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25、気疲れした時はベッドにヒップドロップしたくなる

「——ここは?」


 自室で背後から声が聞こえた。

 振り返ると金色の柔らかな髪を下ろした少女が、ベッドの上で起き上がっていた。


「目をさましたんだね。おはよう……、じゃなくてこんにちは」


 クロエが静かに目をさましたらしい。上にかけておいた掛け布団にくるまっている。

 しかし俺に気づくと、そして何かを思い出したように目を大きく見開いた。


「もしかして、あなたは同じクラスの……、えぇとなんでしたっけ? ヤミシマ君?」


「ヤミじゃない、アミシマだ」


「どうして私は……ここに…………」


 クロエはそう言うとあたりを見回した。まだ目が覚めておらず、意識がはっきりとしてなさそうだった。

 頭をブンブンと振り回したり顔をつねってたりして無理やり頭を目覚めさせようとしている。

 すると、次第に自分の置かれた状況に気づいたのだろうか、自分の手に持っている布団、ベッド、俺を順に見ると顔色は悪くなっていき、


「——私、男の人にベッドに連れ込まれたのかしら!?」


と悲鳴をあげた。

 そんな彼女に


「いやいやクロエさん、そんな俺何も悪いことしてないからね!?」


と思わず突っ込んでしまう。


「でもここ、あなたの家でしょう!? しかもあなたの部屋で……、そんな……、私……、私……真面目に生きてきたのに…………」


「もっとよく思い出して! 絶対記憶にあるはずだから!!」


「記憶に……? だめだ、何も思い出せないわ。あなた私に薬でも盛ったのかしら?? それで意識が飛んでる所を襲って……」


「ちがぁぁぁぁぁぅう!!」


 頭をかかえる俺に対してクロエは俯いて手で顔を抑えていた。

 よく聞くと、うぅ……、うぅ……と言う泣き声が聞こえる気がした。


「私なんでこんな……、こんな陰キャの部屋に……」


 蔭キャはまぁ置いておく事にして、起きたらそこは知らない男の部屋だったら確かに怖いよな。

 男の俺でも起きたら近くに知らない男がいたら怖い。

 収拾がつかなくなる前に、説明しておくことにした。


「えぇっと、君は三人組のテロリストに追いかけられていたことを覚えているかい?」


「うぅっ……、てろ……りす…………と……?」


「そうだ、テロリストだ。君は銃を持った男達に追いかけられて公園に逃げ込んだんだ」


「うぅっ……、うぅっ……」


「君はとっさに木の陰に逃げ込んだんだけど、運悪く見つかってしまいそうになった。……そこで君は魔法を使ってうまく逃げようとしたけど、相手もそれに気づいてしまい君の魔法は失敗してしまった」


