第61章『日の沈みゆく帝国』その3
古い酒場の喧騒が、嘘のように遠のいていく。
三人——淡い栗色の髪をたなびかせるシャルロッテ、まばゆい金髪を弾ませるエミーナ、そして静謐な黒髪を纏うロゼッタは、酒場の裏手に広がる静かな中庭へと足を踏み入れていた。
そこは、かつて領主の庭園であった場所の名残だろうか。手入れの届かぬまま放置された古い石造りの噴水と、乱れ咲く薄桃色の花々が、夜の静寂の中にほのかに浮き上がっていた。満月に近い月が天空にかかり、三人の乙女たちの影を石畳の上に鮮やかに描き出している。
「ここなら、誰に邪魔されることもありませんね」
ロゼッタは手に携えたブドウ果汁のボトルと、三つの素朴な木製杯を石の台座の上に置いた。月光を浴びた彼女の黒髪は、夜の闇よりもなお深く、美しく光り輝いている。
シャルロッテは背筋を正し、胸に手を当ててロゼッタを見つめた。 「ロゼッタさん。改めてお伺いします。貴女は名門貴族の身でありながら、なぜこの荒れ果てた街道を旅しておられるのですか?」
ロゼッタは静かに視線を落とし、深く儚い息を吐き出した。その表情には、幼き頃から見てきた帝国の暗部に対する、癒えぬ傷のような痛みが刻まれている。
「シャルロッテ。帝都の宮廷は、もはや腐臭を放つ墓場と同じです。皇帝陛下は幼く、実権を握る一族は己の欲望のために民から絞れるだけの税をむさぼり取っている。街には行き倒れた子供たちが溢れ、農村は『聖杓の旅団』のような匪賊に襲われても、帝国軍は動こうともしない……。私は、自分の流れる血が恥ずかしかったのです。豪華なドレスを纏い、豪華な料理を口にするたび、喉が詰まる思いでした」
彼女はゆっくりと顔を上げ、シャルロッテとエミーナを順番に見つめた。その瞳には、夜の闇を射抜くような強い意志が宿っていた。
「私は決めたのです。貴族という虚飾の鎧を捨て、自らの足でこの大陸を歩き、真に民を救う道を模索しようと。ですが、私には剣を振るう力も、大軍を率いる武勇もありません。……ただ、歴史を読み解き、戦略を練る知恵があるだけ」
「十分すぎるよ、ロゼッタさん!」
エミーナが身の丈を超える重厚な蛇矛を地面にドスンと突き立てた。石畳が軽い音を立てて爆ぜる。 「頭が良い奴と、喧嘩が強い奴が組めば最強じゃん! 私、難しいことはさっぱり分かんないけどさ、威張り散らしてる悪党をぶちのめすのは大得意だからね!」
エミーナのカラッとした笑顔に、ロゼッタの唇がふっと綻んだ。
シャルロッテは腰の細身の剣の柄にそっと手を置き、静かな、しかし鉄のように硬い声で言葉を紡いだ。
「私の父は、かつて気高き騎士でした。領主の不正を正そうとして地位を追われ、失意のうちに世を去りましたが……最後の日まで『弱き者のために剣を抜け』と私に教え続けました。母を故郷へ送り届けたら、私は直ちにここへ戻ります。ロゼッタ様の知恵と大志、エミーナの無双の武勇……そして私のこの剣。三つの力が合わされば、きっとこの暗闇に光を灯すことができます」
「ええ……本当に、奇跡のような出会いです」
ロゼッタはブドウの果汁を三つの杯になみなみと注いだ。赤く濃厚な液体に、夜空の月が映り込む。
「私たちは生まれた日も、育った境遇も、髪の色も違います。ですが……目指す志はひとつ。この荒廃した世の中を終わらせ、市民が微笑んで暮らせる平穏な世界を築くこと」
ロゼッタは杯を掲げた。シャルロッテとエミーナも、迷いなく己の杯を掲げる。
「我ら三人、姓は異なるとも、ここに固く誓いを立てん。日を同じくして生まれることを得ずとも、願わくは同年同月同日に死せんことを!」
「「願わくは同年同月同日に死せんことを!」」
カチン、と木製の杯が静かな夜の庭園に心地よい音を響かせた。 三人は同時にブドウ果汁を飲み干す。その瞬間、夜風が吹き抜け、庭園に咲き誇る薄桃色の花びらが一斉に舞い散った。まるで天がこの気高き乙女たちの盟約を祝福し、桃色の吹雪を降らせているかのように。
歴史に刻まれる「桃色の誓い」——旧帝国を揺るがす三輪の花が、ここに咲き誇った瞬間であった。
◇
翌朝、夜明けの蒼い光がラグランの街を包み込む頃、三人は街の東門に立っていた。
「シャルロッテ、本当に一人で大丈夫? 途中で『聖杓の旅団』の生き残りに襲われたら、また私が吹き飛ばしてあげるのに!」
