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21、精神魔法

「——坊ちゃん、この者を事務所入れてもよかったのですかな?」


 ジジィは寝ている少女の顔を覗き込みながら俺に聞いた。


「あぁ、せっかく助けたんだ。コイツにはしっかりと働いてもらわないとな」


 事務所の中では俺とジジィがソファに横たわっている金髪の少女の今後の処遇について話していた。

 先ほどコイツは狙われていたが、俺が敵を無力化して、うまいこと助けることができた。

 しかし、バイクのあまりの速さに気絶してしまい、今はソファで寝ている。

 そんな彼女の傍らで膝をついてた俺たちは、彼女の様子を伺っていた。


「ちょっと失礼」


 俺は彼女の人形のような均整な左足を持ち上げて、靴下をおろした。

 彼女は制服姿でスカートを履いているため、少しドキドキしたが気にしないように目をそらす。

 ——靴下から現れた足首には魔法陣が刻まれ、その周りには紐で締め付けられたようなあざがついていた。


「なるほど。クロエ様は坊ちゃんが先日手懐けていた“虎”だったのですね」


「手懐けてたとか言うな。 ……そうだ。コイツはりったんを夜道で襲おうとしたやつだ」


 先週、俺はりったんが虎の化け物に追われているのを例のごとく助けた。

 その時、虎の左足をワイヤーで強く引っ張ったのだが、このあざはその時にできたものだろう。

 どうやらクロエは虎に化けることのできる固有魔法が使えるらしい。


「にしても、魔法陣の方はデバイスでつけられたものじゃなくて入れ墨だ。年頃の少女に…………ひどいな」


「それならばこのジジィめにお任せくだされ」


「あぁ、頼む」


 ジジィは左胸のポケットから、白い綺麗なハンカチを取り出した。

 それをひらひらと片手で広げると、もう一方の手でメガネの柄をつまんだ。


「……スタンバイ、…………トリック」


 青い魔法陣が二つ、ハンカチとクロエの足を覆うように広がるとすぐにジジィの魔法陣は消えた。

 と共に、クロエの足からも魔法陣は消えていた。


「これが……不受容<シタククバーリ>の魔法とやらですかな?」


「おそらくそうだ。それを貸してくれ。解析し終わったら返しにいく」


「もちろんそのつもりでございます。……どうぞ」


 ジジィはハンカチを俺に手渡した。

 その“白かった”ハンカチにはクロエの足に刻まれていた魔法陣が、そっくりそのまま移動していた。


 ——不受容<シタククバーリ>のスクロール。

 アフリカ南西部の古代遺跡から出土されていたというそれは、先日何者かに盗まれ、密輸され、どこかのテロリストの手に渡ったらしい。

 その魔法をかけられた者は、“誰も信用できなくなる”という状態になるそうだが、研究も半ばであるのでどういうメカニズムでそのような効果を発揮しているかは謎である。

 よく内容を俺も理解はしていないが、彼女の今までの行動から、ひょっとするとこの魔法をかけられていたのではないかと俺は思っていた。

 蒼井が言っていた噂、例えば道を積極的に人に教えてもらわない姿勢や、サッカーでのボールは誰にも渡さなかったのは、もしかしたらクロエ本人が自己中心的な性格だからかもしれない。

 しかし急な転校をして来た怪しい彼女にそのような魔法がかけられていると考えれば、これらの行動は、魔法のせいで彼女が誰も信じられないが故の行動ではないかと説明がつく。


「しかしなぜ奴らはこのような魔法をかけていたのでございましょうか?」


 ジジィは自身の白い髭を撫でながら聞いてきた。


「それはテロリスト達がクロエを簡単に手駒にするためだと思う」


「——手駒とは?」


 ジジィは興味を惹かれたのか、眼光をキラリと光らせた。


「お……おぅ。——ええっと例えばテロリストが誰かを無理やり仲間にしようとするだろ?」


「はい」


「その時相手が組織を嫌っているなら、組織から離れて警察やらなんやらと結託して歯向かってくる可能性があるわけだ」


「確かにそれは困りますね。——例えば将棋で相手陣の駒をとって、それを味方としてこちらの盤上に置いたはずなのに、昔の憎しみが忘れられず、またくるっと回って敵として暴れられたら大変そうですな」


「……まぁ、そんなようなものかな?」


 ジジィは将棋をやったことがあるのだろうか?

