35、計算外
俺はテロリストの罪を重くし、かつ、りったんの安全を確保できるプランを考えた。
その結果出て来た答えが、ジジィにテロリスト達を注目させる、というものだった。
緊張したアリーナの中で、ジジィに敢えて目立つ行動をさせることで、りったんからテロリスト達の目をそらし、かつ、テロリスト達が抵抗するすべを持たないおばあちゃんに危害を加えようとする光景を観客に見せることで、テロリスト達の罪を重くしようと考えたのだった。
ジジィもそのことはちゃんと理解している。
そしてこの計画は、彼の迫真の演技も相まってうまいこと人々の注目を集めていた。
「すまなかったよぉ、ちゃんと戻るから見逃しておくれ……………………。後生だよぅ…………」
「黙れ! 貴様のようなババァは見せしめには丁度良い!!」
テロリストの男は引き金を引こうとする。
しかし、ジジィはそれを見つめるばかりで何もしない。
俺を信じてくれている。
——そして。
「…………固有魔法、氷柱の牢獄!」
蒼井が固有魔法を放つ。
ジジィを殺そうとしていた兵士は氷漬けになった。
こうしてジジィは蒼井に助けられたが、今度は蒼井に注目が集まった。
——しかしこれも計算通り。
以前、釜瀬がこのライブのペアチケットを手に入れたことを、俺はライブのチケット販売を管理しているサイトにハッキングしたときに知っていた。
そして彼女がペアチケットを買ったということは、何が何でも蒼井を連れてくるだろうと容易に推測できた。
その時に閃いたのだ。
何かがあった時は蒼井にも役立ってもらおう、いや、これから事を起こすのでユニーク持ちの蒼井には是非活躍してもらおう、と。
よってその近くの席を取るためにありとあらゆるツテを探って彼らの前の席を手に入れた。
そして、計算通りに蒼井は魔法を放ち、注目の的になってくれた。
「蒼井くん、……かっこいい」
釜瀬が蒼井に見惚れる。
……これも計算通り。
「おい、あの学生ユニーク持ちだぞ! 魔法が使える奴はさっさとあいつを無力化しろ!」
蒼井の脅威に気づいたここでのリーダーをしていた兵士が、仲間に指示を飛ばすと、即座に仲間達は魔法を起動した。
「「「「「はっ! ——スタンバイ!!」」」」」
十人ほどの兵士は魔法を使うべく手を前に差し出す。
——これも計算通り。
そしてクロエがりったんから目を離して蒼井に加勢した。
「——スタンバイ!」
クロエが発動したのは、攻撃性の高いが構造式は単純な投擲魔法。
——これも計算通り。
こうしてクロエと蒼井の強力な魔法により、魔法を使える兵士達は圧倒され、全て無力化される……はずだった。
不意にリンクくん人形の背後の風が大きく揺れ、魔法が紡がれる。
そして同時に自室ではアラームがブーー、ブーー、と鳴り始めた。
モニターを見ると大きな魔法陣がりったんの背中を覆うように現れていた。
これは——計算外。
(まずい!! ——りったんが魔法を使った!?)
あの魔法はとても複雑な風魔法であり、その魔法を使えばひとっ飛びに思い思いの場所に移動することができる。
そしてそれは紛れもなく、俺が守ろうとしているりったんが自分の意思でやろうとしていることだと俺はすぐに理解していた。
あの魔法陣が完成した瞬間、りったんは俺の守りが届かないところに行ってしまうかもしれない。
りったんの目的は何か、取りうる行動を再度未来予測をする。
(スタンバイ! ——シミュレート!!)
