27、違和感
「あーー、この人、ぜんっぜんっ誰とも話さねぇ!」
俺はストレスで頭をかきむしった。
先ほどから、有馬聖号の映った倍速の映像をずーっと見ているが、何も進展がない。
強いて言うならば、この有馬という男が誰とも話さない寡黙な性格であったことしかわかってない。
「……うるさいわ、ちょっと静かにして」
「すみませんでした」
隣のクロエさんはと言うと、画面を見たままとても集中していた。
すでに現在夜中の二時。
妖怪が起き出すような時間に俺たちは目をしばたたかせながら、ずっとおっさんの映像を見ていた。
有馬はなぜ悪魔の研究を始めようと決意したのか、その動機を探るためである。
しかしこの男、誰とも関わりを持たずに魔法省をただフラフラと歩くだけで手がかりが少ない。
有馬だけに、“ありゃまぁ”といった具合である。
「あっ、お父様……」
クロエが珍しく声をあげた。
見ると、クロエの見ている左上のモニターに黒江氏と有馬氏が会話しながら廊下を共に歩いているのがわかった。
「やっと誰かと話したか。……って君のお父さんじゃないか」
クロエの表情は硬い。
彼女が今何を考えているかは分からないが、テロリストにいつの間にかなっていた父を持つ娘の気持ちというのは、到底推し量ることはできない。
映像の中の有馬氏と黒江氏は、カメラの映らない椿の絨毯が敷かれた個室に入ると、それからなかなか出てこなかった。
「君のお父さん、今何話してるんだろうか?」
「…………知らないわよ」
口を引き結ぶと、クロエはぷいっと顔を背けてしまった。
クロエが見ている映像の日付は二週間前。
ちょうど有馬氏が悪魔の研究に賛成を表明した日でもある。
「……そういえば」
俺はクロエに悪魔の研究について説明していなかったことに気づいたので、気分転換に話すことにした。
「何よ」
クロエもストレスが溜まってきているようだ。
俺はかまわず話を続ける。
「君は悪魔って信じるか?」
「はぁ? 悪魔?? そんなのいるわけないじゃない」
クロエはバカにしたように吐き捨てた。
「最近悪魔が召喚できる魔法陣っていうのが発見されたそうでな」
「ふ〜ん、それで? 悪魔は出てきたのかしら??」
モニターをじっと見つめ続けながら興味なし、と言った風に言った。
俺もモニターをチェックしながら話し続けた。
「それはわからないけど、俺は悪魔なんていないと思っている」
「あなたは何でそんなに自信げに言い切れるの?」
「それは実際に今日魔法陣を解析したからだ」
クロエは信じられないといったように目を見開いてこっちを向いた。
「魔法陣を解析ですって? 今時、生活魔法を解析するのにも何十年もかかってるのに、あなたは数日だけで魔法陣を解析することが可能なの?」
「あぁ、俺は魔法陣を見ただけで数日と言わず、数分でメカニズムを解析することができるんだ」
「信じられない……。聞いた事がないわ。やはりあなた何者? どうして引きこもりなんてしているの?」
その質問は面倒なので、話をそらした。
「まぁ、まぁ、それは置いておいて。……悪魔を召喚すると呼ばれている魔法陣、実際のところはその魔法陣を作った人の記憶を、誰かに植え付ける魔法陣だったんだ」
「記憶を……植え付ける…………?」
良かった、こちらに興味を示してくれた。
俺は右上のモニターに、魔法陣が描かれた石版の写真——魔法省でリンクくん人形が撮影したもの——を映し出した。
「これがその魔法陣なんだけど、例えばこの魔法陣に魔力を流し込んだ者がいたとする。するとその人は、石版を作った人の記憶を無意識に刷り込まれてしまうんだ」
「それって知らない人の記憶を、無意識に引き継いでしまうっていう事?」
「そうなんだ。もしかすると、人格まで引き継がれてしまうかもしれない。その時には、その人の身体は赤の他人に乗っ取られてしまう…………」
クロエはそのことを聞いて思い当たる事があったのか、あ、と一言呟いた。
「もしかしてお父様が急に性格が変わってしまったのって……、この魔法陣が原因だったりするのかしら?」
俺は目の付け所がシャープだね、と褒めたくなった。
今回の話で俺が伝えたかったことはまさにそのことだったからだ。
「少なくとも、俺はそう考えているよ。君のお父さん、黒江龍蔵氏はこの魔法陣を起動してしまい、この石版に刻まれた魔法陣を作った、過去の人間に今体を乗っ取られている可能性があるんだ」
「そんな事が…………」
クロエはそう言うと、黙ってしまった。
けど、不安で気持ちが暗くなったと言うわけではなさそうだった。
むしろ安堵しているように見えた。
「だったら、あれはやはりお父様ではなかったのね……。ねぇ、お父様はちゃんと元に戻るのかしら?」
「あぁ、その時用に書き加えられた記憶を消す魔法陣を作図しておいた」
「魔法陣を作図って……。そんな事、お父様でもすごく苦戦されてたのよ。でも良かった」
クロエはホッと優しく息を吐き出すと、肩をおろした。
「お父様はね……、今まで私に間違いない愛情を注いでくれたの。お母様が亡くなられてからは特に。だからちゃんと元どおりになって欲しいわ」
「そこは安心していてくれ」
俺は力強くうなづく。
そんな俺に彼女は笑みを向けると、
「……ホント、あなたは何者?」
といたずらっぽい笑みを浮かべて聞いた。
「だからプロの引きこもりって言っただろ?」
そんな俺の回答にクロエは呆れて、またモニターに向き直った。
ただその表情は心なしか晴れていたように感じた。
俺もまた有馬氏の行動を洗うことにした。
画面に映し出された部屋の扉が開いた。
椿の柄の絨毯が現れ、この部屋の内装もさすがは魔法省と言ったところで見事なものだとわかる。
そして次に現れたのは有馬氏と黒江氏であった。
彼らは談笑しており、有馬氏の顔には今までに見たことのない笑みを浮かんでいる。
——しかし、ここで俺はあることに気づいた。
有馬氏と黒江氏がいる部屋の内装がおかしいんじゃないか、と。




