第54章『ツンデレ公爵は恋に落ちる』その7
王宮の大広間は、幾千の燭台が放つ黄金色の光と、色とりどりのドレスに身を包んだ貴族たちの歓声に包まれていた。
叛逆者レオン公爵の一味を討ち倒し、王国に平和をもたらした英雄たちの顕彰式。その主役として壇上に立ったのは、漆黒の礼服に身を包んだ「黒狼公」リド公爵と、彼の隣で可憐な純白のドレスを纏うシャルロッテだった。
国王自らがふたりの功績を称え、誓いの指輪を交わしたふたりに祝福の言葉を贈ると、万雷の拍手が大広間を揺らした。
壇上の少し後ろでは、綺麗にドレスアップした二人の侍女がその光景を見守っていた。
「見ましたか、ロゼッタ? お嬢様、本当にお綺麗……! 私、なんだか泣きそうです」
エミーナが金髪を揺らしながら、目元を何度も拭っている。
「泣くのはまだ早いですわ、エミーナ。お嬢様の本当の幸福は、これから始まるのですから」
ロゼッタは黒髪を整え、珍しく柔らかい微笑みを浮かべながら、胸の前でそっと手を組んだ。
式典が終わり、夜風が心地よい王宮の庭園へと逃れ出たふたり。満月の光が、シャルロッテの淡い栗色の髪と、リドの凛々しい側顔を優しく照らし出していた。
「社交場の喧騒は、どうも性に合わん」
「ふふ、冷徹な黒狼公様も、人混みにはお手上げですか?」
シャルロッテが悪戯っぽく微笑むと、リドは彼女の腰をそっと引き寄せ、額を優しくあわせた。
「お前とふたりきりになれるなら、どこへでも逃げ出すさ。……シャルロッテ、本当に余でよいのだな? これからの人生、平穏ばかりとはいかぬぞ」
「何を今更」
シャルロッテはリドの胸元にそっと手を置き、彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「どんな困難が待ち受けていようと、私はもう怖くありません。私には……あなたと、エミーナとロゼッタがついていますから。私たちが一緒なら、どんな未来だって希望に変えてみせます」
「……ああ。お前がそう言うのなら、恐れるものなど何もない」
リドは深く頷くと、愛おしさに満ちた眼差しで彼女の唇にそっと重ねた。
誓いの指輪が、月光を受けて輝きを放っていた。
◇
王宮での華やかな祝宴から数か月が過ぎ、王都は穏やかな秋の気配に包まれていた。
フロスト・ヴァイス城の庭園では、挙式を間近に控えたシャルロッテのために、極上のウェディングドレスの仕立てが行われていた。純白のシルクに繊細な銀糸の刺繍が施されたドレスを身に纏い、シャルロッテは全身鏡の前に立っている。
「お嬢様、本当におとぎ話の姫君のようですわ……!」
エミーナが興奮気味にドレスの裾を整える。
「ええ、とてもよくお似合いです。……ですがお嬢様、先ほどから少し顔色が優れないようですが?」
ロゼッタが鋭い観察眼でシャルロッテの異変に気づいた。シャルロッテは小さく息を吐き、淡い栗色の髪に指を滑らせた。
「ふたりには隠せないわね。……実は昨夜、久しぶりに夢を見たの」
「えっ!? まさか、また不吉な予知夢ですか!?」
エミーナが手に持っていた針箱を落としそうになり、ロゼッタも息を呑む。かつての悲劇は回避したはずだった。
「いいえ……今まで見たどの夢とも違っていたわ」
シャルロッテはふっと胸の温まるような笑みを浮かべた。
「燃える礼拝堂も、血に染まる剣もなかった。見えたのは……大きな樫の木の下で、すっかり柔らかい顔になったリド様が、幼い女の子を抱っこして笑っている姿。そして、その傍らで仲良くお菓子を食べているエミーナとロゼッタの姿よ」
「〜〜っ! お嬢様ったら、脅かさないでくださいよ〜!」
エミーナが安堵のあまりへたり込み、ロゼッタも「まったく、お戯れが過ぎますわ」と呆れつつも、嬉しそうに目元を緩めた。
その時、重厚な足音が廊下に響き、控えめなノックとともに扉が開いた。姿を現したのは、黒の乗馬服を身に纏ったリドだった。
「失礼する。……シャルロッテ、準備は……」
言葉の途中で、リドは完全に足を止めた。純白のドレスに身を包み、朝日の光を浴びて佇むシャルロッテの姿に、言葉を失ったのだ。
「公爵様、お見せするのはまだ早いですのに!」と文句を言うエミーナをよそに、リドは吸い寄せられるようにシャルロッテの元へ歩み寄った。
「……美しい。言葉も出ないな」
「リド様……」
照れくさそうに微笑むシャルロッテの手を、リドは愛おしそうに握りしめた。氷のようだった彼の手は、今やいつだって温かい。
「先ほど、北方の治安維持に関する報告を済ませてきた。これで当面、王国の情勢は揺らぐまい。……これからは、お前と過ごす時間だけを考えられる」
「まあ。あの冷徹な『黒狼公』様が、すっかり愛妻家になられて」
シャルロッテが悪戯っぽく囁くと、リドは不敵に口元を上げた。
「お前が余を変えたのだ、シャルロッテ。……お前が見てくれた温かい未来を、余は生涯をかけて現実のものにしてみせる」
窓の外では、澄み渡る青空から黄金色の秋光が降り注いでいた。
自らの手で手繰り寄せた真実の愛。
温かな祝福と無数の希望に満ちあふれていた。




