34、計算内
「——おっとおっと、俺は少しトイレ行ってくる。クロエはここで待っててくれ」
「……はぁ? ちょっと、待ちなさいよ!」
ライブ開始直前。
俺は蒼井達の接近を確認すると、クロエと別れた。
——ここまで予定通り。
クロエからトイレに行くふりをして離れると、客席の間をリンクくん人形に歩かせる。
俺には目的があった。
今日テロリスト達が、ライブを台無しにしてまでりったんを力づくで誘拐しようとしていることを事前の下調べ知っている。
奴らは懲りずに何度も仕掛けてきた。
そしてそれもどんどんエスカレートしていっている。
ならばそろそろここで奴らを一気に叩かなければならない。
りったんをこれ以上危険にさらす訳にはいかないからだ。
嬉しいことに、方法はいろいろとある。
俺はその思いついた方法の中から、どのような手段を取るのが最適かを考えた。
「スタンバイ、——シミュレート!」
魔法を使って未来を予測する。
そして弾き出した答えというのが、テロリスト達をボスと分断して利用する、という方法だった。
——外で銃声音が聞こえた。
そしてジジィから連絡が入る。
「坊ちゃん、来ましたな」
「あぁ。ドローンに奴らを見張らせてる。そろそろそこにも押しかけてくるはずだ」
俺は左上の画面に映る——お婆ちゃんの女装をした——ジジィの姿を見ながら答える。
ピンクのエプロンをつけて白髪混じりの黒髪をお団子に束ねている。
それはおそらくカツラだろう。
そして口には真っ赤なルージュを引いて、若いのか老けているのかわからない格好をジジィはしていた。
「ジジィ、その……なんだ。随分と女装に乗り気じゃないか」
「そうですか、似合っているのですか。今日は朝四時に起きて仕込んだ甲斐がありました」
「四時!? 起きるの早すぎぃ!! そこまでしておばあちゃんになり切らなくてもいいじゃないか!」
「いえいえ、念には念を重ねなければなりませぬ。それにりったん様とクロエ様を見て、私も美に磨きをかけたいと……」
「ジジィ、この仕事が終わったらちゃんと元の姿で生活するんだぞ」
ジジィは齢六十にして新たな境地の悟りを開いてしまったかもしれない。
俺は心配になった。
「えぇ。もちろんでございます。……そういえば、この仕事が終わったら、一週間ほどお暇を頂こうかと」
「あぁ、いいけど……珍しいな。ジジィが休暇だなんて」
「えぇ、実は私、タイに興味が湧いて来まして……、是非旅行に行ってみたいなと思い……」
「あの……ジェイガンさん!? 帰って来たら性別変わってたなんてことやめてね!?」
「ホッホッホ、そういえば」
「そのタイミングで話変える!?」
急なジジィのタイ旅行の憧れを聞いて動揺を隠せない。
思わず、左上のモニターに顔をものすごく近づけて食い気味に突っ込んでしまった。
自室の俺がそんな状態になっているのも知らず、ジジィは神妙な面持ちになると一つ声のトーンを下げた。
「……会場にも既に三名ほど新たに敵が紛れ込んでいることがわかりました。外縁の客席に一人、二階席に一人、そして……クロエ様の近くの客席に一人。私はその者達を全て無力化した後、侵入して来たテロリスト達の武器と服装を、あらかじめ用意していた金の天使に魔法ですり替えます」
「あぁ、その後に俺がドローンで奴らを宙吊りにし、電気を流すことにより笑顔でダンスするように操る、といった手はずは変わらないからな」
「はい、心得ております。必ずや成功させて見せましょう」
ジジィは頷くと無線を切った。
今回のテロリスト達の襲撃は防ごうと思えば防ぐこともできる。
しかし今回あえて泳がせているのは、彼らを最もふさわしい罪状で捕まえるためだ。
もし俺が外で奴らをボコボコにして警察に突き出しても、警察はテロリスト達を武器の不法所持で捕まえることはあるかもしれないが、それ以上の罪で奴らが裁かれることは無いだろう。
それでは不足である。
俺はどうしても奴らを牢屋に数年は繋いでおきたい。
そのために奴らがドームに襲撃した、という事実を作り、奴らの罪を重くする必要がある。
「「バタン!!!!」」
アリーナの全ての扉が勢いよく開かれ、テロリスト達がなだれ込んで来た。
——ドドドドド。
リンクくん人形には光学迷彩を着させて、姿をくらませる。
また、いつ何があってもりったんに危険が及ばないようにリンクくん人形をりったんの近くに向かわせた。
「「動くな! この建物は我ら【カルタゴ】が占拠した——従わない者は直ちに撃つ!!」」
一番ステージに近い男が拡声器でなんか言っているが、俺は気にせずリンクくん人形をステージに上がらせる。
そこには不安そうに周囲の様子を伺っている五人のアイドル達がいた。
その中央に、りったんを見つける。
——ズダダダダダダダッッッッッ!!
威勢のいい銃声音が聞こえてくるが、その間に、見えないリンクくん人形をりったん “ 達 ” を守れる位置に配置。
その時、自室の左上のモニターにはジジィの顔が映し出された。
「客席のテロリスト達はあとクロエ様の近くに控えているものだけとなりました」
「了解」
女装したジジィの傍には意識を失った中年男性が倒れていた。
周囲の客は皆、通路にいるテロリストの方に顔を向けており、中年男性が気を失っていることに気づいていないようすである。
意識を失った男の両親指同士はワイヤーで堅く縛られており、手をしっかり封じてあるので魔法を使うことができないだろう。
ジジィはうまくやってくれたみたいだ。
ジジィは二階席の最前にいたが、次いで一階席のテロリストを無力化するべくさっと飛び降りる。
飛び降りた先でなんだ!? と驚いている男性がいたが、その男をジジィは素早く意識を刈り取ると、ワイヤーで縛った。
さすがジジィ、手際が良い。
一方で自室の俺は、その間にぼーっとジジィの仕事を眺めていたわけでない。
「ホーネット・ワンからフォーティシックスまで、ターゲットを捕捉。……ロック・オン!」
アリーナ内のテロリスト達すべてをドローンの射程圏内に移動させる。
もちろん、ジジィの無力化した敵兵もその照準は捉えている。
「ジジィ、こっちも準備が整った」
「了解致しました。では次の行動を開始します」
そう言うと、女装したジジィは勢いよく通路に飛び出してステージへと足を進めようとした。
——しかし。
「おいそこの婆さん……、何勝手なことしやがる!」
身をうまいこと隠して素早く移動していたジジィであったが、運悪くテロリストに見つかってしまった。
ジジィは銃口を突きつけられ、動けなくなってしまう。
「……ひぃっ!? 少々、お手洗いに行こうかと…………」
「ふざけるな!」
ジジィはとっさにおばあちゃんらしい迫真の演技をした。
彼はとても焦っているような演技をするものの、内心ではひどく冷静であるだろう。
なぜならちゃんと彼も分かっているはずだからだ。
これも俺の計算のうちだと。




