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13、噂をすると寄ってくる

 俺は気になる点を見つけた。

 それは日付である。


(彼女は2年前に既に入国しており、それ以来出国していない……)


 それはつまり、彼女が永住権を獲得していないものの、なんらかの理由で定住者となって在留資格を得たということ。

 しかし定住者となるには特殊な状況でないといけない。


 ——もしかすると彼女の家庭環境は少し変わっているかもしれない。


 また、もう一つ可能性があるとするならば、この高校は国が運営している高校であり、国と言っても細かく言えば魔法省という役所が管理している学校だ。

 もし彼女の背後に魔法省がついているならば、なんらかの意図を持って彼女はこのクラスに“送り込まれた”という風にも考えられる。


 ——考えすぎか?


 いや、りったんを守るためにはどのようなことにも細心の注意を払っておいて損は無い。ジジィにあとで相談しておこう。


 モニターを見るといつの間にかホームルームが終わっており、クロエは席についていた。

 場所としては俺からりったんを挟んで右手側。

 彼女はリンク君人形が顔を向けていることに気づくと、うっとおしそうに睨んで威嚇して来た。

 俺は人形にさりげなく会釈をさせておく。

 その時、モニターに映り込んだものがいた。


「——網島君。昨日はありがとうございました」


 クラス委員長の禄畳さんだ。

 手にはタブレットを抱え、こちらの表情を伺っている。


「いやいや、どういたしまして。——どう? データはコピーできた?」


「はい! しっかりと! 全部!」


「それは良かった」


 話しながら俺はタブレットを受け取る。

 彼女の目的は達成されたようで、今後また関わることは少なくなると良い。

 また、彼女を疑っているわけでは無いが、念のために後でカスタムスキャンをこのタブレットにしておこう。


「本当にありがとうございました。網島君って魔法陣得意なんですね!」


「——網島が魔法陣が得意? それは初耳だな」


 蒼井が振り返って委員長を見た。


「蒼井君は知らないんですか? ——網島君の教科書、とても細かくメモがされてて見やすいんですよ?」


「いや、俺はこいつが授業ではいつも苦戦していたから、少しおかしいなと思ったんですが……」


 蒼井も委員長を前にすると、少し敬語になってしまうらしい。

 俺もいま、委員長との距離感の取り方を決めあぐねている。

 俺はこれ以上話を広げたくなかったので、とっさに嘘をついてしまった。


「う〜んと、あのメモは同居人に教えてもらって書いたものなので、決して俺が一人で書いたものでは無いですよ」


「同居人の方ですか?」


「そう、なんでも昔学校の先生をやってたみたいで……。いまではおじぃちゃんだけど結構いろいろと教えてくれるんです」


「そうなんですね。どおりで習ってないところまで完璧だったんだ……」


 彼女は何か納得したように口に手を当てた。

 ジジィ、いつもありがとう。

 今後とも俺の盾になってくれ。


「網島、お前いつも難しそうな本を読んでるけど、あれは……」


「あれは趣味だよ。別に勉強とか関係なくただ単に興味を持ってるだけ」


「そうか……。じゃあ、あの本理解できたら今度俺にも教えてくれよ」


「やだよ、自分で読めよ、あの本で殴るぞ」


「鈍器はやめてくれ」


「——お二人って仲いいんですね」


 この時、俺と蒼井の間に微妙な空気が流れた気がするが、クラス委員長は気にもとめていない。

 それどころか、時計を見ると何かを思い出したかのように


「私次の授業、板書当番でした。それでは」


と言って急いで席に戻って行った。

 残された俺たちは特に話し合うこともなかったので、前を向いて次の授業の準備をした。




 クロエはとても良くできた人間であった。

 人間として人格ができているかでは無く、とても優れた能力を多数持ち合わせていた。


 数学の時間、抜き打ちテストでは満点。

