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12、女子の噂は的を射る

 ——引きこもりの朝は早い。


 腕立て、腹筋、スクワットといつも決めているメニューをこなさなければならないからだ。

 もちろん、柔軟も忘れないことで怪我予防にも余念はない。

 朝食もすでに食べた。その分頭もスッキリしている。


「そろそろだな……」


 俺は椅子に座ると中央のモニターを注視した。自分とそっくりの人形が分厚い本を読んでいる。

 すると、おはよう、おはよう、と爽やかな声が扉口から聞こえて来た。

 その人物は俺の前席にやってくると、カバンを脇において、こちらに半身を預けた状態で話しかけて来る。


「オッス、網島。なんだよお前、昨日モテモテだったらしいじゃないか」


「何もなかったよ。蒼井、お前何を聞いたんだ?」


 いつも通りの時間に蒼井はやって来て、ちょっかいをかけて来た。


「昨日、下駄箱で大園さんと禄畳さんと喋ってたんだろ? ——聞いたぞ。陰キャオタクが美少女達を引き止めて返そうとしなかったとかなんとか、噂になっているし」


「それには誤りが多分に含まれてるぞ。それにしても禄畳さんってクラス委員長のことか?」


「何だよお前、クラスメイトの名前覚えていなかったのかよ」


「悪い悪い。正直お前の名前も蒼カビっていう名字しか覚えていない」


「お前の頭の中がカビてるから、そんな覚え方になるのかもな。ちなみにクラス委員長の名前は禄畳紬さんだ。今のうちに覚えておけよ」


「助かった。サンキュ」


 人の名前を覚えてこなかったのは申し訳ない。

 ただ、覚えても呼ぶ機会がないと思っていたのでしょうがない気がする。

 俺と蒼井が話している中、そこにある人物が割り込んで来た。


「蒼井君、おっは〜!」


「……釜瀬さん、おはよう」


 俺に蒼井が絡んで来て、そこに釜瀬が入ってくるといういつもの流れは変わらない。

 きっと皆、体の中に時計でも埋め込んでいるに違いない。


「蒼井君、知ってる? 今日もまた転校生が来るんだって!」


「大園さんに続いて、……また転校生?」


「そう! 昨日寺田先生がぼやいてたのを聞いちゃった子がいるらしくてね、今、噂になってるの」


 釜瀬は得意げそうに話す。


「——正直、入学式を終えてまだ1ヶ月も経ってないのにこうも転校生が多いと、入試って何だったのかって思っちゃう」


「確かに立て続けに転校生が来るのは珍しいしね。無理もないよ」


 そうだよな。

 俺ですらりったんはどうやってこの学校に入って来たのか不思議なのだ。

 それに加えて転校生が連続して入って来るのも偶然起こりうることなのかも怪しい。

 これは調べる必要があるかもしれない。


「そういえば大園さん、来てないね。ギリギリで登校してくるのかな?」


 今さら気づいたように釜瀬は辺りを見回したが、おそらく先ほどの話をするにあたってりったんが来ていないことはもともと気づいていただろう。

 釜瀬は口が軽そうだが、話す場所は考えて行動している気がする。

 そんな彼女の言葉に蒼井も頷く。


「確かにまだ来ていないね。——ギリギリになったら来るのかな?」


 しかし曖昧に答える彼に、俺はもどかしくなって彼らの会話に割り込んでしまった。


「いや、おそらく大園さんは昼頃に来るよ」


 俺が割り込んでしまったせいで釜瀬はわかりやすく不機嫌になった。


「オタク、あんたには言ってないんだけど」


 そんな空気を和らげようとイケメンくんは話を戻した。


「網島は昨日何か聞いていたのか?」


「いいや、……コレ」


 俺はそう言って2人にスマホのページを見せる。


「ええっと、……ニュースすっきりモーニングに人気アイドルグループのスターダストが生出演?」


「そう。りったんは今日の朝の生放送にグループで出演しているんだ。だからそれが終わり次第くるんじゃないかな?」


 ちなみに、その生放送というのは自室の左下のモニターでちゃっかり視聴中である。

 にこやかなグループのメンバーが週末に行われるライブの宣伝をしている。

