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32、優しさは時として残酷だ

 ーーテロリスト達がアリーナに突撃した頃。


 アリーナの中では多くの人達が急な爆発音に混乱していた。

 先程まで観客達のアイドル達へ発していた声援は、いつしか外から聞こえて来た物騒な爆発音に対する疑問に変わっていく。


「——おい!? 今のなんなんだ??」


「なんかが爆発したことない!?」


「私は銃声に聞こえたけど……」


 人々は周囲を見渡している。

 たった一回の謎の音が場を乱してしまった。

 自然と音楽も止まっていた。

 ステージ裏では慌ただしくスタッフが状況確認を行うべく走り回っている。


 しかし、彼らは状況を把握する前に動けなくなってしまう。


「「バタン!!!!」」


 ドームの扉の全てが無造作に開かれた。

 そして大勢の銃を抱え武装した兵士たちがなだれ込んで来た。


 恐ろしい武器を持った大量の兵士達を前にある者は息を飲み、ある者は恐怖に震え、ある者は固まってしまった。


「さすがに……嘘、だよな?」


「でもやけにリアリティがあるっていうか……」


 中央のステージに向かう兵士の足音と人々の声は混ざり合って混乱を形作ろうとしている。

 しかし兵士たちはこの状況に慣れているかのように、手際よく皆の思い思いの配置について銃を構えた。


「「動くな! この建物は我ら【カルタゴ】が占拠した——従わない者は直ちに撃つ!!」」


 最も早く中央のステージにたどり着こうとしている兵士が拡声器を使って、混乱に陥っている人々に、お前らの命は我々の手の内にある、と言う事実を突きつけた。


 しかしこの場にいる人々は動くことはなかったが、騒ぐのをやめはしなかった。

 突然の出来事に状況が飲み込めていなかったのだ。

 そんな人々にテロリストの一人は力づくで命令をしようとした。


「「黙れ!!」


 ——ズダダダダダダダッッッッッ!!


「きゃあっ!」


「うおおぉ!?」


 拡声器の兵士は、天井に向かって銃を連射した。

 しかし人々のあまりの多さに、銃の連射は返って逆効果となり、観客は黙るどころかアリーナ内のどよめきが大きくなった。

 あまりに人が多いためにテロリスト達も事態が収拾できなくなっていた。


 そんな中、どさくさに紛れて逃げようとした観客がいた。


「おいそこの婆さん……、何勝手なことしやがる!」


「……ひぃっ!? 少々、お手洗いに行こうかと…………」


「ふざけるな!」


 そのお婆さんの席は近くの扉から逃げようとしていたのだが、運悪く近くで様子を伺っていたテロリストに見つけられて銃口を突きつけられていた。


「すまなかったよぉ、ちゃんと戻るから見逃しておくれ……………………。後生だよぅ…………」


「黙れ! 貴様のようなババァは見せしめには丁度良い!!」


 テロリストの男は容赦なく、手を合わせて何か唱えているお婆さんに向かって引き金を引こうとしていた。

 カッとなった男の表情はそのマスクとヘルメットのせいで伺うことはできないが、とてもゆがんでいたに違いない。


 そしてその一連の流れは、クロエと蒼井、釜瀬の席の近くで起こっていた。

 クロエはまだ戻ってこない引きこもり人形の姿を探しながら、苛立ちを覚える。


(あの引きこもり……、何してるのかしら?? 早く何か手を打たないとあのお婆さん、怪我どころではすまないわよ…………。私に大園さんを助けろって言ってたけど……、もしかして他の人はどうでも良いということかしら!?)


 すでにライブの雰囲気は暗くなってきている。

 ステージの上で緊張している大園さんをクロエは見張っているが、彼女が連れ去られる前に他の人が怪我をしてしまうのも時間の問題だろう。


 そのとき、クロエの背後から——スタンバイ、という魔法を起動する声が聞こえた。


「…………固有魔法(ユニークマジック)氷柱の牢獄(アイシクル・ジェイル)!」


 突然、周囲の温度が急激に下がったと思ったら、クロエの耳元を氷柱がかすめていった。


 クロエの背後から射出された魔法は一直線にお婆さんに銃を突きつけている兵士にぶち当たる。

 すると兵士はたちまち氷漬けになり、身動きが取れなくなってしまった。

 表情までも動かない。


 クロエは振り返って見たのは、手袋をつけた右手首に左腕を添えながらまっすぐ手を突き出した蒼井であった。

 そして釜瀬は息を切らしている蒼井の隣でぼうっと赤くなっている。

 そして一言。


「蒼井くん、……かっこいい」


 こんな状況にも関わらず何を呑気にと思うが、そんな釜瀬の気持ちもわからないわけではない。


 というのも蒼井の使った魔法は固有魔法(ユニークマジック)と呼ばれるものであり、それを使える人間は修行を積んだものや、名家に生まれて継承されるしか習得することのできない、とても珍しい魔法である。


