36、オタク・ビッグバン
流石にやりすぎたかもしれない。
そう思ったのは後部座席のゴリラが暴れ始めたときだった。
「まだ着かんのか!? ——この自動車とやらはまことに馬より早いのか!!」
「はい……、馬の倍のスピードを出すことは可能です」
俺は運転しながらゴリラをなだめた。
ここはアリーナに向かっているトラック集団の————最後尾。
目的地から一番離れたところに位置している黒の高級車の後部座席では気性の荒い——ゴリラが怒っていた。
「もう止めろ……、私は走って行く!」
ゴリラはそう言って、無理やりドアを開けようとする。
「お待ちください……! もう少しで目的地へ着きます!!」
しかしゴリラは俺の制止を止めずに、ドアを腕力でぶち破った。
車のボディが悲鳴をあげ、鉄がひしゃげる音が聞こえてきた。
フロントミラーで確認すると……、予想通り片方の扉が消えていた。
「おっかねぇ……」
ゴリラは外に飛び出し、また声を荒げている。
「おい……、どういうことだ!! ————ここはアジトのサーカステントじゃないか!? 貴様、もしや移動していなかったのか!?」
まずい、——流石にバレた。
俺はサッと車の外に出れる準備をし始める。
「おのれえぇぇぇ!! 何も知恵を持たぬ若造のくせに先祖の私を騙しおったな!!! 許さぬ!」
ゴリラは黒いスーツ——といってもピチピチでウエットスーツっぽくなっている——のベルトにぶら下がっている銀色のガントレットを両の手にはめると、数語言葉を発する。
「魔法陣起動! ——知識とは力なり!!!」
ゴリラの全身が赤く発光した。
それと共に周囲の温度が急上昇し、風が吹き荒れ始める。
風の渦の中、ゴリラは地面を両足で強く踏みしめると、車に向かって跳躍。
そして目にも留まらぬ速さで移動すると、拳を運転席に叩き込んだ。
「死ねえぇえぇぇぇぇ!!!」
紙のように車の胴体は崩れると、ガソリンに火がついて車は爆発した。
周囲には赤い炎と共に轟音が撒き散らされる。
ゴリラはものすごいスピードで移動して爆発を回避し、煙の柱を眺める。
「車……、もしや爆発物も仕込んであるのか??」
そんなゴリラに、俺ーーことリンクくん人形は思わずツッコミを入れてしまった。
「そんなわけねえよ! お前、やっぱり古代人……なんだな」
ゴリラは自分が仕留めた、と思っていた獲物の声が天から聞こえてきて驚いている。
「こっちだよ」
俺は天井の柱をつかんでいた手を放すと、コンクリの床に着地した。
「貴様!? 生きておったのか!! ——どのようにして我が秘法から逃れた!?」
筋肉隆々のゴリラは興奮のあまり鼻息を荒げた。
俺は天井を指差す。
「上に飛んだだけだよ」
「飛んで回避できる程、私の拳は甘くない! ——貴様、何者だ!?」
俺は待ってましたと言わんばかりに顔に手をかけ、表面を破った。
それだけではない。
上に重ね着していた軍服を脱ぎ去り、トレンチコートの外套を羽織った骸骨に姿を変えた。
「貴様——まさか、貴様が……骸骨の仮面か!? あの十字の傷の男は、貴様がなりすましていたというのか!?」
俺は右腕で骸骨の仮面を取ると、ああ、と呟いた。
ここはアリーナに向かっているトラック集団の————最後尾。
目的地から一番離れたところに位置している——いや、テロリストのアジトから出発すらしていなかった車は爆発し——ゴリラが驚いていた。
これはどういうことかと言うと、俺はジジィにお得意の変装をリンク君人形にさせ、事前にテロリストのアジトに潜入したところから始まる。
リンクくん人形はテロ組織のサブリーダーになりすまして色々と工作をし、このグループのボスゴリラである黒江氏を高級車に乗せて車を運転していた。
もう少し厳密に言うならば、黒江氏を真っ黒い窓の後部座席に座らせると、アクセルを踏まず、車を動かさずにずっと黒江氏に車を動かしていると騙して後部座席へ座らせていたのだ。
ガラスに移りゆく外の風景の映像を流しておくだけで、黒江氏は騙されてくれたので正直ちょろかった。
当の本人はそのことに先ほどやっと気づいて襲いかかって来たが、もう遅い。
テロリストのライブ襲撃もさっき終わったところだし、黒江氏を足止めする理由もなくなった。
