第7章『湖畔の調べ、五月の奇跡』
5月の第1週。
クリスタリア湖の澄んだ水面に、朝日がキラキラと反射していた。その中心に毅然とそびえ立つフロスト ヴァイス城は、今日ばかりはいつもの厳かな静寂を脱ぎ捨て、まるで生き物のようにざわめいていた。
「おい、そこの樽をもっと右に寄せるんだ! 違ーーう! それじゃあ馬車の動線が塞がるだろうが!」
正面広場で声を張り上げているのは、セレスティア伯爵家の家令を務めるルイス(二十九歳)だった。若くしてこの巨城を取り仕切るトップの男性使用人である彼は、前家令の息子という血筋もさることながら、その賢さと誠実さ、何より生真面目な仕事ぶりで絶大な信頼を集めている。手にした帳簿へ素早く羽根ペンを走らせ、高級ワインの在庫状況と他の男性使用人たちへの指示を同時にこなす姿は、まさに完璧の一言だった。
「ルイス、そんなにカリカリすんなって。せっかくの五月祭なんだからさ、もっと心に余裕を持とうぜ?」
からかうように声をかけたのは、ガブリエル(二十歳)だった。伯爵家の長男フィリップの息子であり、「孫一号」として一族の跡取り候補に数えられる青年である。一見すると軽薄そうだが、実は家族の中で一番の常識人であり、常に周囲を冷静に観察しては鋭いツッコミを入れる役割を担っている。もちろん、一族のしきたりや家長への従順さは忘れていない。
「ガブリエル様、そうおっしゃいますが、今日は領民たちも招いての大規模な春の祝祭なのです。不手際があってはセレスティア伯爵家の名に傷がつきます」
「はいはい、お堅いねえ。まあ、じいちゃんが喜べば万事解決だろ?」
ガブリエルが視線を向けた先では、本日の主役であり、この家の絶対的家長であるフリードリヒ――セレスティア伯爵が、白髪のチョビ髭を誇らしげに震わせていた。頭頂部が少々寂しい半ハゲの容姿ながら、その眼光は未だ鋭い。その隣には、彼の妻であり、穏やかで従順な伯爵夫人ヴィクトリアが、夫に寄り添うように優しく微笑んでいる。
「うむ! フィリップ、祭りの準備の進捗はどうだ?」
「あ、はい! 父ちゃん。一応、順調に進んでいる……と思います、はい……」
フリードリヒに気圧されながら答えたのは、伯爵家長男のフィリップだった。次期世継ぎとしては少々心細い性格だが、親にとっては非常に従順で、気立ての良い息子である。その様子を見て、彼の妻であるアデライーデが「まあまあ、あなたなら大丈夫ですよ」と天然な調子で夫をフォローしていた。彼女もまた、穏やかで従順な、絵に描いたような良き妻であり母であった。
「ふん、心許ない。お前たちを見ていると、本当に我が家の未来が心配になるわ」
冷ややかに言い放ったのは、フィリップの妹であり、出戻り伯爵娘のクララだった。彼女は結婚したものの、色々とあって息子のオリバーを連れてこの実家に戻ってきている。その息子オリバー(十六歳)はというと――。
「ふんぬッ! ふんぬッ! ……よし、今日も大胸筋のパンプアップは最高だ!」
城の柱にしがみつき、自重で懸垂を繰り返していた。シャルロッテの従兄弟にあたる彼は、整った顔立ちに反して重度の「筋トレマニア」であり、周囲からは密かに「変態少年」と呼ばれている。
「ちょっと、オリバー! 晴れの舞台でなんて格好をしてるの! 恥ずかしいから今すぐその泥だらけのシャツを着替えなさい!」
鋭い声で一喝したのは、この物語の主人公であり、フロスト ヴァイス家の令嬢、シャルロッテ(十七歳)だった。
美しいドレスに身を包んだ彼女は、まさに城に咲く大輪の薔薇のようだったが、その背後には二人の美少女侍女が控えていた。一人は、すでに感動と緊張で目を潤ませている泣き虫なエミーナ。もう一人は、シャルロッテの冷たい視線に「ああ、お嬢様のその蔑むような目……ゾクゾクします……」と頬を染めている黒髪美少女のロゼッタ(ドM)だった。二人は趣味嗜好こそ極端だが、シャルロッテとは大の仲良しである。
