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29、楽屋の中も動き始める

「——大園さんは変更になった動線の確認をしておいて。山田さんは……」


 あと一時間もしないうちにライブが始まる。

 今私とメンバーはスタッフさんの話をメモを必死にとりながら聞いていた。

 ライブのセットリストが急に変更になり、ステージ上での立ち回りが大幅に変わったのだ。


 ここまで大幅な変更を直前にされたことはあまりない。

 今回は、ライブの直前すぎて動きを確認できていない分、ぶっつけ本番となってしまったことが気がかりである。

 心配しているのは私だけでない。

 周りのメンバーの顔も引き締まっており、それはプロ意識から出る緊張感だということがわかった。

 私も負けてはいられない。

 言われたことを絶対に忘れないように集中してスタッフさんの話を聞いた。


「——以上でミーティングを終了します」


「「はい!」」


 五人の声が重なる。


「こんな大舞台で急に変更になってごめんね。機材トラブルみたいで……」


 スタッフさんは眉を下げながら謝るが、その姿勢に不安はない。

 彼女は下積み時代から付き合ってくれた仲だ。

 今まで共に困難を共に乗り越えてきた時間の分以上に、こちらを全面的に信用してくれている。

 私たちもそれに応えるべく、最高のパフォーマンスをしなければならない。


 緊急のミーティングは終了し、各自また動きの確認をし始めた。

 私は少し喉を潤すために、スタッフさんが用意してくれたお茶を口に含む。

 その時、私は声をかけられた。


「り〜っちゃん。……少しいいかな?」


 同じメンバーの山田摩耶(ヤマダマヤ)ちゃん。

 彼女はメンバーの中でも年上組で私を妹のように可愛がってくれている。

 ショートヘアの彼女は衣装の紺と青のを基調にしたスカートをふわりと揺らすと、小さくオネガイ! と言いながら手を合わせていた。


「マヤちゃん、どうしたの」


「私お気に入りのグロス忘れちゃって……。りっちゃんも同じの使ってたよね? もしよかったら使わせて欲しいなって……」


 珍しい。

 いつもしっかり者のマヤちゃんが忘れ物をするなんて。

 でも大したものでもないから、よかった。


「もちろんいいよ。いつも私の方が貸してもらってたりするから気にしないでね。——ちょっと待っててね」


 そういうと、私は自分のカバンの中からいつも持ち歩いているメイクポーチを取り出す。

 その中にきっちりとしまわれているペン型の化粧道具を取り出し、マヤちゃんに渡した。


「はいどーぞ」


「ありがとう」


 彼女はグロスを受け取ると、それを大事そうに両手に包んだ。

 そして彼女は少しクスッと笑った。

 

