19、追う者の余裕
——クロエはむやみやたらに走っており、気がつくと大きな公園に来ていた。
この近辺は都内でも珍しく緑が多い土地で、そのように作られたのは魔法の研究に使うためだそうだ。
「——ッハ、ハァ……、ハァ……、ハァ……」
後先考えず体力を使ってしまったせいで呼吸が続かない。
ひっそりとした木の陰に腰をおろし、息を整える。
奴らの姿も見えない。
必死になって逃げて来たが、そのうちすぐ奴らも追いつくのは分かっている。
周囲の木が風で揺れる。
雲はどんどん黒くなって行き、雲間からは光が少しも差し込まなかった。
「ハァ……何でまた…………いきなり…………」
頭がすっきりと考えてくれない。
思えば、奴らに巻き込まれたのも突然のことでなぜ自分がこんなことを手伝っているのかもよく分からない。
足首に巻いてある包帯を見る。
こんな物のせいで私はとらわれているのだ。
それは自分の足首に枷がついているような感覚で、外したくてたまらない。
実際には包帯は簡単に外せるのだ。問題はその下の……。
包帯の端を持って外す。
くるくると包帯を回す度に自分の足が露わになって行き、そして包帯は手からするりと落ちた。
「……これのせいで…………、私は……」
現れた白い足には何かロープで閉められたような消えかけた“あざ”と、もう一つ、小さな魔法陣が入れ墨されていた。
ロープのあざをなぞりながら口の端を引き結ぶ。
あざはまだ良い。
すぐに消える。
しかし入れ墨はそう簡単には消えてくれない。
この魔法陣の入れ墨が私を苦しめるのだ。
青く細い線が幾重にも交じりあい、複雑な文様を描いている。
あの人は私に脅した。
誰かが少しでもここに触れ、魔力が流れ込んだとき、私は爆発して死ぬらしい。
だから自分ですらここを触るのはためらわれる。
早く消したい気持ちもあるが、だからと言って誰かを頼って消してもらうこともできなかった。
なぜか誰も信じられることができずに、自分は一人でいようとしている。
こんなこと、以前の私が悩まなかったことなのに……。
そのとき、風は吹いていないのにガサガサと遠くの茂みが揺れた。
ハッとなって身を縮ませる。
(——来る!?)
私はここでじっと息を潜めた。
残念なことに、私にはもう一度奴らを巻く自信はあまりない。
ただできるのはどこかへ行ってくれと願って、全身を誠意いっぱい小さくする努力だけである。
(もし気付かれたらできる限り抵抗して逃げよう……)
木の陰から様子を伺っていると、何かのスタッフのような装いをした3人組が揺れた茂みから出て来たのが見えた。
しかし、雰囲気が物々しい。
一人は手に布に包まれた板状の物を持ち、残り二人はポケットに片手を突っ込んでいる。
3人とも顔がよく見えないように帽子で隠したり、マスクで隠したりと監視カメラに映っても大丈夫な装いをしていた。
「——おい、隠れても無駄だぞ、出てこい!」
手に何か板状のものを持ったフードの男が低い声を張り上げた。
昼間だというのに人は少なく、曇り空で周囲も暗い。
犯罪を行うのにうってつけの環境であり、それが彼らに余裕を生んでいるのかもしれない。
「出てこねぇならぶっ放すぞ、舐めんじゃねぇ」
男は板状のものに巻いてある布をとった。
中から出て来たのは黒光りする銃身であり、曇り空から差し込んでくる鈍い光を照らし返していた。
組織で見たことある——あれはアサルトライフルだ。
彼は銃を構えて腰を落とすと、ニヤリと笑った。
「ふん、出てこねぇならこっちから挨拶してやるよ。…………ひとーつ!」
雷が落ちたような銃声が木々の隙間を駆けた。
あの男が引き金を引いたのだ。
しかし弾は見当違いの木に命中したらしく遠くの枝が折れた。
「ふたーつ! ハハハ」
銃身を他方へむけて撃った。
今度は小石にぶつかったらしく粉塵が舞い上がった。
なんと砕けた小石の破片がこちらまで飛んで来たが、私は動じることなくじっとしていた。