 英国紳士の彼はチェスとかの方が似合う。


「えぇっと、話を戻すぞ。——でも敵をどうしても仲間にしたい時に、その魔法をかけるとあら不思議。無理やり仲間にされた敵さんは誰も信用できない ——つまり誰も頼ることができずに一人で孤独に戦うしかなくなるのさ」


「でも一つ疑問がございます。その魔法をかけたら、かけられた本人は誰の命令も聞かなくなるのでは? そうなると魔法をかけた本人の命令も聞いてもらえず、困るかと思われます」


 確かに命令を聞く、聞かないの一つの判断基準として“相手が信じられるかどうか”というのは大きな要因だ。

 魔法をかけられると相手が信じられなくなるのだから、魔法をかけられた者は当然ご主人様も信じられず、ご主人様の命令さえ聞くことができなくなるかもじれない。

 しかし他にも、命令を聞かなければならないかどうかの判断基準として他の“要因”がある。


「うん。そう思ったが、暴力があるだろ? 暴力で力関係をはっきりと示されて脅されたら、自然と命令を聞かなければならなくなる。今回テロリストたちは、こうしてクロエを仲間——いや、協力者にしたんだと思う」


「なるほど、さすればかわいそうな少女ですなぁ」


 クロエは運動神経抜群、魔法練度も高く、頭も良い。

 テロリストたちは、クロエが有能なせいで、強引にも協力者として手駒に欲しくなったのだろう。

 そんな彼女を哀れむようにジジィは見つめていた。


「だけど、精神干渉系魔法にはまだ謎が多いからよく分からんな……。古代の遺跡っていうのを一回調べる価値はある」


「そういえば、日本の遺跡から見つかった悪魔の召喚魔法とやらも本当にできるのですか?」


「それも、……わからん。まずはそっちの方が調べるのは先になりそうだな」


「はい、丁度良いことにそろそろ穂満様とのお時間かと」


 俺も忘れてはいない。

 昨日魔法省の幹部失踪事件に関して、俺たちは穂満政作という知り合いの魔法省の役人から直々に調べて欲しいという依頼を承諾した。

 その時に、調べるために魔法省内部を案内してもらう、という約束を取り付けたのだった。


「ああ。では二階に行ってくる」


「クロエ様はどう致しましょう?」


「ジジィに見てもらうことは——できないか」


「はい、私は人形を一体輸送し、場合によっては補佐する必要がございます」


「じゃあ俺の部屋のベッドに寝かしておくよ。——起きた時に一人でごそごそ動かれると困るしな」


「ホッホッホッ、美少女を自分のベッドに連れ込むとは坊ちゃんもお盛んですな。私は黙って見守ることにしましょう」


 ジジィは悪戯っぽく笑みを浮かべると、手で自身の両目を隠した。

 が、指の隙間から目が見えていた。


「——手は出さねぇよ!? そもそも、俺にはりったんという尊い方がおられてだな……」


「ホッホッホッ、冗談はこれくらいにして作業に取り掛かりましょうか」


 のらりくらりと会話の主導権を持って行かれる。

 こういうのはいつものことだが、今日はジジィも調子がいいのは久しぶりの大仕事を前にしているからかもしれない。


「あぁ、頼むぞ」


 俺はそういうと、立ち上がってソファに横たわっている少女を抱え上げた。

 ふわりと甘い匂いがしたが、何か香水でもつけているのだろうか?

 ダメだ、いかんいかん……あまり気にしないように気をつけなくては。

 抱え上げたクロエの体は予想していたよりも軽く、ずっと華奢であった。

 こんな儚い生物が銃を前に逃げようと必死だった姿を思い出すと、どうにもいたたまれない気持ちになる。


「では、準備してまいります」


 ジジィも立ち上がって一礼をすると、部屋から出て行った。


「……さて、俺も準備しなきゃな」


 俺は一人……、いや二人になった事務所を空にすると、二階の自室にクロエを抱えて行った。



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