俺の頭の中には数秒後までの未来が広がり始めた。
((りったんはクロエの魔法に巻き添えになるかもしれない女の子を守ろうと、その少女のところまで魔法で移動し、自分の身を盾に守ろうとする))
「くそ!! なんで俺はいつもりったんの未来だけ、いつも直前にしか完璧に予測することができないんだ!?」
自室の俺は叫ぶ。
今までずっと悩まされてきた課題に今回も目的を阻まれて、拳を机に叩きつけた。
俺の魔法は未来を予測することができる。
それも集めた情報の分だけ、より長い未来を見ることができる。
なのになぜか自分の一番守りたい人の未来がいつもはっきりと見えないのだ。
よりにもよって、りったんの情報は一番集めているはずなのに、なぜかギリギリになるまでりったんの未来だけは見えないのだ。
無理に遠い未来を見ようとすると、ぼんやりとした暗いもので視界を遮られてしまう。
色々と自分の魔法に欠点がないかたくさん研究し、理論を構築し、改良をしようとしたが、もうすでにこの改良に関しては万策尽きてしまった。
また、この魔法が完全なものになるのか魔法で予測をしたが、何十年、何百年も完成する未来を見ることはなかった。
つまり、このことに関してはどうしようもない。
一瞬血が上ってしまったが、フーッと息を吐き出して椅子に座り直す。
どうしようのないものはどうしようもない。
確かに、りったんの他者を思いやる気持ちの深さを完全に理解できていたら、魔法なんか使わずとも彼女のこの行動は予測できたかもしれない。
りったんの持つ、隠れた勇敢さに気づけていたら、魔法の起動を止められたかもしれない。
しかし、今それを後悔していても意味がない。
これから彼女についてより詳しくしればいいことなのだ。
モニターを見るとりったんがステージから魔法で危機にある少女を救うべく、魔法で空を駆けていた。
もうタイムリミットまであまり時間はない。
この緊急性を要する自体に、俺はすぐに行動へと移した。
「スタンバイ……」
自室の俺の声に合わせて、画面の中のリンクくん人形の全身に、無数の小さな魔法陣が浮かび上がり、そしてその円と円は線で繋がるように結ばれていった。
そしてリンクくん人形は地面に両手をつく。
ーー直後。
リンク君人形の手から、十二本の細く白い線が地面を這うようにうねりながら伸びて行った。
それらは各々意思を持ったかのようにこのアリーナで魔法を使おうとしているもの達へと向かうと、たどり着いた瞬間に絡みつく。
「……デリート!!」
線は俺の声と同時に強く、白く発光し、術者の魔力を吸い上げる。
こうして会場は白い光で満たされていく。
吸い上げられた魔力は白線をたどってリンク君人形へと向かうと、リンク君人形はそれを、離れた部屋にいる俺に転送した。
自室の俺の中にテロリストや蒼井達が起動しようとしていた魔法の分の魔力が流れ込んで来た。
頭が焼けるように熱くなり、脳が焼けるんじゃないかと錯覚する。
「ハァ……、ハァ……、ハァ…………」
頭を締め付けるような痛みとともに、喪失感を感じた。
いつこの魔法を使ってもこの虚無感には慣れるもんじゃない。
魔法削除——通称 “ デリート ” 。
これは実行された魔法を圧縮して俺の脳内に保存する魔法で、これを使用すると魔法を実質無かったことにすることができるものの、俺の脳に流れ込んで来た魔力が暴走して体を蝕んで行く、あまり使いたくない魔法だ。
寿命が削られて行く感覚がする。
使うときはこのような緊急なときにしか使わないと決めている。
しかし俺はまだここで頭痛なんかに負けてはいられない。
まだやることがある。
「ホーネットシリーズ、発射!」
テロリスト達をロックオンして待機させていたドローンにワイヤーを射出させる。
そうしてそのワイヤーが腰に絡みついた時、ジジィは俺が何も言わずとも息を合わせた連携で魔法を起動してくれていた。
「坊ちゃん行きますぞ……!! スタンバイ ——トリック!!」
兵士たちの服装が、ジジィの魔法によってミリタリー服から金と銀のレースがついたタイツに変化していく。
俺はその服装を趣味が悪い、俺はあんなの着たくないなと思いながら、容赦無く彼らにキーボードについている電流を流すスイッチを押した。
「ショック! ——タイミングα」
電流が兵士たちに流れ始める。
その電流の流す量はあらかじめプログラムされており、電気信号に合わせて彼らは痙攣してダンスをし始めた。
もちろん、顔は引きつった笑顔である。
アリーナにはシュールな面白い蝶が舞い、そしてそれが人々の不安をほぐして行った。
計画が元の軌道に戻ったことで俺は肩の力を抜いた。
「なんとか……うまくいったか」
大掛かりなテコ入れがあったものの、計画は実質的にはこれで終了した。
あとはドッキリでした、というスタッフが仕込んだように見せかけるCGを会場の画面に映し出すだけなので、ここで残っている仕事をこなすのはお茶の子さいさいである。
俺は右下のモニターを確認した。
見るとりったんは元気そうにまたステージへと駆け上がっている。
りったんは笑顔で客席に手を振りながら、走っていた。
「やっぱり推しの笑顔が一番眩しいや」
推しが笑っている。
そんな事実を確認できるだけで、先程までの緊張なんか忘れてとても晴れ晴れとした気持ちになれた。
「無事、成功してよかった。でも、まだ……次の仕事があるな」
俺はひとりでそう呟くと、彼はまたキーボードを忙しく操作させ始めた。
六枚の画面にはすでにアリーナの様子は映されておらず、違う場所が次々と映し出される。
——こうして俺は計算を誤ったものの、計算外の素晴らしいりったんの笑顔に、笑顔したのであった。