エミーナは心配そうに金髪を揺らし、大きな蛇矛を担ぎ直した。
シャルロッテはクスリと笑い、可憐な首を振る。 「ありがとう、エミーナ。でも大丈夫です。あの時油断していただけで、私だって父から仕込まれたレイピアの扱いには自信がありますのよ。それに……一刻も早く母にこの『茶の葉』を届けたいのです」
彼女は胸元に大事に抱えた小さな革袋をそっと撫でた。
ロゼッタが歩み寄り、シャルロッテの肩に優しく手を置いた。 「タラク伯領までの旅路、くれぐれも気をつけてください。私たちはこのラグランの街に留まり、志願兵の募集状況を探りつつ、兵糧や装備の準備を進めておきます。シャルロッテ、あなたの帰りを待っていますよ」
「はい、ロゼッタ。長くはかかりません。母の病状を確かめ、薬を処方したら、すぐに戻ってまいります」
シャルロッテは二人に向かって深く、優雅にお辞儀をした。淡い栗色の髪が朝日に照らされ、黄金色の輪を描く。
「では……行ってまいります!」
シャルロッテは身軽な翻りで街道へと踏み出した。振り返ると、街の門前でエミーナが大きく手を振り、ロゼッタが静かに微笑みながら見送ってくれていた。胸の奥から、温かい情熱が湧き上がってくるのを感じた。
(待っていてください、母上。そして……ロゼッタ、エミーナ)
彼女の足取りは、帝都からの帰り道とは比べものにならないほど軽やかだった。
数日の旅路を経て、シャルロッテは懐かしい故郷、タラク伯領の小さな村へと辿り着いた。 村外れに佇む巨木——幼い頃から見上げてきた巨大なオークの古木が、変わらぬ青々とした葉を茂らせて彼女を迎えてくれた。
「ただいま戻りました、母上!」
粗末な我が家のドアを開けると、ベッドの上で体を起こしていた年老いた母が、驚いたように目を丸くした。
「シャルロッテ……! 無事だったのですね。ああ、神様……!」
「母上! 見てください、帝都から持ち帰りました。本物の『茶の葉』です!」
シャルロッテは革袋を開き、乾燥した緑の葉を母に見せた。立ち上る爽やかで気品ある香りに、母の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「こんな高価なものを……どれほど大変な思いをしたことでしょう。私のために……」
「大変などではありません。これをお湯に浸して飲み続ければ、きっとお体も良くなります」
シャルロッテはすぐにかまどに火をくべ、お湯を沸かした。土器のカップに茶の葉を浮かべ、湯を注ぐと、澄んだ緑色の液体から温かい湯気が立ち上る。母はそれを両手で大切に持ち、一口一口、噛み締めるように飲んだ。
「素晴らしい味です……胸の奥が、すーっと温かくなっていくようですよ」
母の頬にほのかな赤みが戻ったのを見て、シャルロッテは深く安堵した。
その夜、シャルロッテはかまでの火の傍らで、母に旅のすべてを打ち明けた。帝都での混雑、街道で襲われたこと、金髪の英勇エミーナに救われたこと、そして酒場で出会った知性あふれる女性ロゼッタのこと。
そして——三人で結んだ「桃色の誓い」のことを。
母は静かに娘の話を聞いていたが、やがて優しくシャルロッテの手を包み込んだ。
「シャルロッテ……貴女の瞳を見れば分かります。もう心が決まっているのですね」
「母上……申し訳ありません。貴女を一人置いて、戦いの中に身を投じるなんて……」
「謝ることはありません」 母は首を振った。その瞳には、かつて気高き騎士であった夫と同じ光が宿っていた。
「貴女の父も、同じ目をしていました。虐げられる人々を見過ごせず、己の信念のために立ち上がった人でした。貴女の中に流れるその血を、私が止めることなどできません。……行きなさい、シャルロッテ。この村のことは心配いりません。近所の方々も助けてくれます。貴女は貴女の信じる正義のために、その剣を使いなさい」
「母上……!」
シャルロッテは母の膝に顔をうずめ、ぽろぽろと涙をこぼした。母の手が、優しく栗色の髪を撫で続けた。
◇
母に別れを告げ、再びラグランへと向かうシャルロッテの足取りには、迷いはなかった。
しかし、街道の雰囲気は数日前と比べて明らかに緊迫していた。すれ違う旅人の数は激減し、たまに出会う農民たちは怯えたように顔を伏せ、急ぎ足で通り過ぎていく。
(何かが起きている……!)
