第71章『沈みゆくフロスト ヴァイス城』その3
落ち延びた先は、都の郊外に佇む荒れ果てた古い別邸だった。
王太后妃から贈られたかつての別邸であった。長年放置されていた館は埃にまみれ、夜風が隙間風となって吹き抜ける。
「こんなボロボロなお屋敷で暮らすなんて……」
侍女たちが不安と疲労から再びすすり泣きを始める中、シャルロッテは迷わずドレスの袖をまくり上げた。
「泣いていても暖炉に火は点りませんし、明日のパンも手に入りません。エミーナ、ロゼッタ、まずは井戸から水を汲みましょう。全員が今夜横になれる場所を作ります」
「お嬢様、そのようなお仕事はお控えください!」と焦るエミーナを制し、シャルロッテは自ら雑巾を手に取り、床を磨き始めた。幼い頃、祖父の旅に同行した際に学んだ野営の知恵と度胸が、いま存分に発揮されていた。
翌朝、シャルロッテは手元に残されたわずかな宝石類を机に並べた。
「これらをすべて売り払い、当面の生活費と事業の元手にします」
「じ、事業……ですか?」
驚くロゼッタに、シャルロッテは力強く頷いた。
「貴族としての誇りだけでお腹は満たされません。一族を養い、北方に囚われたお祖父様たちへ差し入れを送るには、自ら金を稼ぐ術が必要です」
彼女が目をつけたのは、都の貴婦人たちが求める極上の刺繍製品と、精巧なからくり玩具の制作だった。かつて趣味で嗜んでいた手芸と、凧を作っていた器用さを活かし、シャルロッテは世間知らずの淑女から、一族を率いる「商人」へと変貌を遂げようと考えていたのであった。
◇
数日後。平民の質素なドレスに身を包んだシャルロッテは、手作りの品を手に、王都の賑やかな市場へと踏み出した。
その道中、背後に気配を感じて足を止める。路地の影から現れたのは、黒衣の外套を羽織った男――黒鷲騎士団長、ギルバートだった。
「没落した伯爵家の令嬢が、このような下町で何をしている」
氷のように冷たいギルバートの問いに、シャルロッテは臆することなくまっすぐ彼を見つめ返した。
「生きるため、そして家族を守るためです、総長閣下。家柄を奪われても、我が一族の尊厳まで奪われたわけではありません」
その瞳に宿る不屈の光に、ギルバートは一瞬言葉を失う。ただの哀れな犠牲者ではなく、逆境を自らの力で切り拓こうとする意志。
「……王都の陰謀は、お前が考えているほど甘くはない。調子に乗れば、その命すら失うぞ」
警告ともとれる言葉を残し、ギルバートは闇へと消えた。だが、その背中を見送りながら、シャルロッテは気づいていた。彼が自分たちを監視しながらも、密かに刺客の脅威から守っていたことに。
シャルロッテは深呼吸をすると、自分を鼓舞するよう空を見上げた。




