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28、テントの中は動き始める

「クロエを逃しただとっ!?」


 薄暗い部屋で男は激昂していた。

 盛り上がった筋肉は硬質な鎧のようで、服は今にもはちきれそうである。

 この場にいる誰もが、男を ”鬼” と思った。

  ”鬼” は闇の中で眼光を光らせる。

 ーーその視線の先には跪く部下たちがいた。


 男は部下たちの顔を一つ一つ確認するが、全て同じ顔に見えてしまい名前を覚える気力が湧かなかった。

 男は立ち上がると、怒りながらも冷徹に考える。

 彼らは自分に怯え、その分付き従う有能な手駒だ。

 しかし、いくら有能であれ、結果は結果だ。

 失敗を許すことはできない、と。


「ま……、またあの奇妙な仮面が…………邪魔して来ました…………グァッ!?」


 失敗を報告して来たハナから、部下の横っ腹を蹴った。

 蹴って、蹴って、蹴りまくった。

 一蹴でその者の意識は飛びかけていたが、そんなことには気にせず、思いの丈を足に込めた。


「……現代! 人は! 仕事も! ロクに! 出来んのかぁっ!」


 しかしこれは無意味で非生産的な行為である。

 蹴っても蹴っても問題は無くならず、依然とそこにあった。

 私は目の前に転がって泡を吹き始めた部下を一瞥すると、その隣にいた者に声をかけた。


「おい、一度ならず二度も失敗するとは、どんなことかわかってるんだろうな??」


 ひぃっと言う声が聞こえた気がするが、一々気にしていたら埒が明かない。

 声をかけられたことで部下は震えていた。


「はっ……はい! もう次は無い……と…………」


 この者も思っていることであろう。

 ——何がきっかけでこんなことになったのか、と。


 この者たちを手に入れた経緯について私も思いを馳せる。


 ——以前、私はテレビとやらに映っていた小娘に特殊な能力があることに気づいた。

 それは生き返りの魔法。


 死とは、この世の最も基本的な原理にして誰も逃れられない不条理。

 それを跳ね返す人類は、新人十万年の歴史の中で誰として現れなかった。

 しかし、彼女には ”奇跡” が宿っているのがわかった。


 少女に備わりしは、魔力を込めることで、失われた人間を現世へと引きずり戻す事ができる魔法。

 つまり死んだものを、また生き返らせることのできる秘法である。

 これを奇跡と言わずしてなんと言おうか!!


 これさえあれば私は元の体を蘇生させることができる。

 さらには悲願であった最強の軍団を作り上げる事ができるのだ。

 死んでもなおまた蘇る、最強の軍団を……!