シャルロッテは足早に街道を駆け抜けた。
ラグランの街に到着した時、そこは異様な喧騒と悲鳴に包まれていた。 街の広場には傷ついた避難民があふれ、防具を身につけたわずかな志願兵たちが狼狽している。
「何があったのですか!?」
シャルロッテは近くにいた志願兵の青年に問いかけた。青年は青ざめた顔で叫んだ。
「『聖杓の旅団』だ! 奴らがこのラグランの街を包囲しようとしている! 旗下に集まった賊の数は千を超える……! この街の治安維持部隊だけじゃ、とても防ぎきれない!」
「千……!?」
シャルロッテの背筋に冷たいものが走った。いくら素人の集まりとはいえ、千の暴徒となれば街ひとつを容易に焼き尽くすことができる。
「シャルロッテ!!」
人ごみを押し分けて駆け寄ってきたのは、まばゆい金髪をなびかせたエミーナだった。身の丈を超える蛇矛を肩に担ぎ、その顔には緊張と、それを上回る闘志がみなぎっている。
「エミーナ! 無事でしたか!」
「当たり前でしょ! シャルロッテ、遅いから待ちくたびれちゃったよ!」
エミーナは力強くシャルロッテの肩を叩いた。続いて、静かな足取りでロゼッタが現れた。彼女はシンプルな革鎧の上に漆黒の小マントを羽織り、手に羊皮紙の地図を抱えていた。
「戻ってきてくれましたね、シャルロッテ。お母様の様子は?」
「はい、お茶を届け、体調も持ち直しました。……それよりロゼッタ様、この街の状況は?」
ロゼッタは深く頷き、表情を曇らせた。
「危機的な状況です。敵の首領は『聖杓の旅団』の幹部を名乗るダンテという男。奴らは近隣の村々を焼き払いながら、このラグランの物資を奪うべく進軍してきています。領主とその正規軍は、自分たちの城砦に閉じこもり、下街の民を見捨てました」
「なんて奴らだ……! 役立たずの領主め!」 エミーナが激怒して足を踏み鳴らす。
「ですから、私たちが街を守らなければなりません」 ロゼッタの瞳に宿る知性の光は、恐怖に怯える周囲の群衆とは対照的に、冷徹なまでに冴え渡っていた。
「集まった義勇兵はわずか二百余り。ですが、彼らには家族と街を守るという強い動機があります。そして何より……私には、あなたたち二人の無双の武勇がある」
ロゼッタは地図を広げ、街の西門を指差した。
「敵の主流は西の街道から攻め寄せてきます。街道は細く、両脇は切り立った崖と鬱蒼とした森。……兵力が劣る私たちが勝つための地形は、すでに整っています」
シャルロッテとエミーナは顔を見合わせた。
「作戦をお聞かせください、ロゼッタ」 シャルロッテが身構える。
「ええ。エミーナ、あなたには西街道の狭隘部に立ち、敵の先鋒を足止めしてもらいます」
「よっしゃ! 任せてよ! 一歩も通さないから!」 エミーナがニヤリと不敵に笑う。
「シャルロッテ、あなたには隠密部隊を率いて森に潜み、敵の陣形が伸び切ったところを側面から突いてもらいます。混乱した敵の指揮系統を寸断するのです」
「了解いたしました。私の剣、必ずや期待に応えてみせます」
「そして私は……街の義勇兵を率いて中央の陣を張り、あなたたちの動向に合わせて全軍の指揮を執ります。……三人で、この街と民を守り抜きましょう!」
「「オーッ!!」」
三人の心が、再びひとつに重なり合った。
◇
午後、黒雲が空を覆い尽くし、冷たい風が街道を吹き抜ける中、「聖杓の旅団」の旗印を掲げた大軍勢が押し寄せてきた。
