30、単色に染め上がるのは ”目立つ” ?
週末、ここには人が溢れかえっていた。
前にも人、後ろにも人。
この大きな建物の端まで人混みは続く。
しかし彼らは皆似たような格好であった。
上はTシャツでタオルを首から下げている。
下は各々が好みのズボンを身にまとい、中には上下のツナギを着ている者もいた。
そして最大の特徴は——その服は完全に五色に分かたれている事。
ここにいるもののファッションは、大抵、赤青黄桃緑のいずれかに分類することができたのだ。
よって、普通におしゃれをしてきたものは、派手に極彩色を身にまとう者より “ 目立って ” しまう。
「——もう、周りがこれなら初めから教えてくれたっていいのに」
クロエ・ベルナールドは口を尖らせながら、弱々しくつぶやく。
彼女はバイトの一環でここ、アイドルグループ “ スターダスト ” のライブ会場に来ていた。
「俺はちゃんと、それでいいのか? って聞いたぞ」
彼女の隣には人形が立っている。
それは周りの誰が見ても人形というより、れっきとした男子高校生に見えるのだが、クロエはそれが人形であると分かっているから、男子高校生というよりそれはもはや人間には見えなくなってしまった。
「こんなに浮くとは思わなかったのよ。そもそもライブなんて、一回も来たことなかったもの」
「……でもこのスターダストのライブは単なるライブとはちょっと異質なところもあるけど。その、なんだ……いいじゃないか。その服、ファッションに無知な俺でもおしゃれだって分かるぞ。上品だけど女の子らしさが出てる」
紺を基調に白、みずいろ、黒のそれぞれ幅が違う射線が大胆に入ったワンピースに、上は白のジャケットというとても珍しい洋装ではあるが、意外にも自然と調和が取れていて、クロエがそれを着ると彼女がモデルをやっていると言っても疑われることはないだろう。
しかし当の本人はファッションについて指摘されると、ホント!? と少し跳ねたものの、次には我に返って目をジト目にし、隣のすっかり青色に身を包んだ人形を睨んだ。
「……ただの引きこもりにファッションなんてわかるのかしら。まぁ、それでも素直にお世辞を受け取っておくわ」
「プロの引きこもりな。俺はてっきり——クロエは虎に変身できるから——ヒョウ柄の服でも着てくるかと思ったよ」
「ちょっと、それどういう意味よ??」
「——おっとおっと、俺は少しトイレ行ってくる。クロエはここで待っててくれ」
「……はぁ? ちょっと、待ちなさいよ!」
逃げるようにしてクロエから去ろうとしているリンクにむき出しの不満をぶつける。
彼はトイレに行くと言っていたが、クロエの隣にいるのは人形であるので用を足す必要はないことをクロエは知っていた。
なので自分から逃げようとしているのがバレバレで、それも不快であったため逃がさないように手を取ろうとしたが、彼の動きはとても俊敏で、クロエの手から身を交わすと人の波に飲まれ、瞬く間に何処かへ消えてしまった。
「まったく……、私を置いてまったくどこに行くのかしら?」
慣れない場所に一人残され、クロエは悪態をつく。
しかし、すぐに一人ではなくなった。
——彼女を引き止めるものがいたのだ。
「あれれ? クロエさんだよね?? ——スタダのファンだったの?」
クロエの後方、ちょうど彼女の後ろの席に若い男女のカップルがいた。
二人は手をつないでいるわけではないが、女子の方が男子に距離を詰めようとしているのが分かった。
その二人をクロエはどこかで見たような気がするも思い出すことができない。
そんなクロエの困った様子に気づいてか、男子の方が名乗りだしてくれた。
「クロエさん、——同じクラスの蒼井紅です。そしてこっちは」
「釜瀬瑠美! まぁ同じクラスと言っても日が浅いし、覚えていなくてもしょうがないよね」
「あぁ、クラスメイトの方だったのですね。これは失礼を働いてしまいましたわ」
言われてみると、三日前ほどにクロエの噂をしていた学校の同じクラスの人たちだと分かった。
もしかするとリンクは彼らと会うことを避けて逃げるように去って行ったのかもしれない。
正直、名前を把握していたわけではないので、今教えてくれた名前を忘れないようにとクロエは頭の中で彼らの名前を繰り返した。
