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第70章『沈みゆくフロスト ヴァイス城』その2

一夜にして領地と財産を没収され、一族の男性陣を連れ去られたヴァルデック城。かつての栄華が嘘のように静まり返った大広間には、泣き崩れる婦人たちと、何が起きたかも理解できずにおびえる幼い子供たちの姿だけが残されていた。


呆然自失となる親族たちの中で、シャルロッテはまっすぐに背筋を伸ばし、大広間の中央へと歩み出た。


「皆様、泣いている暇はありません。黒鷲騎士団の手によって、間もなくこの城も封鎖されます。着の身着のままで追い出される前に、今すぐ各自の部屋に戻り、持ち出せる限りの衣類と最低限の貴重品を纏めなさい」


凛とした声が広間に響き渡る。取り乱していた叔母や従姉妹たちが、ハッと息をのんでシャルロッテを見つめた。


「ですがシャルロッテ様、私たちはこれからどこへ行けば……!」


不安に震える従姉妹の問いに、シャルロッテは揺るぎない瞳で答える。


「王都の郊外にある、我が家が所有していた古い別邸……あそこなら、没収の目録から漏れているはずです。まずはそこへ身を寄せます。エミーナ、ロゼッタ、幼い弟たちと年配の婦人たちを誘導して」


「は、はい、お嬢様!」 エミーナは涙を拭うと、すぐに子供たちの手を引いて動き出した。ロゼッタも青ざめた顔ながら、シャルロッテの毅然とした姿に勇気を得たように深く頷く。


「畏まりました! ロゼッタ、お嬢様の身の回りのお荷物をおまとめします!」


一刻を争う事態の中、シャルロッテの迅速な指揮によって、残された女子供たちはパニックを脱し、身支度を開始した。



一方、フロスト ヴァイス城の城門前。


北方の流刑地へと引き立てられていくフリードリヒ卿ら一族の男たちの列を、黒馬に跨がったギルバートが見送っていた。その時、部下の一人が歩み寄る。


「総長、城内の女子供の退出準備が整いました。しかし……ヴァルデック家の孫娘、シャルロッテ令嬢の動きが気になります」


「何があった」


「取り乱す親族を自ら指揮し、整然と避難の準備を進めております。悲鳴一つあげず、財産の隠蔽ではなく、一族の生存に必要な最低限の物品のみを冷静に確保させている模様です」


ギルバートは無言のまま、夕闇に包まれつつある城を見上げた。


かつて数々の名門貴族が騎士団の強制捜査に直面し、泣き叫び、懇願し、見苦しく自滅していく姿を嫌というほど見てきた。だが、あの凧を揚げていた娘――シャルロッテは違った。


(家柄に守られた飾りの淑女ではなかったか……)


ギルバートの胸に、かすかな興味が芽生える。誇りを捨てず、絶望の渦中でなお前を向くその強さ。


「……追撃も妨害も不要だ。定められた法に従い、城の封鎖のみを完了させろ」


「はっ!」


ギルバートは漆黒の外套を翻すと、静かに馬を歩ませた。



夜陰に乗じ、ヴァルデック城の通用門から静かに出ていく一団があった。豪華な馬車もなく、徒歩で寂しく都の郊外を目指す女たちの列。


シャルロッテは最後に一度だけ振り返り、かつて自分の家であった巨大な城塞を見上げた。冷たい秋風が彼女の頬をなでる。


(お祖父様、お父様……必ずや皆様をお救いし、セレスティア家の名誉を取り戻してみせます)


守られる立場だった少女は、一族の命運をその細い肩に背負う「当主」として、踏み出した。


暗闇の続く街道の先、彼女たちの前に待ち受けるのは、生き残るための苛烈な困窮と、王都を揺るがす巨大な陰謀であった。

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