 これは難易度がそれほど高くないものであったが、続く魔法陣の授業でも、蒼井、禄畳を抜かして最も早く終わった。

 体育は男女別にやる内容が異なるために様子はわからなかったが、サッカーではシュートをものすごく決めていたらしい。

 そのおかげでクロエのいたチームは勝ったらしく、授業後の教室では女子サッカー部の人たちが教室に押しかけて勧誘をしていた。

 昼休憩となった今では彼女の周りに自然と人が寄って来ており、5、6人に囲まれている。

 しかし彼女は積極的に会話をしている様子はなく、どちらかというと彼女に話しかけている者の元気が空回りしているようにも見える。


「クロエさん、気になるのか? 彼女も美人さんだよな」


 片手にサンドウィッチを持ちながら蒼井が話しかけて来た。

 俺がチラチラと彼女を見ていたことに気づいたのだろう。


「確かに美人だと思うけど、彼女、少し妙なところがあるよな」


「例えばどんなところだ?」


 蒼井は全然わからないといった様子でサンドウィッチを頬張る。


「——例えば足だよ。彼女の左足、よく見ると包帯が巻いてあるけど、体育では校庭を走り回っていたらしいじゃないか」


「包帯? ……言われて見るまで気がつかなかった。……確かに、靴下の下からそれらしいものがはみ出ているな」


「——趣味で包帯を巻いているんじゃなかったら、怪我していることになるが別に生活にさしたる影響もない様子……。不思議だ」


「いや不思議なのはお前の視線だよ。あの包帯だって凝視していなけりゃわからないぞ? 変態か?」


「……変態なのは認める。だけど他にも納得のいかない点がある」


「……どんな所だ?」


 サンドウィッチは3口ほどで消えて行ったらしい。

 蒼井は次のサンドウィッチに手をかけている。

 俺は話を続けた。


「彼女、教科書を誰にも借りていないけど、なぜ課題をこなせているんだ? いくら頭がいいからって課題の内容が分からなかったら解けないはずだろ?」


「——あれ? 俺は教科書読んでるからてっきり揃えていたのかと思ったけど」


「いや、あれは違う本だ。確かに表紙は似ていたが、内容は別物だろう」


「ふーん。確かに気になるな」


 蒼井も彼女を横目で見やった。


「ところで網島、そういえばこんなことを聞いたぞ」


「ん? なんだ? 釜瀬あたりに聞いたのか?」


「そう。それがな——彼女、決して人の手を借りないんだそうだ」


 興味深い話に、俺は思わず身を乗り出してしまう。


「ほう、彼女が完璧だから、誰も手を貸す必要がないからじゃないのか?」


「でもクラスの女子たちが色々な噂をしていたぞ。……例えば、移動教室の時にあったことらしいんだが…………」


 蒼井が言うには、クロエが移動教室の際に場所がわからないようだったので、釜瀬が「一緒に行こう」と誘ったところ、「一人で頑張ってみる」と即答で誘いを断ったそうだ。

 結局彼女は釜瀬の後ろについて来たらしいんだが、それならわざわざ断る必要はないんじゃないかと、釜瀬が愚痴をこぼしていたらしい。

 先ほどのサッカーでは、パスを要求している仲間がいるのにもかかわらず自分でボールをキープし続け、ゴールまでボールを運んでいたそうだ。

 結果的には大成功だったものの、彼女にボールを持たせると誰にも渡さなかったというのはあまり良い印象を持てない。 

 でも女子というのは不思議なもので、相手にあまり良い印象を持っていないものでも現在クロエとは仲が良さそうに喋っていた。

 会話する時には裏の顔を隠しているのだ。

 そういうことを言えば俺も同類であり、あながち女子に限定するのは良くなかったかもしれない。

……だけどりったんが裏の顔なんて持ってると思った日には俺超落ち込むかも。


 蒼井は噂話をあまりしない性格なので色々喋ってくれたのは珍しい。

 彼自身もそれに気付いたのか、蒼井がうまいこと話を丸めて切り上げようとしていたのだが、右手側の席から立ち上がってこちらに話しかけて来たものがいた。


「ちょっとあなた達。 何こそこそと喋ってるのかしら??」


 クロエさん本人だ。別に俺たちが大きな声で話していたわけではないが、彼女は耳がいいのか話しが終わった時に声をかけて来た。

