を名乗っているがそれは仮の姿! 我が名はマウンテン・ニシ・クロスリバー。数千年前に滅びた都市を治めていた」
「やっぱりお前は古代人で黒江龍蔵じゃないんだな」
「この体の持ち主の名は、確かにそんな名前だったな。しかしこの体は今! この私、クロスリバーが支配している!!」
俺のたてた仮説はあっていた。
黒江氏の体は乗っ取られ、この古代人を名乗る男性に支配されている。
先ほど車を潰した魔法も見慣れないものだったが、この意識を支配している魔法もいわゆる古代の技術だったのだ。
古代人はよっぽど文明が進んでいたらしい。
俺は自分の中で納得する。
「ご丁寧に挨拶ありがとう。そして、もう一つ質問があるんだが……」
しかし俺がクロスリバー……氏? にまた問いかけようとしたところで周囲の異変に気付く。
「空気が……吸い寄せられて行く!?」
「ハハハハハ!! 心地よい! 心地よい! 久しぶりに力が漲る!!」
見ると前方のゴリラに周囲の空気が集まって行き、獣は体に空気の渦をまとい始めた。
「おい、ちょっと待てって……もう一つ、質問もう一つあるから!!」
「ハハハ、フハハハハハァ!! では行くぞ! 若造!! 今度こそくたばれェッ!」
俺の都合なんていざ知らず、ゴリラは俺に頭から突っ込んできた。
それは以前見たマウンテンゴリラの3D映画を彷彿とさせた。
「おいおい、本物のゴリラって超迫力あるな!!」
俺は文句を言いながらとっさに上飛んで回避。
ズドドドドッ! ドドドド……。
ヘッドアタックは不発に終わり、俺の背後に積まれていた鉄パイプが吹き飛んだ。
そしてその中心では鉄パイプに囲まれながら、ゴリラが腰を落としている。
「えぇぃ、小賢しい……。いつまでもちょこまかと動きおって……」
場所を入れ替わるようにして、先ほどゴリラが立っていた位置に俺は着地した。
その怪物は獲物を睨んだ。
「若造、二度も私の攻撃から逃げるとは……貴様、相当やるようだな??」
「おいおい、りったんだけじゃなくて俺にも興味が出てきたのかよ??」
「うむ、ーー先ほどの動き、初見でかわしたのは数千年前や、今にも貴様が初めてだ。興味が出て当然だ」
「……それは光栄だな」
俺は砂埃を払うと、姿勢良く、ゴリラを見据えた。
「俺は網島輪久。——プロの引きこもりだ」
「リンク……、覚えておこう。引きこもりとやらよ……」
ゴリラも少しは礼節をわきまえているのか、目でお辞儀をした。
「では、参る!!」
そして一つ断りを入れると、手近にあった鉄パイプを両手に持って再度突進してきた。
俺は未来視の魔法を使う。
「スタンバイ、——シミュレート!」
今までのゴリラの動きや発言から得られた情報により、俺の視られる未来の時間も格段に伸びた。
「——フン!」
ゴリラは俺に距離を詰めると、片手のパイプで横になぎ払った。
俺はパイプの軌道を予測し、余裕をもってかわす。
「フンハぁ!」
続けざまにもう一方の手のパイプがまた脳天めがけて振り下ろされたが、くるりと左にかわして回避。
しかしこれでゴリラのパイプの応酬は止まることなく、二本のパイプはリンクくん人形を狙い続けた。
「ふんっ、フンッ、フンッ、フンッ、フンハ!!」
鼻息の数だけ、パイプは振り下ろされるものの、鮮やかに俺は避け続ける。
ゴリラは一層頭に血が上ったのか顔が赤くなってきた。
「貴様! ——避け、続け、られると! 思うなよ!!」
ゴリラに手に装着されていたガントレットが赤く発光し始める——あの色は熱運動の魔法。
俺は危険を素早く察知し、大きくバックステップで後ろに下がった。
「くらえぇぇぇ小僧!! 固有魔法、——空の彼方への憧憬!!」
目の前の空気がゆがんだ。