「まったく、男手が多くてもこれじゃあ役に立たないわね」
シャルロッテがため息をつくと、すぐ横から「それは教育が足りないからですわ、お嬢様」と妖艶な声が響いた。
家庭教師のイザベラだった。主に令嬢や幼い子供たちに教養を教える知識層の女性……のはずなのだが、彼女の服装は明らかに不穏だった。深めのスリットが入ったロングスカートからは、網タイツに包まれたしなやかな脚がのぞき、胸元はこれでもかと深く開いて豊かな谷間を強調している。一言で言えば、ただの「エロビッチ」であった。
「イザベラ、あなた今日は領民の子供たちも来るのよ? 少しは目のやり場を考えなさい」
「あら、これこそが『大人のマナー』というものですわ」
クスクスと笑うイザベラを、中年の貫禄たっぷりの女性が睨みつけた。
この城のメイド長であり、家政婦長として女性使用人全体を統括するフィロレンツァだった。いろんな意味で優秀かつ剛腕な彼女は、鍵や備品の管理、部屋の清掃チェックから女性スタッフの雇用指導までを一手に引き受ける、城の裏の支配者である。
「無駄口を叩いている暇があるなら動きなさい! ハウスメイドのベルナデット! 雑用メイドのロザリン! 持ち場はどうした!」
「すでに最合理、最速、完璧に各部屋の清掃と暖炉の灰掃除、ベッドメイキングを完了しております。話しかけないでください、効率が落ちます」
眼鏡をクイと押し上げ、恐ろしいスピードで廊下を駆け抜けていったのは、『メガネのナデット』ことベルナデットだった。彼女は仕事中に話しかけられると激怒するほどの完璧主義者である。
一方、雑用メイドのロザリンはというと、
「もぐもぐ……ふぇ? あ、はい! 水の搬入と洗濯、いつでもいけます!」
豊かな胸を揺らしながら、厨房からくすねてきたと思われる焼き菓子を必死に飲み込んでいた。働き者ではあるが、食欲旺盛でよく盗み食いをするのが玉にキズである。
城の外に目を向ければ、御者のギャレットが、馬車の運転や馬の管理の合間に、鶏小屋や豚、牛小屋の動物たちと「お前たちも今日はご馳走がもらえるからな……ぶつぶつ……」と寡黙に会話していた。さらに広大な敷地の庭園では、陽気な庭師のセオドアが、「ハッハッハ! 今年の五月祭は花が最高に見頃だぞ!」と、温室や菜園で育てた見事な花々を飾り付けていた。
こうして、城中の人間がそれぞれの思惑を抱えながら、春の祭典『五月祭』の幕が開けようとしていた。
◇
五月祭の成否を握るのは、何と言っても料理である。
フロスト ヴァイス城の広大な厨房では、ヴァイオレット料理長であるアドリアナが、ラベンダーのエースマークが刺繍された白い調理衣をまとい、鋭い指揮を飛ばしていた。彼女は和食、アジアン、フレンチ、洋菓子全般に至るまで、あらゆるジャンルを極めた料理界の巨星であり、今日の献立作成もすべて彼女の手によるものだった。
そのアドリアナの下で働くのが、料理人五人のエリート集団――通称『紫のヴァイオレット組』である。
彼らの白の調理衣の胸元と三角巾には、紫のヴァイオレットマークが付いており、これは「愛と料理に真心を捧げる」という固い誓いの証であった。
「いいかい、みんな。今日は領民たちも城に招く。高貴な方々だけでなく、すべての人々の胃袋を満たし、笑顔にする。それが私たちの使命だよ!」
「はい、シェフ!」
アドリアナの美しさと統率力に心酔する五人の声が、調理場に響き渡る。