「ぅぅ…………」


 少し冷静になってきたのかうめき声が小さくなっていった気がした。俺は説明を続ける。


「そんな時に俺が駆けつけた」


「ぅぅっ………………あな……たが……?」


「そうだ。覚えてないか? 仮面を被った骸骨を」


 クロエは思い当たることがあったのか泣くのを止めると、顔をあげ、ゆっくり目をこすって大きく見開いた。


「…………仮面。まさかあなたが、あの仮面なの?」


 俺は素直にうん、と短くうなずく。


「そんな…………。それならあなたが…………、あの人たちを倒したの?」


「そうだ」


「あなたが私を…………助けてくれたの?」


 海のように真っ青に澄んだ瞳はかすかに潤み、それながらも儚い。

 俺はそんな目を直視できずに、顔をそらすと


「あぁ、そうだ」


と呟いた。


「そんな、ありえない…………。あなたは……一体何者?」


 俺はその質問になんと答えればいいのか決めていた。


「俺はプロの引きこもりだよ」


 俺は自分の胸に右手の親指を立てると、胸を張って言った。


「え……、ひ、引きこもり??」


 答えが予想していたものと違ったのか、クロエは口をぽっかりと開けた。


「ふざけないで。だってただの引きこもりが銃弾を剣で弾き返せるわけ……」


 そう言いながら、冷静になってきた彼女は俺の背面にある6枚のモニターに気づいた。

 それは魔法省を出ようとしているリンク君人形や、教室で授業を受けているリンク君人形を映していた。


「……嘘、もしかしてこれみんな…………あなたなの?」


「正解。でもこいつらはみんな生きてる訳じゃないよ。俺が作った高性能なロボットさ」


「じゃあ、昨日私が話していたのは……」


「そう、ロボットさ。もっとも、マイクでこの部屋から会話させてもらったけれども」


「今、私が話しているのは……?」


「俺は本物。網島輪久本人さ」


 俺の言ったことに少しついていけていないのか、彼女は言葉を失ってしまっていた。

 ここで畳み掛けるように話しかけるのは申し訳ないけど、今回彼女に俺という人間を説明しようとしているのには訳がある。

 彼女は魔法にも長け、運動能力も問題なく、そして現在特殊な状況に置かれている。

 そんな彼女を俺たちの仲間にするには丁度いいと思っているのだ。


「そうだ足の魔法陣、消しておいたぞ」


 俺はクロエの足を指差した。

 クロエはというと自分の足首をみると、


「嘘……、絶対消せないと諦めてたのに……」


と言って、また黙ってしまった。


「その魔法陣、誰にかけられたんだ?」


 クロエが黙ってしまったせいで、この部屋に気まずい空気が漂い始めた。

 これはこの部屋にこもり始めて、始めての嫌な空気である。

 ——少し女の子特有のいい匂いがするけど。

 もう一度、彼女に大きな声で同じことを尋ねてみた。


「おーーーい! その魔法、誰に、かけられたんだ??」


 すると彼女はハッとなって答えた。


「……お父様よ」


「お父様? やはりそうか」


 彼女の父親くらい調べがついている。

 その時に色々と仮説を建てたものだ。

 彼女は驚いたように立ち上がると、食い気味に椅子に座っている俺に近づいてきた。


「あなた、私のお父様を知っているの?」


「お……、おぅ。あの六芒星の一人、黒江龍三氏だろ?」


 黒江とクロエ。

 親は自分の名字を娘につけたらしい。

 黒江氏の経歴を見ると、ヨーロッパへと留学していた時があった。

 おそらくその時にあった女性と恋に落ち、結婚して授かったのが娘クロエ・ベルナードなのだろう。

 しかしフランス出身で由緒正しき貴族の血を持つ母と、黒江氏の間に生まれた娘にどちらの家を継がせるか、親族を含めて揉めたので、とりあえず両家の名字を娘につけたのだと俺は推測している。

 クロエはもともとフランスに母と住んでいたが、クロエの母は最近他界していたので、おそらく黒江氏が娘を日本に引き取って共に生活していたのだろう。


「俺、さっきすれ違ったぞ」


「私のお父様とすれ違った!?」


 クロエはとても驚いていた。

 品定めをするように俺のつま先から頭部までじっくりと見回した。


「私のお父様と……そんな。そんなことあるはず……」


 ない、とクロエが言う前に俺はキーボードを指で叩いた。

 部屋に設置されたモニターの画面には、先ほどリンクくん人形が魔法省で黒江氏とエレベーターの前で対面している映像が流れ始めた。

 その映像をどう見ても、リンクくん人形と黒江氏はしっかりとすれ違っているのが分かる。

 クロエは若干まだ怪しんではいたものの、こちらの言うことに耳を貸そうとし始めた。


「本物……なのよね? どうみてもCGとかそう言った類に見えないけれども……」


「最近の技術革新はすごいからね〜。これくらいだったら数億円積めば余裕じゃない?」


「茶化さないでよ。これは本物なのよね?」


「——あぁ。本物だよ」


 それを聞いたクロエは、ため息をつくと無造作にベッドへ座り込んだ。


 ……いや、ほぼほぼヒップドロップであった。


 俺の寝床なんだから、そうぐちゃぐちゃにしないでくれよ。



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