(蒼井紅さんに釜瀬瑠美さん。よし、覚えた)
そしてそのことを悟られないように目の前の二人に話しかけた。
「蒼井さんと釜瀬さんは、よくライブに来られるのかしら??」
「いや、俺は実は初めてで。今日釜瀬さんに誘われて来たんです」
言われてみると、蒼井も釜瀬もこの会場の雰囲気とはあっていないカジュアルな格好をしていた。
「そうなの! 私のお父さんの会社つながりでぐ〜ぜんチケットを手に入れてね。大園さんもクラスメイトになったことだし、私が蒼井くんを行かないって誘ったの! それで今日は〜……」
釜瀬は今日デートして来たのだと嬉々として話す。
そしてより蒼井に身を寄せた。
しかし、彼女の言ってることは少し嘘が混じっているだろう。
チケットはとても入手困難になっており、躍起になって探さないと手に入らないとリンクが言っていたからだ。
蒼井と釜瀬の仲についてはあまり知らないクロエだったが、釜瀬が頑張って蒼井を誘ったのだろうと容易に想像することができた。
クロエはここに来る前にリンクと交わした会話を思い出した。
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「テロリストたちが大園さんをさらう? なんのために??」
六畳の一室にクロエの声が反響する。
声が響くのはこの部屋の防音性が高いからだ。
そしてパソコンをいじりながら、リンクは背後のベッドに座っているクロエに説明をした。
「それは大園さんがとても魅力的だからだよ。特にあの顔、いつ見てもお美しくて……」
「はぁ? 見くびらないで欲しいものだわ。あのテロ集団がどんな準備をして来たか私、知ってるもの。——いくら大園さんが魅力的だからって、そんな理由で彼女を手に入れるために銃や爆弾を使うほど、彼ら、それにお父様も馬鹿じゃないわ」
呆れた、というようにため息を吐く。
そんな彼女を説得するためか、リンクは椅子をくるりと回して振り返ると低い声のトーンで話し始めた。
「まあそれは置いといて……、テロリスト達は日曜日のコンサートで襲撃を仕掛けてくるはずだ。そこで君にはそのコンサートに出向いて、りったんを守って欲しいんだ」
「…………あくまで大園さんに何があるか教えてくれないのね」
クロエはリンクに助けられてからというもの、この事務所のリンクの隣の空き部屋に住み始めた。
それはここが最も安全な場所だと判断したからだ。
自分の家ではテロリストに襲撃され、警察に行っても追い返されてしまう。
この事務所はリンクという謎の引きこもりがおり、彼が襲ってくるかもしれないという危険性はあるものの、そんなことは起こらないだろうと不思議と安心していた。
よって自分も信頼してもらえていると勝手に思っていた。
「すまない、でも君にもりったんにも万が一が起こらないように俺も対策する。——頼む」
しかしリンクは大園さんについてクロエに教える気がないらしい。
クロエはそっぽを向く。
「……で? 今回の報酬はいくらかしら?」
「ありがとう。前回の分もまだ払っていないから、この事件が一通り終わったら一緒に払おうと思う。金額は……期待していてくれ」
「はいはい。あまり期待しないでおくわ。——で、私のやることは大園さんに危険が及びそうになったらそれを防げばいいのね」
「あぁ。この仕事、君くらいの実力ならきっと大丈夫なはずさ」
「買いかぶりすぎね。それと、——クロエちゃん」
「……うん?」
「だ〜か〜ら〜……。君、君、言ってるけど、君! じゃなくて…………」
クロエはリンクから目をそらしたまま部屋を出て行き、扉から顔を覗かせる。
「クロエちゃんで…………いい、わよ?」
リンクの方はというと、それを不思議なものを見るように口をポカンと開けている。
しかし、彼も言われた言葉を頭の中でしっかりと理解すると、
「じゃあ、クロエ……ちゃん?」
と素直に呟いた。
途端にクロエの耳が顔が、カァーっと赤く染まる。
「やっぱりクロエ! そう、クロエでいいわ!!」
そしてクロエはバッタン! と大きな音を立てて扉を閉め、彼女の部屋に戻って行った。
自室に一人残されたリンクは、突然のことに驚きながらも、自分の耳が赤くなっていたことまでには気づいていなかった。