まず動いたのは、アジアン・スパイス料理担当の蓮華(二十四歳、愛称レン)だった。彼女は寡黙でクール、情熱を内に秘めたミステリアスな女性だが、ハーブや香辛料の調合において右に出る者はいない。異国を旅した末にこの城へ辿り着いた彼女は、エキゾチックなスパイスの香りを漂わせながら、複雑なソースの調合を進めていた。
「レン、そっちの火加減は任せたわよ。こっちは極上のフレンチソースを仕上げるから!」
快活に笑うのは、ブーランジェリー&フレンチソース担当のシェリル(二十八歳、愛称シェリ)だ。陽気で頼れる姉御肌の彼女は、骨太なフレンチの仕込みから、毎朝のパン焼きまでを軽々とこなすパワーの持ち主である。昔気質の調理場からアドリアナの理念に救われて移籍した過去を持つ彼女は、レンとは軽口を叩き合う仲でもあった。
「ふふ、シェリルさんの焼くパンは、いつも本当に良い香りがしますね」
穏やかに微笑みながら、恐ろしい速度で魚の三枚おろしを終えたのは、伝統和食・出汁・包丁仕事担当の静香(二十九歳、愛称おしず)だった。凛とした大和撫子である彼女は、包丁捌きと出汁引きの精度において随一の腕を持ち、常に穏やかな笑顔を絶やさない『ヴァイオレット組のお母さん的存在』である。和食の修行中に女性としての立ち位置に悩み辞めた過去を持つが、その包丁仕事に一目惚れしたアドリアナ直々のスカウトによって、ここに居場所を見つけたのだった。同じく静かで献身的な彼女にだけは、クールなレンも心を許しており、よく仕込みの合間に二人でお茶を飲んでいる。
「おしずさん! こっちの野菜の下ごしらえ、これで大丈夫でしょうか!?」
元気いっぱいに声をあげたのは、組の最年少であるノエル(二十一歳、愛称ノノ)だった。下ごしらえと盛り付けを担当する彼女は、アドリアナの第一助手でもある。少々おっちょこちょいだが、前向きな努力家で、その愛されキャラゆえに組の全員から甘やかされている。アドリアナへの強い憧れから門を叩いた彼女は、今日もノートを片手に、アドリアナの右腕になるべく奮闘していた。
そして、この天才集団の中に、もう一人の『紫花組』がいた。
洋菓子・デセール全般を担当するパティシエ、ミレイユ(二十六歳、愛称ミレイ)である。彼女は繊細な手先と圧倒的な美意識を持ち、甘いお菓子で人を魅了する天才だったが、性格は極度のツンデレで不器用。アドリアナの美しさに心酔してここに来たものの、素直になれないのが彼女らしかった。
「ちょっと、シェリル! 私の新作スイーツの試作を、勝手につまみ食いしないでよね!」
「いいじゃないの、自称『最初の試食係』なんだからさ。どれどれ……うーん、やっぱりミレイの作るお菓子は天才的だわ!」
「なっ……! べ、別に、あんたに褒められたって嬉しくないんだからねっ!」
顔を真っ赤にするミレイユの後ろで、キッチンメイドのビアンカが「あはは、今日も仲が良いですね!」と明るく笑っていた。厨房の下ごしらえや食器洗いという大変な役回りを、文句一つ言わずにこなす彼女は、明るく前向きで非常に優秀な女の子だった。
「よし、全員、手を休めるんじゃないよ! 領民たちが広場に集まり始めた。私たちの最高の一皿を届けるんだ!」
アドリアナの凛とした号令とともに、城の厨房から、世界中の美味を凝縮したような至高の香りが、クリスタリア湖の風に乗って広がっていった。
◇
広場には、色鮮やかなリボンで飾られた大きな木の柱――『メイポール』が立てられていた。これは春のよみがえりと夏の豊穣を願う五月祭の象徴である。領民たちが集まり、音楽が奏でられる中、いよいよ祭りのメインイベントである『五月の女王』の選出が始まろうとしていた。
「今年の『五月の女王』は、当然、我がセレスティア伯爵家の令嬢、シャルロッテ様で決まりですな!」