聖杓の紋章を掲げたならず者たちは、奇声を発しながら武器を打ち鳴らし、地に響く足音とともに迫ってくる。その数はロゼッタの予想通り、千を越えていた。
「ハハハ! 泣き虫領主め、城に閉じこもりおったか! このラグランの街の金も女も、すべて俺たちのものだ!」
先頭に立つ巨漢の首領・ダンテが、大槌を掲げて高笑いする。
だが、街道が狭まり、両脇に切り立った岩壁が迫る崖道に差し掛かった時、ダンテの目の前にたった一人の影が立ち塞がった。
まばゆい金髪を風になびかせ、己の身長よりも遥かに大きな蛇矛を軽々と肩に担いだ少女。エミーナである。
「そこまでだよ、泥棒ども!」
エミーナの甲高い、しかし朗々とした声が渓谷に響き渡った。
「な、なんだぁ? ガキが一人で何しに出てきやがった!」 賊たちがドッと湧き上がる。
「ガキじゃない! 私はエミーナ! 三つの誓いを結んだ、正義の勇士だ!」
エミーナは蛇矛を両手で構え、地面を強く踏みしめた。瞬間、彼女の全身から溢れ出る圧倒的な覇気が、押し寄せる賊たちを圧迫する。
「死にたい奴から、かかってきなさい!」
「舐めるな小娘! 押し潰せ!」
ダンテの怒号とともに、数十人の賊が一斉に襲いかかった。
「はああああああっ!!」
エミーナの雄叫びとともに、巨矛が半月を描いて閃いた。 ドゴォンッ!! と重低音が響き、最前線の数人が武器ごと弾き飛ぶ。空中を舞う賊たち。エミーナの突きは旋風となり、薙ぎ払いは嵐となって、狭い街道になだれ込む敵を次々と薙ぎ倒していった。
一人で百人の進軍を食い止める、まさに一騎当千の威風。
「な、なんだあのバケモノは……!? 怯むな、押せ! 数で押し潰せ!」 後方の敵が押し寄せ、街道はすし詰め状態となった。ダンテの軍勢は、エミーナという一角に完全に足止めされ、細い道の上に長い蛇のように伸び切っていた。
その時である。
パァンッ! と、崖の上から一本の信号弾が打ち上げられた。ロゼッタからの合図だ。
「いまです! 突撃——っ!!」
街道脇の鬱蒼とした森から、澄んだ鋭い声が響き渡った。
淡い栗色の髪をなびかせ、可憐な革甲冑に身を包んだシャルロッテが、細身の剣を掲げて飛び出してきた。その後に続くのは、死を覚悟したラグランの義勇兵たちである。
「なっ、横合いから襲撃!? 敵の伏兵だーっ!」
側面を突かれた賊軍は大混乱に陥った。
シャルロッテの動きは、まるで風に舞う花びらのようにしなやかで、そして致命的だった。 銀色の剣閃が閃くたび、敵の急所が的確に貫かれる。華奢な体躯からは想像もつかない洗練された剣技。父から受け継いだ騎士の極意が、乱世の戦場で覚醒していた。
「ひ、ひぃっ! この女、強すぎる!」
「退くな! 立て直せ!」
乱れる敵陣の中を、シャルロッテはまっすぐに突き進む。彼女の狙いはただひとつ——首領ダンテの首である。
「下種どもを束ねる者よ! 私と尋常勝負をしなさい!」
「知れるか小娘がぁっ!」
ダンテは大槌を振り上げ、シャルロッテに向かって躍り出た。圧倒的な体躯と破壊力。振るわれる大槌の一撃は、かすめるだけで骨を砕く威力がある。
ブンッ! と空を切る大槌の風圧に、シャルロッテの栗色の髪が激しく揺れる。
しかし、シャルロッテの瞳は至って冷静だった。 (力で勝つ必要はない……! 速度と、確信!)