 よって私は小娘を手に入れるために、色々な計画を立てたのだが、ことごとく失敗した。

 その時理由は分からなかったが、人手が増えれば解決できるだろうと思い、このテロ集団を己の力でのっとった。


 目の前に転がっているのが、当時のボスと呼ばれていた男だ。

 貧弱であったので、なぜ当時ボスを務め上げられていたのか今でも不思議ではあるが、私の魔法の前には皆、無力であるのでしょうがないことかもしれない。


 しかし人手が増えても失敗した。

 なぜか作戦を実行してもいまいち噛み合わないのだ。


 阻止されるたびに、娘を手に入れようと作戦は過激になって行く。

 その中で、いつも計画が失敗している理由がわかりつつあった。

 ——謎の仮面が我々の計画を阻んでいることが分かったのだ。

 私は実際には見たことがないが、部下たちの報告には必ずその仮面が現れたという事実にぶち当たる。


「あの仮面は一体何者なんだ……!? ええい、我輩をなめやがって!!」


 クロエはもう二度も計画を失敗したので、殺す勢いで罰を与えるつもりだったが、それまでも仮面に阻止された。

 さらには色々と我々の情報を握っているクロエを連れ去ったらしい。

 クロエを捕まえるために送った部下は、警察に捕えられ今ここにいない。


 完全に我々は後手に回っている。

 その遅れを取すには、何か布石を打たなければならない。

 早急に。


「おい……お前ら、何か良い案はあるか?」


 目の前に跪く四十人ほどの部下全員に声を投げかけた。

 しかし、返事がない。


「何か良い案はあるかと聞いておるのだ!!」


 思わず怒鳴ってしまったが、彼らは震え上がるばかりで何も変化は無い。

 しかしどのように扱っても、彼らは従順な部下、いや、従順な奴隷なのだ。

 目の前に跪く者共全員には、足には等しく魔法陣が入れ墨されていた。 


 ——不受容の魔法。

 これはクロエにも刻んだ魔法陣であり、刻まれたものは誰も信じる事ができなくなるという効果を持つ。

 そんな魔法陣が刻まれた彼らを私が圧倒的な力で脅せば、彼らは従わざるを得なくなるはずだ。


 そんな従順な奴隷たちが何も意見してこないということは、本当に良い意見が何も無いということを意味する。

 確かに、今まで色々なプランは失敗して来たのだ。

 仮面を出し抜くようなアイデアはなかなか生まれてこないのもしょうがない。


「かくなる上は……、強襲か…………」


 こっそりと連れ去ろうとして失敗した。

 無理やり連れ去ろうとして失敗した。

 人目がないところで襲おうとしても失敗した。

 人目があるところで連れ去ろうとしても失敗した。


 他にも色々と試して見たが、それらは全て仮面に先手を取られ、対策されていた。

 ならば、今までやっていないことはいよいよ強襲しかない。


「おい」


「……はっ、はい!」


 先ほど返事をしていた男がまたもや返事をした。

 よく見ると、彼は肌がよく焼けているものの顔は眠そうで冴えないのでどこか少し頼りない。

 しかし頬には十字に刻まれた傷があり、それが存在感を放っていた。


 そんな特徴的な男のことが自分の記憶に無いのが気になるが、所詮どんな人間も同じ顔に見える以上、しょうがないことだと自分の中で結論づけた。

 ボスが今動けない中、彼がボスの代わりに代表を務めるらしい。


 彼はつまりこの集団の中で、私を除く順位は二位ということになる。

 ——見分けがつくものが代表するのなら、使いやすい。

 私はその者に、意見を投げかけた。


「次は目立ってでも確実な方法を取りたい。いつが最適であるか?」


「……お、おそらく日曜日のイベントが良いかと…………」


「……いべんと?」


 ただ同じことを問い返しただけなのに、目の前の男はすくみあがってしまう。

 しかし、それを置いておいて私には“イベント”というものが理解できていなかった。


「その……いべんと、とはなんだ」


「そ、それはあの綺麗な小娘が、大勢の観客の前で歌や踊りなどの催し物をするらしいのです…………」


「ほほう、この時代でも左様なことを見て楽しむ風習があるのか…………。大胆にもその時を見計らって行動するのもありかもしれぬな」


 もはや仮面に人目は関係ない事が分かっている。

 ならばこちらのペースで持っていくには圧倒的な数と、力でねじ伏せるのが最もシンプルで適している案に見える。


「観客はどれくらいいるのだ?」


「ざっと一万人ほどかと」


「うむ、それならその者たちも混乱させる事で少しは役にたってくれよう」


 イベントとやらで騒ぎを起こし、その混乱に乗じて小娘をかっさらう。

 自分はあまり想像できていないが、それこそ昔とは違った一万人ともいう規模なら、流石の仮面もお手上げのはず。


「ではお前らは日曜日に向けて用意しておけ。計画は自分たちで考えろ。指揮権は……そうだな。お前に与える。我輩も今回は参加することにしよう」


「……はっ!」


 自分は仮面の力量がよくわからないため今まで高みの見物を決め込んでいたが、流石にクロエ経由でこちらの情報が流れてしまうと、いよいよ焦らなくてはならなくなった。

 今回は私も参加することで確実に悲願を達成して、さらには仮面の息の根も止めなければならない。


「面白い……。現代人の本気を……見せてもらうこととしよう」


 手元にあった盃をグビグビと飲み干すと、気持ち良く息を吐いた。

 しかし、未だ部下たちは動く気配がなく、その場で固まっている。


「もうその体勢を崩して良い。散って色々と準備して来い! 早よせんか!!」


「も、申し訳ございません。ただいまより準備させていただきます」


 うやうやしく、しかし何処か余裕がなさそうに指示された男は会釈すると振り返って仲間に指示を飛ばした。

 先程までの弱々しい返事とは打って変わって、その指示にはみなぎるプレッシャーを感じる。


「——いいか者共、まずは会議から始める! 情報収拾班は現地で調査、それ以外は兵站を整え、共に次のプランを考えるぞ!」


「はっ!」


 彼らは準備をしに、勢いよく部屋から飛び出した。

 残された私は、目をつむり、時が来るのを待つのであった。

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