フリードリヒがチョビ髭を撫でながら宣言すると、集まった領民たちから大きな歓声が上がった。シャルロッテは少しはにかみながらも、セオドアが用意した美しい花冠を頭に載せ、まさに春の女神そのものの神々しさで微笑んだ。
「ありがとうございます、おじい様。皆様、今日は身分の隔てなく、大いに楽しんでいってくださいね」
完璧な挨拶に、ガブリエルが「さすが俺の妹、外面だけは一級品だな」と小さくツッコミを入れ、隣のエミーナは「お嬢様、お美しすぎますぅ……」と早くも号泣している。ロゼッタは「ああ、花冠を載せられるお嬢様の手つき……私もあの手で踏みつけられたい……」と怪しい吐息を漏らしていた。
しかし、平和な時間は長くは続かない。
広場の隅で、何やら不穏な人だかりができていた。
「おい、見ろよ……あの家庭教師のイザベラって女……」
「なんて破廉恥な格好なんだ。子供の教育に悪いぞ……でも、目が離せない……」
領民の男たちが、イザベラの豊かな胸元とスリットから覗く網タイツに釘付けになっていた。当のイザベラは「あら、皆さん、春の陽気に誘われて元気があってよろしいわね?」と、妖艶な笑みを振りまいて男たちを骨抜きにしている。
「ちょっと、イザベラ! 祭りの風紀を乱すんじゃないわよ!」
フィロレンツァが剛腕を振り回しながら割って入るが、男たちの視線は今度は別の場所へ向かった。
「ふんぬッ! 筋肉こそが! 自然の豊穣を証明する最高の芸術だッ!」
なんと、オリバーが上半身裸になり、メイポールの横でポージングを決めていた。丸太のような腕肉と、バキバキに割れた腹筋が、五月の太陽にギラギラと輝いている。
「きゃあーっ!? 変態よーーっ!」と領民の娘たちが悲鳴を上げ、お堅い家令のルイスが額に青筋を立てて帳簿を震わせた。
「オリバー様……ッ! 神聖なメイポールの前で、なんという見苦しい真似を! 今すぐ服を着て、あの樽の搬入を手伝いなさい!」
「ふっ、ルイス。この筋肉の躍動が見えないのか? 樽を運ぶだと? 望むところだ、格好のトレーニングになるからな!」
オリバーは喜々として巨大なワイン樽を両肩に担ぎ上げ、ルイスの指示を無視してスクワットを始めた。
「ガブリエル、なんとかしなさい!」とシャルロッテが怒りの視線を送ると、ガブリエルは肩をすくめた。
「無理言うなよ、シャル。あいつの脳みそは筋肉でできてるんだ。それよりほら、父ちゃんがまたテンパってるぞ」
見れば、フィリップが「あわわ、父ちゃん(フリードリヒ)に怒られる……どうしよう、領民への挨拶の順番がわからない……」と右往左往していた。アデライーデが「あなた、落ち着いて。お空がとっても青いですよ?」と、全く解決にならない天然な励まし方をして、さらにフィリップを混乱させている。
「はあ……本当に、この家族は私がしっかりしないとダメなんだから」
シャルロッテは『五月の女王』の威厳を保ちつつ、この混沌とした状況をどう収拾すべきか、頭を悩ませるのだった。
◇
お昼時を迎え、広場に設けられた長いテーブルに、アドリアナ率いる『紫のヴァイオレット組』の料理が次々と運ばれてきた。
「さあ、召し上がれ! ヴァイオレット組が魂を込めた料理だよ!」
ビアンカとロザリン(自分の口にも入れつつ)が運んできた大皿には、目を見張るような美食が並んでいた。
静香が引いた極上の出汁を使った、繊細で美しい伝統和食。
蓮華が何十種類もの香辛料を完璧に調合した、食欲をそそるアジアン・スパイス料理。
そしてシェリルが焼き上げた、外はカリッと中はモチッとしたブーランジェリーのパンと、濃厚なフレンチソースがかかった極上の肉料理。
「美味い……! なんだこれは、こんな美味い料理、食べたことがないぞ!」
