16、事務所に持ち込まれた事件
ジジィに連れられて階下へと降りると、そこには茶色のスーツに身を包んだ、若いものの非常に落ち着いた雰囲気を醸し出す男性がいた。
「——アミシマ君、久しぶり」
その男はすっと手を差し出してくる。
俺はその手をとって握手をした。
「穂満さん、久しぶりですね。また少し太られました?」
「アハハッ、ザッと何キロだと思う?」
「88kgくらいかと。この程度、魔法を使わずともわかりますよ」
「御名答。ただ他の人には内緒だよ?」
穂満 政作。
彼は魔法省の役人で俺の正体を知る、数少ない頼れる存在だ。
たまに魔法省内部で起きた出来事をこちらに流してくれる代わりに、こちらも彼の持ち込んだ依頼をこなしている。
魔法省とはこの国の魔法に関する政策方針を決定して行く機関のことで、数十年前に新設された国の機関だ。
時期的には古代遺跡から新種の魔法文献が大量に見つかった時に、魔法研究の重要性が叫ばれるようになり、創られた、という経移がある。
「そういえば学校では爆発事件があったんだって? 巻き込まれて災難だったね」
「さすが魔法省の役人。耳が早い」
「そうでなくちゃ同期に出し抜かれるからね……」
彼は笑いながら頭を書いたが、あまり本気で笑っているように見えなかった。
おそらく、本当に魔法省内の権力争いは激しいのだ。
「で、今回はどういった依頼ですか? 逃げられた彼女の行き先ですか?」
「ハハハ、残念ながら彼女は逃げていないよ。 ——とりあえず、腰掛けていいかい?」
穂満はこの部屋の主人であるジジィの了承を得ると、一息つきながらどっかりとソファに腰を下ろした。
額には汗が滲んでおり、ハンカチを取り出すとそれをぬぐい始めた。
「いやぁ、それにしてもアミシマ君の肌白いね。もっと日に焼けないと」
「太陽は目にしみるから苦手です。穂満さんもダイエットしないと目に汗が入ってしみますよ?」
「いやぁ、それがね、また体重が落ち始めたんだ、おっと先生……ありがとうございます」
ジジィが入れたコーヒーを受け取ると、一口だけ口に含んでソーサーごと机の上に置いた
「いえいえ、どういたしまして。……穂満様が自然にお痩せになるとは、職場で何かございましたかな?」
穂満は頭を少し掻くと、声のトーンがワントーン落とした。
「はい、実はそのことについてご意見を頂戴したいなと。実は—— 魔法省の幹部の一人が行方不明になりました」
「行方不明? 詳しく頼みます」
「皆さんは六芒星ってご存知ですよね?」
「もちろん存じ上げているつもりですが……。国の魔法開発の方向性を決める魔法省の意見箱でしたかな?」
六芒星を知らないものはこの国にはいない。
日本の魔法使いの内、選ばれし優れた者達のことで、彼らは国の魔法開発の方向性について自分たちが集めた魔法知識をもとに、色々と意見する識者のことだ。
その上にまた色々とお偉い方がいるわけだが、彼らの与える影響力もとても大きいと聞いている。
「その通りです。彼らは六人いることから、六芒星と言う名を持っています。——しかしそのうちの一人がこの前から行方不明となっています」
穂満の額にまた玉のような汗が滲み始めた。
彼はまたハンカチを取り出してはそれで拭った。
「この前とはいつのことですか?」
「一週間前です。いなくなったのは有馬聖号と言う者で、スクロール工場の視察時に“忽然”と姿を消したそうなんです」
「……“忽然”とかぁ。それはまた不思議なもので大変ですね。その時の映像などはありますか?」
「それがちょうど監視カメラのないところで消えたらしくよくわからないのです…………。しかしお付きの者と工場の者が口々にそう言いますのでおそらく、“そうだろう”と」
「そんな適当な……。それだと確かに穂満さんの調べることが増えて痩せそうですね」
目の前の男、穂満政作はただの魔法省の役人ではない。
肩書きは魔法省特別監査室の室長を務めている。
やることは魔法省内で誰か違反行為をしている者がいないか調べ、もしいるのならばお上にその情報を伝えることである。