「みっつ! よっつ! いつつ!」
どんどん着弾地点が近くなってくる。
弾数を数えながら撃つ姿に私は狂気を感じた。
しかしどこかへ狙いを定めているわけではなく適当に撃っているため、運が悪ければ私は死ぬと思う。
——その前に反撃のタイミングを見図らなければならない。
「当たんねぇな。百発撃ったら当たるか?」
フードの男は銃についた小さなつまみを親指で弾くと、高笑いをしながら乱射し始めた。
私はとっさに木の裏に身を隠し、伏せる。
「ハハハハハ! ハハハハハ!」
沢山の銃弾の嵐は木々を襲い、土にめり込み、自由に動き回って止まる事を知らない。
当たった全てのものを粉砕し、弾は破壊をためらうことはなかった。
しかし嵐はすぐに収まり、あたりは静かになる。
そんな中、カチ、カチと弾がなくなった銃の乾いた引き金の音が響いた。
「……あん?」
「……それくらいにしておけ。ちなみにこのマガジンには三十発しか入らない」
隣にいたキャップ男がフード男の肩に手をおいた。
フード男はうっとおしそうにその手を振り払ったが、キャップ男は冷静に辺りを見回している。
「人の隠れられそうなところは……、あそこの木の陰と、先ほど撃っていない茂み、あとあそこの盛り土の裏くらいですね。そこを見る方が早いし手間がかからない」
「うるせえ! いま銃で場所の絞り込みしたんだよ……。少しは感謝しろ」
フード男は弾倉を装填し直すと、彼に一番近かった茂みに大股で近づいて行った。
それを見たキャップ男は木の裏にいる私に近づき、残った男は盛り土の方へと歩を進めた。
ザッザッザッザッ……。
せっかちな足音が近づいてくる。
その音はだんだん大きくなっていった。
私の鼓動も少しずつ早まっていく。
ザッザッザッザッ……。
緊張して少し吐き気がして来た。
しかしチャンスは一度きりだけ。
(見つかる前に……やるしかない!)
ポケットから真っ白な手袋を取り出し、両手にはめた。
今、私はこれからの行動をイメージして自分に言い聞かせる。
見つかる直前に、魔法を使ってキャップ男へ先ほど乱射した銃弾を魔法で操って浴びせる。
残り二人はキャップ男から回収した銃を使って牽制しながら逃げる……。
本来ならば三人共魔法で同時に片付けたいところだけど、魔法を高い精度を持って高い威力を込めるのは非常に難しい。
よってより確実な方法を考えると個々に倒していくしかない。
今までやって来た魔法の練習はこのような事を想定してきたものではない。
けれども生死を分けるこの決断は、過去の自分の努力を信じることができるからこそできる。
(——集中)
手袋型のデバイスに魔力を込める。
(——魔法陣展開、スタンバイ!)
ザッザッザッザッ!
キャップ男はすぐそこまで迫っている。
視認できるものの内、土にめり込んだ銃弾や転がっている銃弾に意識を向けると、そこには小さいながらも精巧な魔法陣が一個一個に広がった。
青く微かにそれは明滅し、だんだんと光が強くなっていく。
「やはり、ここにいましたか」
ガチャリという撃鉄を引く音が聞こえた。
しかし今はそんな音には構っていられない。
周囲の銃弾は持ち上がる。
木にめり込んだものは木から抜け出し、転がっているものは宙に浮く。
皆すでに変形しており、銃弾の綺麗な曲面を持っていなかったがその一個一個には秩序が生まれつつあった。
「発射!!」
浮いた弾丸は待ちきれずにキャップ男の元へと駆けていく。
そのスピードはどんどん加速して行った。
「——なッ!?」
キャップ男も気づいたがもう間に合わない。
銃を落とし、手で身を守って伏せようとするも弾丸の軌道からは逃れられないはずだ。
(——もらった!)
このまま計画通りにキャップ男を倒し、銃を手に入れられると逃げ切れる可能性は広がっていく。
はやる気持ちを抑えながらも抜かりが無いように魔力をより強く込めた。
——しかし向こうも対策はしていた。
(ッく!? 弾道が……ずらされる!?)