「どうしたの?」


 私は彼女の様子が気になったので直接聞いた。


「いやぁ、相変わらずりっちゃんは勉強家なんだ〜って」


 マヤちゃんは私のカバンを指差すと、ニコリと微笑んだ。


「いつもりっちゃんのカバンがパンパンなのは知ってて、休憩の合間に頑張って勉強しているのも知ってたけど、まさかこんなに本が詰まってるなんて思わなかった」


 そう言われて私は近くに置いてあった他のメンバーのカバンを見ると、確かに私のだけ旅行に行くのではないかと思うぐらいカバンが()()()いたことが分かる。


「あははは……、全然気づかなかった」


 少し恥ずかしい。


「そんなもじもじすることないよ。私は頑張ってるりっちゃんの姿を見て、頑張ろうって思えるんだから。だけど勉強は得意じゃないから、頑張ってるのは筋トレだけど!」


 彼女は腕で力こぶを作った。

 ノースリーブの衣装から腕は綺麗に出ており、そこにぽこんと、女の子にしては大きめの丘ができた。

 また、姉貴肌のマヤちゃんの笑顔が爽やかで綺麗だった。


「なら私も勉強頑張らないと!」


 私は手近にあった教科書をカバンの中から取り出すと、勉強する演技をする。


「もぉ〜、そう言うところが可愛い! 私、いっぱいヨシヨシする!」


 マヤちゃんは私の頭をおばぁちゃんが孫にするように、優しく撫でた。


「りっちゃん、いいこいいこ……ってあれ? ——もしかしてりっちゃん彼氏できたの!?」


 彼女は何かに驚き、そして後ずさる。

 私は何のことかわからず、首を傾げた。


「どうしたの? 彼氏なんていないよ??」


 アイドルグループ “ スターダスト ” は別に恋愛禁止を公言しているグループではないが、今グループとして大切な時期にスキャンダルになるようなことをしている人はいなく、当然、私も心当たりがなかった。

 マヤちゃんは目で私の手にある教科書を指す。


「じゃあ網島(アミシマ) 輪久(ワク)って、女の子なの??」


「——あぁ、これね」


 手に持っていた教科書には、背面に小さく元持ち主の名前が律儀にペン書きされていた。

 これを見てマヤちゃんは色々誤解しているらしい。


「この教科書は——借り物、というか? いやもらった物なの。私、この前転校したって話したでしょ? でも教科書持っていなくって。これはお隣の席の網島輪久(アミシマ リンク)くんにいただいたの」


「ふ〜ん、てっきり、隣の席の男の子がりっちゃんのあまりのきゅーとさ♡にメロメロになって、思わずあげちゃったのかと思った」


「もうマヤちゃん! 茶化さないでよ」


 マヤちゃんは面白いおもちゃでも見つけたかのように笑っていた。


「冗談! 冗談! ——でもいつでも相談してね。私、りっちゃんにひどいことする人、全員打ちのめしてやるんだから」


「アイドルが物騒なことを言うもんじゃありません」


「何のための私の筋肉だと思ってるの?」


 マヤちゃんは今度は違うポージングをした。

 衣装の露出している素肌が、流麗な筋肉の線を描いて盛り上がる。


「——モデル業のための筋肉でしょ? ほら、そろそろ本番だよ。準備準備」


「は〜い。——グロスありがとうね。また返しに来る! あっそうだ! 新曲なんだけど、出る場所入り口だからね。間違えやすいから要注意!」


「うん、気をつける!」


 マヤちゃんは振り返ると大きな鏡がある机へと走って行った。

 私はふと、考える。

 網島くんと言えば、転校初日に感じたあの視線。

 それは今まで色々な時に感じた、いや普段のどんな場面でも感じた、謎の暖かい見守ってくれているような視線にとてもよく似ていた。

 そしてあの虎に襲われた時に助けてくれた、あの仮面男の視線ともよくにていた。


(——気のせいだろうか?)


 その視線はいつもライブの直前になるとふっと消え、ライブが終わるとふっと現れる。

 そもそも視線に敏感なんて、超能力のような第六感(シックスセンス)でしかないので、どこまで自分を信じたら良いかわからないものではある。

 でも私は最近妙に気になるのだ。

 あの視線を。


(今日もいないんだ……)


 見守ってくれるようなあの視線はライブが始まろうとしている今消えている。

 新曲に自信がある今日こそは見にきてくれるかな、と思ったがまた今日もないのはどこか心許ない。


「いや、ライブに集中集中!」


 今は確証も持てない自分のモヤモヤより、目の前のライブに集中しなければならない。

 私はその場で立ち上がると、軽く伸びをし、血液を全身に回す。

 スカートの白と黒のフリルが揺れる。

 ふ〜っと息を吐くと、頭の中は少しはスッキリした。


「よし、最後の確認をしなきゃ」


 私は今回のコンサートを楽しみにしてくれているファンの方々のことを思い浮かべるとダンスのステップの確認に入った。

 私はこの時、信じて疑わなかった。

 ——今日のライブの成功を。


そろそろ物語の第一部分が一つの終着点へと向かおうとしています。

よろしかったら、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。


また、来週は土日に加え、水曜日にも投稿する予定です!

よろしくお願いします。

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