 蒼井はやっちまったな、という顔をして肩をすくめている。

 クラスの生徒達も何が起こった? という興味を持ってこちらに注目していた。

 噂の本人は俺たちの席の前に来ると、腕を組んだ。


「で? 私について話していたみたいですけど??」


 いたずらっぽい笑みを浮かべると、上から俺たちを見下ろした。

 蒼井はどうにかしろよ、というアイコンタクトを俺に送って来た。

 彼はこういう場面にあまり慣れていないらしい。

 女子の前ではイケメンで優男という立ち回りをしてきたのだ。

 無理もない。

 俺きっかけで彼を巻き込んでしまったのだ。

 俺だけでなんとかしよう。


「ベルナードさんが可愛いな、という話をですね……」


「——ちょっと、話をはぐらかそうとしても無駄よ。 で? ……何を喋ってたの?」


 こいつ、若干Sが入っているのか?

 この状況を若干喜んですらいるように見える。

 もしかすると周囲の女子も、楽しそうに喋っていたのではなく知らず知らずのうちに手懐けられていたのかもしれない。


「ベルナードさんはどうしてそんなに日本語が上手なんですか?」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは才能でカバーした結果よ。それよりもさっき、一人でボールがなんとかとか聞こえて来たけど、そのことについて詳しく教えてくれないかしら」


話をそらそうとしても堂々巡りとなってしまうと思ったので、俺は素直に先ほどの疑問を彼女に聞いてみた。


「……その…………、足なんだけどさ、なんで包帯を巻いているんだ?」


 クロエは一瞬わからなかったようだが、自分の靴下からはみ出ている包帯に気づくとはっとなってあたりを見回した。

 しかし、俺が指摘した時に皆もそれに気付いたらしく、包帯には視線が痛いほど突き刺さっていた。


「こ……これは…………、以前怪我していたところで今はすっかり治ったのよ。私取り忘れていたみたい」


 とっさに靴下の下に包帯をしまう。

 先ほどまで組まれていた腕はいつの間にか宙を泳いでおり、クロエはあたふたしていた。

 これは意外にも急所だったようだ。

 しかし、藪をつついても良いことはあまり起こらない。俺はあっさりと話を切り上げた。


「そうか、野暮なこと聞いたな。さっき蒼井にも趣味が悪いって注意されたんだ。ごめんな」


「……そうよ! 人のいる前で、噂話なんてするものじゃないの。やめてよね!」


 クロエは不服そうだが、俺にはホッと一息ついたかのように見えた。

 ますます包帯の事が気になる。

 特に、その下には何があるのか。

 その時、おはよ〜とのんきそうな声でりったんが教室に入って来た。

 もう既に昼だというのにこんにちはではなく、おはようをチョイスしてくるあたり芸能人の癖が出てしまっている。


 りったんは目があう人たち全員に挨拶を返しながら、こちらへ向かってくると、クロエの存在に気づき、一瞬首を傾げた。


「え〜っと……、こんにちは。大園莉子です!」


 りったんは腰を折り曲げ丁寧なお辞儀をすると、ニコッと微笑んだ。

 おはようじゃなくてこんにちはと言っているところはスルーしちゃうほどきゃわいぃ。

 あぁ、推しが尊い。


 話しかけられたクロエはというと、りったんの登場にさしたる驚きもなく元気よく挨拶をした。


「私はクロエ・ベルナードと言います。今日からこのクラスでお世話になる留学生です」


「クロエさんですか。こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人の美少女転校生が顔を合わせ、挨拶をする。

 俺得な光景で目に焼き付けておこうと思ったが、クロエの体が左右に揺れているのに気付いた。

 どうにも落ち着きがない。

 でも表情から察するに、りったんに会えて嬉しいからそわそわしているわけではないと思う。

 むしろ、——とうとう会ってしまい緊張しているように見える。


 ——これは勘だが、彼女はりったんに関して何かを隠している。


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