 リアルタイムで生放送を視聴するという“推し”事ができるのは、引きこもりの特権である。


「——ふ〜ん」


 釜瀬は俺のスマホを取り上げると、番組の情報について詳しく見始めた。

 正直、りったんファンの俺からすれば“常識”なのだが、クラスメイトという奴は番組の出演情報を逐一頭に入れてないらしい。


 ある程度画面をスクロールさせると、釜瀬は満足したのか、はい、と言ってスマホを突き返して来た。

 俺(リンクくん人形)はそれを受け取った。

 すると釜瀬は何かに気づいたかのように背筋をピンと伸ばし、スカートのポケットからハンカチを取り出すと、一生懸命手を拭き始めた。


「——オタクが感染る! どうしよう!?」


 しかしそんな彼女を蒼井がたしなめた。


「釜瀬、それくらいにしとけ。流石に網島に言い過ぎだぞ」


 蒼井にそう言われると、釜瀬はだってと口をとんがらせながら手を止めた。

 俺は何も見ていないふりをしてまた本を読み始める。


 そんな時、席につけ! と言う声が教室に響き渡った。

 担任の寺田先生が入って来たのだ。

 生徒たちは慌てて席へと戻って行った。


「今からHRを始める! クラス委員長」


「——はい! 起立!」


 小動物のようなクラス委員長が声を張り上げる。

 それに従ってクラスの生徒たちが、休め気をつけ礼というルーチンをこなし席に着くと、寺田先生はクラスを見回しながら話し始めた。


「連日ですが嬉しいお知らせがあります」


 どうやら、噂の転校生のことだろう。

 しかし転校生の存在を知っている者は俺たちだけではないようで、驚いている者は少なかった。

 先生は廊下の方に、入って来て、と手招きをした。

 この光景は昨日も見ており、デジャビュも甚だしい。


 ——入って来たのは金髪の少女だった。

 二つの瞳は空のように澄んでおり、容貌は古風な人形<アンティークドール>のようである。

 そして息を吹きかけるだけでそこかへ飛んでいってしまいような儚さを持っていた。

 彼女は教卓の横に並ぶと、スカートの端を持ち上げながら足を軽く交差させ、ごきげんよう、と礼をした。


 クラスの空気が止まった。

 りったんに続く美少女の登場にクラス全体が緊張している。

 昨日はりったんに皆驚いていたが、今日入って来た少女もそれに劣ることなく皆の注目を一気に集めていた。


 しかし彼女はというと、さして気にしていない様子で平然とチョークを握り、黒板にChloe・Bernardeと横文字を書いている。

 チョークが板を擦り付ける音だけが、教室の中で反響していた。


「——クロエ・ベルナールドと言います。フランスから留学という形でこの学校に来ました。……よろしくお願いしますね」


 必要以上に語ってくれなそうな人である。

 それと共に必要以上に人と関わらなそうな人であるとも言える。

 声ははっきりと音が通っていたが、必要以上には大きな声を出していないようにも見えた。 

 そんな彼女について、担任の寺田先生は説明を捕捉した。


「えークロエさんはフランス出身で、この度はこの高校に留学という形で一緒に勉強することになりました。みなさんよろしくお願いします」


(留学かぁ……。それも御フランスからとは……)


 自室で今の情報を反芻する。


(早速調べてみるか)


 キーボードを操作して自作ソフトを開いた。


「入国……管理局のアドレスは…………っと」


 自ら考案したこのソフトを使って入国管理局には過去幾度となくハッキングを行ってきた。

 その分、毎日細かなブラッシュアップやアップデートを行わないといけないので大変ではあるが、バレずにハッキングできる安定感はその成功回数で勝ち得て来た。

 今回はハッキングすることでこの少女の過去の足取りをつかもうと思っている。


 ハッキングできた。

 クロエ・ベルナード。

 過去に度々海外に渡航している。

 出身国もフランスで正しい。


(——でも)


 俺は気になる点を見つけた。


2018/04/11 Chloe・Bernard → Chloe・Bernardeに変更しました

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