周囲に突風が巻き起こり、ものすごい勢いで空気が外へと吹き出て行ったのが小さなホコリの移動でわかった。
気づくと次には、両の手にパイプを握りしめたゴリラのいる方へと体は引き寄せられて行った。
「うぉっ!?」
「フハハハ、くたばれぃ!!」
このままでは逃げ切れずぶちのめされて終わりだ。
俺はとっさに腰の棒を引き抜くと、スイッチを押した。
棒の先端から、さらに光の棒が出てくる。
両手で持ち手を握りしめると、待ち構えるゴリラを迎え撃った。
「はーーぁっ!!」
二本のパイプと光の棒は交差し、火花を散らす。
そして押し勝ったのは、俺の得物であった。
「——なんだそれは! 貴様!!」
光の棒は鉄パイプを一瞬で溶かす。
そして断ち切った。
野生の勘なのか——いや、実際には人間なのだが——ゴリラはパイプが切断されることを瞬時に理解すると、パイプから手を離して、後ろへ飛び去った。
俺も少し下がって一度間合いを取ると、また相手に向き直る。
「貴様のその光の剣……、それはもしや伝説のエクスカリバーなのか?」
「エクスカリバー? そんなもの、実際にあるのか??」
目を細めながらゴリラは俺の武器を指差してきた。
「では……その武器は一体……!?」
「これはな」
俺は大切なことを言いますよと言わんばかりに溜めた。
「これは! オタクの武器!! サイリウムだ!!」
「さ、さいりうむ???」
古代人はサイリウムという言葉に心当たりがないらしく、目を白黒させていた。
「いーか、知らないようだから教えてやるけれども、サイリウムっていうのはライブ会場へ行った時に、暗い会場で一生懸命振ることで、『俺はここにいますよ! 応援してますよ!』って推しに伝えられる光の武器なんだ。もし、強いオタクになりたいんだったら、サイリウムは二本、いかなる時でも常備しておけよ!」
「……また、らいぶ? だの、さいりうむ? だの…………、説明が説明になっておらんわ!! いちいちいちいちやかましい! えぇい、これでも食らえぃ!!」
ゴリラはまた新しいパイプを手にすると、また懲りずに突進してきた。
「言っておくが、俺に二度も同じ手は通じないからな」
俺は吐き捨てるように言いながら、中段にサイリウムを構え、近づくゴリラの手元に——一閃。
目にも留まらぬ速さで、そして無駄を最小限に抑えた軌道でサイリウムを振り抜くと、ゴリラの握っていた二本の鉄パイプはすれ違いざまに切断された。
「————なっ!?」
ゴリラは急に軽くなった手元に驚きそして一瞬、膠着した。
しかし俺は動きを止めない。
流れるようにゴリラの背後に回り込むと、強烈な蹴りを一発、腰に入れた。
「グふッ!?」
肺の空気を吐き出しながら、ゴリラは飛んで行き、積まれていたダンボールに激突した。
ダンボールの山は崩れる。
あたりには一面埃が舞い、視界が非常に悪い。
目の前が見えないほどだ。
埃が視界を遮り、状況が掴みにくい中、俺はとっさにバックステップで後ろへと退避した。
直後、大きなテントの中には轟音が響き渡る。
「………ぅぅぅうおォォぉぉ!! くたばれぇぇぇ!」
ゴリラが叫びながら、土埃の中から飛び出してきた。
彼の狙いは——リンクのみ。
両腕の銀のガントレットがキラリと光る。
「固有魔法、——空の彼方への憧憬!!!」
後退する俺の足を、体を、ものすごい吸引力でゴリラの拳は吸い込む。
しかしまだまだゴリラの追撃は止まらない。
続けざまに二つ目の魔法を発動させた。
「——知識とは力なり!!!」
ゴリラの全身は赤く発光する。
それと共に周囲の温度が急上昇し、風が吹き荒れ始めた。
そして引き絞った拳と同時に、引き寄せられてくる獲物に全力の一撃を叩き、……こもうとした。