 その分、魔法の出力や精度も非常に術者の力量によるところがあり扱うのはとても難しい。

 これほど強力な魔法をやってのけた蒼井は相当なやり手だろう。


(蒼井くんがこれほどの魔法の使い手だったなんて……、日本ってこんな魔術師たちがうじゃうじゃいるのかしら?)


 しかし驚いていた人は何もクロエだけでない。

 周囲の観客、アイドルのメンバー達、そして……テロリスト達までもが蒼井の力量に注目していた。

 また、テロリストの中でも、先ほど拡声器で脅迫をしていたテロリストがそれを見て仲間に指示を出した。


「おい、あの学生ユニーク持ちだぞ! 魔法が使える奴は、さっさとあいつを無力化しろ!」


 それを聞いた周囲の十人の兵士が蒼井の方に向かって手を差し出す。


「「「「「はっ! ——スタンバイ!!」」」」」


 彼らは息を合わせたかのように魔法陣を展開した。

 テロリスト達がどんな魔法を放とうとしているのかはクロエにはわからなかった。


 また、蒼井はまた手を天に振り上げながら何か魔法を起動しようとしているが、敵が何分多すぎる。

 数の暴力に対して、流石の蒼井も捌き切れないだろう。


 そう判断したクロエは、大園莉子の護衛という任務を忘れて蒼井に加勢した。


(ちょっとオーソドックスすぎる魔法かもしれないけど……)


「——スタンバイ!」

 

 クロエは先ほど蒼井が射出した氷柱の欠けらに意識を向けた。

 氷の欠けらにはテロリスト達の手袋(デバイス)目がけて飛んでいくような魔法式を構築する。

 今回クロエは反射的に行動したため、兵士達よりも手早く魔法を起動していた。


 クロエは魔法で複数の氷柱を浮かせて魔法を放とうとしている兵士達に狙いを定める。


 そして氷柱を発射、……しようとした。


「「——やめて!!」」


 力強い声が、スピーカーを通してドームに反響する。


 突然の第三者の介入により、クロエの意識がそちらに向いた。


 いや。


 強大な意志が、強制的にクロエの意識を違う方向へとそらしたのだ。


「——大園さん!?」


 クロエは声の主の方へと顔を向ける。


 制止を呼びかけたのは、いつの間にかステージの上から降りてきていた莉子だった。

 彼女は十人のうちのある一人のテロリストとクロエを挟んで中心の場所に移動しており、大の字に両手両足を開いていた。


(なんでうっかり目を離した隙に……)


 よく見ると、彼女の背後には小さな女の子が顔を覗かせている。

 そこでクロエはハッと気づいた。

 このままクロエが魔法を放っていたら、軌道上にいるその子は、一つ計算を誤れば怪我をしていたかもしれない。

 そんなクロエの魔法の内容を察知した莉子は、身を呈して子供を守りに駆けつけたのだ。


(不覚だったわ……)


 クロエが手を下げて魔法を中断したのを確認した莉子は、次いで来る兵士達の魔法から子供を守るべく、小さな女の子を抱き抱えた。


 リンクがクロエに莉子を見張らせた意味、それは莉子に誰かから危害を加えられるのを防ぐ目的もあったが、本当の目的はそれではない。

 莉子が人を守るために無謀な行動をするのを、クロエに止めさせることにあったのだ。

 そうとも知らずにクロエは莉子から目を離しまったが、それは彼女の落ち度ではなく、説明を省きすぎてしまったリンクのせいかもしれない。


 テロリストの突き出した右手が青白く明滅する。

 そしてその明滅は時間と共に強くなり、今にも魔法が打ち出されようとする。


「大園さん、——危ない!!」


 クロエは叫んだ。

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