領民たちは歓声を上げ、夢中で料理を口に運んだ。身分の垣根を越え、皆が同じテーブルで笑顔を交わす姿は、まさに五月祭の理想そのものだった。
主賓席では、フリードリヒが和食の繊細さに唸っていた。
「うむ、この出汁の深み……アドリアナ、やはりお前の腕は世界一だな」
「もったいないお言葉です、伯爵」
アドリアナは凛とした礼を尽くし、誇らしげにヴァイオレットマークの胸を張った。
宴が最高潮に達した頃、いよいよデザートの時間がやってきた。
ミレイユが、少し緊張した面持ちで、特製の巨大な五月祭ケーキを運んできた。それはクリスタリア湖とフロスト ヴァイス城、そして美しい花々を砂糖菓子で完璧に再現した、圧倒的な美意識が詰まった傑作だった。
「……一応、作ってあげたわよ。べ、別に、あんたたちのために徹夜したわけじゃないんだからね! ちょうど材料が余ってただけなんだから!」
ぷいっと横を向くミレイユのツンデレぶりに、ガブリエルは「教科書通りのツンデレだなあ」と感心し、シャルロッテはクスリと笑った。
「ありがとう、ミレイユ。とっても素敵よ」
シャルロッテがケーキに入刀し、一切れ口に含むと、その洗練された甘みと繊細な食感に、城全体が幸せな溜息に包まれた。
その時、それまで動物たちとブツブツ話していた御者のギャレットが、一切れのケーキを食べて「……美味い」と、本日初めて人間向けの言葉を発したのだった。
◇
夕暮れ時、クリスタリア湖は黄金色から深い紫へと美しくその色を変えていった。
広場の中央では、メイポールから伸びる色とりどりのリボンを手に、領民も貴族も入り混じってのダンスが始まっていた。
筋肉痛(自業自得)でようやく大人しくなったオリバーは服を着せられ、ルイスの冷たい監視の元で片付けを手伝わされていた。イザベラはフィロレンツァの徹底的なお説教により、ショールを羽織らされて露出を控えさせられていたが、それでもなお、すれ違う男性使用人たちにウィンクを忘れない。
「あなた、今日の祭りは本当に大成功でしたね」
ヴィクトリアが夫のフリードリヒの手にそっと自分の手を重ねると、厳格な家長もようやく満足そうに髭を揺らした。
「うむ、我がセレスティア伯爵家は、これからもこの領民たちと共に栄えていく。フィリップ、お前も少しは頼もしくなったな」
「えっ!? あ、ありがとうございます、父ちゃん!」
フィリップは感激し、アデライーデは「まあ、あなた、お髭にケーキのクリームがついていて可愛いですよ」と相変わらずの調子で笑っていた。
ガブリエルはリボンを片手に、妹のシャルロッテに手を差し伸べた。
「どうだい、『五月の女王』様。一曲踊っていただけますか? ツンデレな兄貴だけどさ」
「ふふ、喜んで。でも、ステップを間違えたら、ロゼッタに代わりに踏んでもらうわよ?」
「勘弁してくれ、あいつの目は本気だからな」
二人が軽口を叩きながら踊り始めると、エミーナは「ああ、お二人の兄妹愛に全私が泣いた……」とまたもやハンカチを濡らし、ロゼッタは「私も……私も踏まれたい……」と熱い視線を送り続けていた。
厨房では、ヴァイオレット組の面々が、ビアンカと共に山のような食器を洗い終え、静香が淹れたお茶を囲んでいた。
「みんな、本当にお疲れ様。最高の五月祭だったよ」
アドリアナの言葉に、レンは静かに微笑み、シェリルはノエルを抱きしめて労った。ミレイユは「ふん、私のケーキのおかげよ」と最後まで素直になれなかったが、その表情は充実感に満ちていた。
フロスト ヴァイス城の灯りが湖面に映り込み、まるで無数の星が水中で踊っているかのような幻想的な夜が更けていく。
セレスティア伯爵家の、少し騒がしく、けれどどこまでも愛おしい春の1日は、こうして美しく幕を閉じたのだった。