つまり今回の一件で彼が動いているということは、魔法省で誰かが違反行為を行った結果、その六芒星の一人の姿が消えたと睨んでいるのだろう。
汗を拭いつつ、ハァ、とため息をつきながら彼はまた話を続けた。
「そうなんだよね〜。でも自然と人が消えるわけがないからさ、調べることが多いんだよね。今回目星はついているんだけれども、いかんせん証拠や手がかりすらも少なくて……。立つ鳥も痕を濁して欲しいものだよ」
「目星とはどのようなものでございましょうか?」
ジジィは自身で入れた紅茶に口をつけながら尋ねた。
「皆さん、悪魔の召喚ってご存知です?」
「悪魔の召喚? そんなことできるんですか? アニメかなんかでしか見たことないです」
「実は最近、日本の古代遺跡からそのようなことができると記述された魔法陣が発掘されたようで、魔法省内部では大騒ぎでした。悪魔なんて空想上の生き物だと思っていましたから、私も本当にそのようなことができるのか今でも半信半疑なのですが……」
「興味深いですね。続けてください」
「はい、六芒星の議会では実態のつかめないこの魔法陣の研究が進められていましたが、結局は解明がさほど進まず、お蔵入りとなっていました。……それが最近になって再び調べようと言うものが現れたのです」
「それが有馬聖号ということですかな?」
「いかにも。あの保守派の有馬が悪魔召喚の研究を強く叫び始めたのが二週間前のこと。それまではやめたほうがいいと言って反対側についていたのですが、人が変わったように寝返ったのです」
「その口ぶりだと、他にも研究をしたがっている人がいたのですか?」
「はい、ちょっと失礼」
流石に喉が乾いたのか、置いておいたコーヒーをゴクッと一気飲みすると、ハンカチでまた口の端を拭った。
「有馬が研究しようと言ったら、他の六芒星の黒江と細萱もその研究にとても協力的な姿勢を見せました。細萱に関してはもともと研究したがっていた人間でした」
「なるほど。悪魔の研究に人の失踪……。強く関連がありそうですね」
「だから六芒星だけに目“星”がついているといった具合ですかな」
ホホとジジィはキメ顔をしたが、穂満さんも俺も彼のギャグにはついて行けず思わず苦笑い。
そんなリアクションにジジィはウケなかったのか、と冷静になって黙り込んだ。
「……なんとなく穂満さんの依頼内容がわかりました。では手始めに魔法省の中を見学させてもらいましょうか。俺も情報を集めないことには仕事ができません。……なんとかならないかな?」
手を合わせながら、俺のできるいっちばん可愛い顔で穂満さんに、オ・ネ・ガ・イと言ったものの、彼はえぇ見学!? と言いながら頭を抱えた。
国の機関であるだけに、外部のものを連れ込むのはそう容易ではないのだと思われる。
しかしこの男もそれなりの地位を築いてきているので人っ子一人内部に入れるのはそう難しくないはず……だ。
「見学ともなると厳しいけど、私が網島くんを魔法省に招いたという形なら君でも入れるかな……。手続きに時間がかかるから今日は流石に無理だけど、明日とかならいいかい? あっ、学校とかあるか……」
「大丈夫です。どちらにしろ引きこもりなんで大事な予定とかはないですよ」
「——それなら、今回も調査よろしく頼むよ。報酬は追ってジェイガンさんと話し合っておくことにするよ」
俺はジジィを見ると、ジジィは、あとはお任せ下さいと頷いた。
俺はこれ以上話すことが無いので立ち上がった。
「では穂満さんも達者で」
「何言ってるんだい、すぐ土曜日にも会うだろう?」
「いや、リンク君人形を向かわせるので」
「そうだったね。ではまたリンク君本人に会う日は遠くなるかもしれないけど、達者でね」
「はい!」
では、と言いつつ退室する。
彼は自分の正体を知る数少ない人間の一人だ。
そんな彼に出会えて嬉しいと思うし、魔法省というライバルが多い職場で忙殺されないことを願う。
こうして、俺はこの事件の真相を突き止めることになった。