現在、俺は自室で頭にヘルメット型の特殊なヘッドセットをつけてベッドに寝転んでいる。
ヘッドセットのゴーグルにはリンクくん人形の見ている景色が映し出され、音や匂い、そして温度なども装置の作り出す電気信号を脳に直接送り込むことによって共有していた。
そして俺はこのヘッドセットを使って、離れた場所にいるリンクくん人形を、思い通りに動かしているのであった。
ーーまるで、自分の体の一部のように。
俺の意識は、今、リンクくん人形の中にある。
「——貴様、なぜ私の邪魔をする??」
黒江氏は素直に尋ねてきた。
「それはお前もわかってるんじゃないか? あの女の子に危害が加えられないように俺は行動してきただけだ」
「貴様もあの小娘の秘法を狙っておったか……」
「いや、俺は狙ってなんかない。だから……言っただろ? ただお前の悪事を防いでいるだけだけだって」
しかし俺の答えに納得がいかないのか、黒江氏はまた疑問をぶつけてきた。
「なぜだ? なぜそれほどの力を持ってして、あの小娘を利用しようとしない? やろうと思えば、この世界を手中に収めることも夢ではないはずだ」
「そんなの決まってるだろ? ——りったん、いやあの女の子は俺の推しメンだからだ!」
「お、おしめん?」
黒江氏は、その麺は美味しいのか? とでも言いそうな勢いで首をひねった。
「古代人には分からないか……」
俺はもったいぶりながら、いいか? と前置きする。
「推しメンって言うのはな、手を伸ばしても届かない場所にいる、尊い存在のことだ。どうだ? わかるだろ??」
「…………??」
あれ? 黒江氏の反応がないぞ??
——ただのゴリラのようだ。
黙ってしまった彼とは対照的に俺の舌は回り始める。
〜〜〜※注意※ ここからはオタク臭がプンプンします! 気をつけてください、読み飛ばしてOK!!〜〜〜
「……アイドルって誰もハマらないと思うだろ? 俺もそういう人間だった。歌を歌って可愛くダンスしてればお金が入ってきて、売れなくても、顔の良さで金持ちやイケメンと結婚してセカンドライフを優雅に送ればいい。そんな簡単な職業だからむしろ見下していた感は否めない。——マジであの時の俺は気が狂っていたとしか思えないんだがな。だけどある日、色々と世界の悪い部分や、自分の存在意義、はたまた社会でうまくやっていけなかった時、俺には助けてくれる人がいなかった。笑っちゃうよな? 親すらも頼ろうと思えない時ってあるんだぜ? 俺はどんなに頑張ってもそれを見ていてくれて、助けてくれる人がいないなんて絶望的に思っていた。そんな時に、絶望の淵から笑いかけて手を伸ばしてくれた子がいるんだ! それが推しメンだ!! 彼女は俺よりもいいところをいっぱい持っているのに俺より努力していた。そんな彼女の姿に俺は惚れたんだ。そして俺は決意した! 彼女の行き着く先を一緒に見たいと! もちろん、彼女の隣で一緒に将来を見たいなんて言っているわけじゃないぜ? おこがましい! でもせめて、後ろからでも彼女をもっと上へ、上へと押し上げてあげたい、応援してあげたいと思うんだ! そんな俺たちに今日も彼女は笑っていてくれる。一生懸命頑張って、俺たちを笑顔にしょうとしてくれる、それだけで……、あぁ、推しが尊くて辛い……」
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「やかましい! 何が推しメンだ!! もう良い!!」
俺が気持ちよく話していたというのに、目の前の黒江氏はなぜかブチ切れていた。
両手のガントレットを、ガチャン! ガチャン! とぶつけて威嚇している。
「そうか? まだ本編に入っていないんだが……」
あれ? ……おかしいな。
せっかく推しメンとは、という俺なりの哲学思想をこれから繰り広げてオタク界隈に引き込もうと思っていたのに。
でも興味がない人に語っても効果が無いことは知っている。
諦めよう。
しかし、俺も答えているだけでは面白く無い。
兼ねてから聞こうとしていたことを黒江氏に尋ねることにした。
「じゃあせめて俺の質問にも二つ答えてくれ。まず一つ目。ーーお前は何者だ??」
黒江氏は質問を返されて不服そうなものの、片手を胸に当て、立派に声を張り上げた。