踏み込まれた大槌の軌道を、最低限の動きでかわす。超至近距離。ダンテの懐に入り込んだ瞬間、シャルロッテのレイピアが閃光となって突かれた。
——ズシャッ!
「グハッ……!?」
ダンテの手から大槌がこぼれ落ちる。彼の胸甲の隙間、心臓の直上を、シャルロッテの剣先が正確に穿っていた。
「私の……負け……だと……?」
巨漢が膝から崩れ落ち、泥の中に倒れ伏した。
首領を倒された「聖杓の旅団」は、完全に戦意を喪失した。 「だ、ダンテ様がやられたぞーっ!」 「逃げろ! 悪魔のような女たちだーっ!」
賊たちは武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
そこへ、街からロゼッタ率いる義勇兵の本隊が到着し、逃げる敵を包囲・武装解除していく。完璧な勝利であった。
◇
夕闇が迫る中、ラグランの街には勝利の鐘が鳴り響いていた。
街の広場は、歓喜に沸く市民たちで溢れかえっている。怪我人の救護や捕虜の収容が手際よく進められる中、人々は自分たちの街を守り抜いた三人の乙女たちを「ラグランの三華」と呼び、惜しみない称賛を贈っていた。
西門の小高い丘の上、夕焼け空を見上げる三人の姿があった。
「ふぅーっ! お腹空いたー! ロゼッタ、今夜は肉だよね!? 一番でかい肉だよね!?」
エミーナは蛇矛を地面に置き、両手を広げて伸びをした。金髪が夕日に映えて黄金色に輝いている。
ロゼッタはクスリと微笑み、手に持った羊皮紙を閉じた。 「ええ、もちろんですよ、エミーナ。あなたの無双の活躍がなければ、この勝利はありませんでした。街の長からも、最高の宴を用意すると言われています」
「やったぁー!」
シャルロッテは細身の剣の血を拭い、鞘に収めると、二人に向かって静かに歩み寄った。その顔には疲労の色もあったが、それ以上に誇りと安堵が満ちていた。
「ロゼッタの完璧な作戦と、エミーナの勇気……そして街の人々の協力のおかげです。私一人では、何もできませんでした」
「いいえ、シャルロッテ」 ロゼッタはシャルロッテの手に自分の手を重ねた。
「敵の首領を討ち取ったあなたの勇姿は、義勇兵たちの士気を最高潮に高めました。あなたこそ、この戦いの真の英雄です」
「二人とも、カッコよかったよ!」 エミーナも二人の手に自分の手を重ねてきた。
三人の手が重なり合う。
夕暮れの風が吹き抜け、彼女たちの髪——淡い栗色、まばゆい金髪、深い黒髪が、赤く染まる空の下で美しくなびいた。
ロゼッタは遥か西の空を見つめた。そこには、衰退の一途をたどる旧帝国の首都が存在する。
「このラグランでの勝利は、ほんの始まりに過ぎません。聖杓の勢力はなお大陸全土に広がり、腐敗した帝国は自浄作用を失っています。これから先、もっと過酷な戦いが私たちを待ち受けているでしょう」
「望むところです」 シャルロッテは強い眼差しで答えた。 「この剣は、弱き者を護るためにあります。ロゼッタが示す道なら、どんな険しい道のりであっても、私は共に歩みます」
「私も! どこまでもついていくからね!」 エミーナが元気いっぱいに胸を張る。
「ありがとう……ふふ、最高の仲間ですね、私たちは」
ロゼッタの瞳に、ほんのりと温かい涙が浮かんだ。
広場の方から、宴の始まりを告げる賑やかな音楽と歓声が聞こえてくる。
「さあ、行きましょう。今夜は勝利を祝し……明日からの新しい旅路に乾杯しましょう」
「「はい!」」
三人は手をつなぎ、夕闇の迫る街へと歩み出した。
大陸を覆う深い闇の中に、いま確実に、小さくとも消えない「三つの光」が灯った。 彼女たちが織りなす歴史の物語は、まだ始まったばかりである。




