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23、裏工作

 ——しかし、持ち物検査くらいは予想していた。


「スーツのスイッチオンっと」


 俺は自室で用意していたプログラムのスイッチをオンにした。

 実はリンク君人形に現在着させている服には特殊な加工がしてあり、どのように周囲の磁場が変化しても自分の周囲の磁力線の変化量を一定にするという機械を取り付けている。

 ……つまりこれを着たものは金属探知機には引っかからない、という特殊な服になっているのだ。


 よってリンクくん人形は、穂満さんの後に続いてゲートをくぐったが、何も問題は無かった。 

 持ち物に関しては何も手に持っていなかったので、係員も適当に人形の体を調べたあとすぐに解放してくれた。とても幸先が良い。

 無事に人形が出て来たのを確認すると、穂満さんは小声で話しかけて来た。


「ごめん、持ち物検査は免除できなかったんだ……」


「いいですよ、これくらいは予想していました」


 そう言いながら、二人とも歩き出す。


「しかし魔法省ってなかなか小綺麗にしているんですね。誰が清掃したり模様替えしたりしているんですか?」


「あれを見てごらん」


 そう言いながら彼は廊下の隅におかれた円形の物体を指差した。


「お掃除ロボットですね。しかも自律運転タイプの」


「でもあれだけで全てのゴミを取れるわけでは無いから、一応清掃業者を雇っているよ」


「なるほど、では模様替えも業者を?」


「置物とかはそうだけど、それは基本的に魔法で行っているね。例えばこの絨毯や壁紙とかの裏には季節ごとに模様を変える魔法がかかっているんだ」


「掃除も魔法でできなかったんですか?」


 穂満さんは笑いながら手を左右に振った。


「それがね、模様替えも元々は魔法でやるつもりじゃなかったんだ。だけど魔法を使っているのはほとんどある人の“趣味”でね」


「なるほど、趣味だからその人は掃除まではやるつもりはないと」


「うん、だから多分やればできると思うけど、そんなに簡単にできるわけでないのと、やろうと思う人がいないからやれていないんだ」


 ちょうどいいな、と思いながら自室の俺はここで清掃業者を調べていた。

 欲しい情報は、清掃業者がどのような時間に仕事を行っているか、そしてどのような格好なのか。

 そして調べたそのデータをとある人物へと転送する。


「ジジィ、データを送ったぞ」


「かしこまりました」


 今、ジジィは魔法省の近辺の駐車場で車に乗って待機している。

 今穂満さんと喋っているリンク君人形はジジィがここまで連れて来たのだ。


「では急いで準備しておきます」


 ジジィからそう連絡が来ると、無線は切れた。

 画面の中のリンク君人形を見ると、穂満さんにトイレに連れられて来ていた。


「ここでいいよね? ——くれぐれも派手にやらかさないでくれよ?」


「“大きいの”を心配されても困りますね」


 穂満さんは俺がこれからしようとしていることを何と無く理解しているらしい。


「では僕はここで待っているよ、“誰か”トイレに行こうとしたら僕もお腹が痛くなってトイレに行きたくなるかもしれないし」


「その時はその時ということで」


 つまり、誰かが入って来そうだったらその前に穂満さんが入って伝えてくれるらしい。

 助かる。

 俺は、では、と言うとトイレの中に入った。

 綺麗に手入れされたその空間には誰も入っておらず、色々と作業がしやすそうだった。

 

 俺はリンク君人形を一番奥のトイレに行かせると、その扉にあらかじめ用意していた“故障中”の札を貼らせた。


「よし、では準備するか」


 中に入り、鍵を閉め、洋式トイレの便座を閉めた。

 そしてリンク君人形に上着を脱がせた。

 そこに現れ出た腹部には黒い箱が埋め込まれていた。


 自室の俺はキーボードを忙しく操作する。


「ホーネットワン、起動」


 箱の内部からドローンが飛び出て来て、トイレの中空に漂いはじめた。

 リンク君人形はというと、空になった箱を便座の蓋の上において、ウォシュレットのコンセントを抜くと、そこに箱から出ているプラグを差し込んだ。


「ホーネットワン、ディスアーム」


 ドローンはその箱の上に乗ると活動を停止した。


「とりあえず準備完了だな」


 やりたいことはこれだけだ。

 俺はリンク君人形に服を着させ、トイレの上の空いたスペースから無理やり脱出させた。

 外に出ると例の如く穂満さんが待っていた。


「……早かったね。それだけでできたのかい?」


 彼の予想よりも帰って来るのが早かったみたいで、穂満さんはもともと丸い目をさらに丸くしていた。

 彼は何を想像していたのだろうか?


「えぇ、とりあえず腹の虫はおさまったようです」


「——仕事がお早いことで。なら次はどこに行きたいかい?」


「では早速噂の悪魔の魔法陣とやらを拝見できますか?」


 彼は首をひねりながらも答えた。


「金庫の中だから中には入れないよ。——でも外から中を覗くくらいならできるかな?」


「それで十分です。早速行きましょう」


 そう言うと、リンク君人形は来た道を戻り始めた。


「違うよ、網島君。こっちこっち」


 焦ったように穂満さんは動き始めた人形を引き止めた。そして彼は今人形が行こうとしていた反対側の方向へと指を指すと、


「こっちだよ。上階に行くからエレベーターに乗るんだ」


と言った。


 エレベーターはすぐ近くにあり、ボタンを押してこの階へ来るのを待った。外から見たようにこの建物はとても大きいらしく、三機あるエレベーターは忙しそうに上下しているのが電光板からわかった。

 しかしそう案外人は乗っていないようで、エレベーターはスムーズに動いている。


 ——ピンポン。


 チャイムが鳴り、扉が開く。

 そこからは上の階から来たエレベーターからおじいさんと青年が掃除用具などを詰めたワゴンを押しながら、二人出て来た。

 共に青い制服に青い帽子。彼らは見た目で清掃業者だとすぐわかった。


「ぁぃや、お坊ちゃん失礼」


 おじいさんの方はそう言うと、リンク君人形と穂満さんの間を彼らはワゴンを押しながら抜けて行った。

 すると、彼らが出て来たエレベーターの中からこちらに話しかけて来た者がいた。


「……乗るか? おや穂満室長じゃないか!」


 エレベーターの中で“開く”のボタンを長押ししながら、大柄な男はこちらに話しかけて来た。役人に似つかわしくない屈強な筋肉を持っているのが、盛り上がった服からわかる。

 しかしその割にはスーツのサイズがあっていないのか、彼の着ていたスーツのボタンはいまにも弾けそうであった。

 話し方からするに、穂満さんのことを知っているのだろう。


「これは黒江閣下、いつもお世話になっております」


 穂満さんは今までラフに俺と話していた様子とは打って変わって、表情を強張らせながら気を使って言葉を選んでいた。


「我々は上階へ行くので失礼します」


「そうか、では」


 そう言うと、屈強そうな男は扉を閉めた。再び俺たちは下から来るエレベーターを待ち始めた。俺は先ほどの人物に心当たりがあったので、穂満さんに聞いてみた。


「今の方は六芒星の黒江氏ですよね? 写真で見たことがあります」


「いかにも、でもあの体系だと少し緊張しちゃうね」


 穂満さんはまたハンカチを取り出してまた額を拭き始めた。


「そうですね。写真で見たよりもずっと横幅が広くて俺も驚きました。——役人にしてはヤクザ者の雰囲気を持ちすぎていますね」


「結構容姿についてグイグイ言うね。今回このタイミングで最も怪しい彼に会ったのは僕も少し冷やっとしたけど」


 確かデータベースでは黒江氏はまだ若いのに六芒星に選出されたエリート魔法使いだ。学校も一流の大学を出て、その後はヨーロッパへ留学し、帰国後は日本の魔法省に就職。

 見るからに人生のモデルケースとなるいいお手本だった。

 一体どこであの筋肉をつけたのだろうか?

 そんな疑問を隅に追いやって、俺はとりあえず今回の犯人探しについて穂満さんの意見を聞いた。


「……確か黒江氏は悪魔の研究に賛成派でしたよね」


「うん、だけどどちらかといえば失踪した有馬氏が研究をしようと言い始めて、それから彼も乗り気になったようだから、彼も元々は反対派だったのかな?」


 穂満さんは腕を組みながら頭をひねった。


「僕は彼と有馬氏の間に何かがあってそこから何かことが進んだのでは、と推測しているよ」


「有馬氏が急に賛成派に寝返ったきっかけにも何かありそうですね」


「そうだね。でも僕が有馬氏だとして、黒江氏みたいな体格のいい人に脅されると僕も寝返っちゃうかな、なんて思うな」


「まさか、それが穂満さんが有馬氏の失踪事件として黒江氏を疑っている理由ですか?」


「……うぅ、ばれた?」


 案外この役人、やり手のはずなのに思考回路が単純すぎだったみたいだ。

 そりゃ犯人全然分からなくて探偵雇おうと思うわ。

 そんな彼に少々あきれつつ、とりあえずフォローしておいてあげた。


「僕もムッキムキの男性に強要されたら寝返っちゃうかもしれないですね」


「ハハハ、でも網島君はそんな可能性ほとんどないでしょ? って、あれ? 僕も口が滑っちゃったかな? 誰にも聞かれていないといいのだけれど」


 穂満さんはハンカチをポケットに突っ込むと、あたりを見回した。


「大丈夫ですよ。でも黒江氏が筋肉を理由に疑われているなんて聞いたら穂満さんはたまったもんじゃないですね」


 俺のその一言に穂満さんは項垂れ、ため息をついた。


「ごめんね、僕ももう少し気をつけるよ。そして聞かれてないことを願うよ」


「でももしその勘が当たっていたら、黒江氏と次に会うのは牢屋の中かもしれないので安心してください」


「でもまだ彼が有馬の失踪に関わっているとは限らないから、本来ならば僕は何とも言っちゃいけないけどね。おっ“丁度”エレベーターも着いたみたいだ」


 ピンポン、という音が会話を中断する。

 何が彼の言う“丁度”かわからないが、俺と穂満さんはエレベーターに乗り込むと、静かに上を目指した。


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